ここは最近出来た、過去の追体験が出来る施設。自分の記憶の中の一部分に戻る事が出来るという事で、楽しかった思い出をもう一度体験したい、後悔している出来事にもう一度向き合いたい、など、様々な理由から今大人気の施設だった。

『もっと早くあなたに会いたかったな』

 三十を過ぎてから出会った私と彼。その頃には運命へのこだわりは諦めていたけれど、つい、ぽつりと呟いてしまった私の願いを叶える為に、彼はこの過去の追体験を利用する事を思いついた。
 何故ならこの追体験、外から電子機器を利用して第三者が記憶の中の利用者本人に接触する事が可能なのだ。実在する人間として現れるなど、立体の動きがある物として記憶の中に現れるような事はまだ出来ないらしく、現段階ではSNSなどの媒体を通じて本人宛にメッセージを送る方法が推奨されていた。今回、彼が使った方法もそれだった。

 私の見ている記憶は外からモニターでチェックする事も可能な為、私がその時何を思い、どんな事をしていたのか、彼は全て知っていた。モニターを見ながら、タイミングを見て中の私にメッセージを送っていたのだ。

「どうだった? 二十代の俺は」

 彼が優しく微笑む。そう、彼はもう一人の方のケイタさん。桜を観に連れて行ってくれた彼が、今の私の旦那さん。

「本当に会えると思わなかった。あの駅に居たんだね」

「あの頃俺はよくあそこで待ってたからね……上手く誘導出来て良かった。ちゃんと出会えてほっとしたよ」

 私と彼は知り合っていない頃に一度あの時計台の前で出会っているのだと、お互いの昔話をする中で気付いた彼は、当時私が登録していたマッチングアプリに潜り込み、本来私が待ち合わせるはずであった誰かの代わりに私がAIと勘違いしたケイタさんとして約束を取り付ける事によって、私と当時のケイタさんを引き合わせてくれたのだ。

 結果、私の願い通り。私は現実の私達が出会うよりも前の彼に、私の記憶の中で出会う事が出来たのだ。