彼の道案内に黙って着いていくこと、十分程。

「ここだ。本当だ、桜の木ばっかり!」

 辿り着いたその公園には、外から見てもすぐに分かるくらい、ずらりと立派な桜の木が並んでいた。しっかりと太い幹は長い年月この場所にある事を表していて、夜風に吹かれて散る花びらがはらはらと美しく、夜の空気と相まってなんだか幻想的な雰囲気に包まれた場所だった。
 散策していると丁度良いベンチがあったので、二人で並んで座る。桜を見上げる彼の隣で、私も桜を見上げていた。昼とは違い、夜の闇の中にライトアップされた桜はどこか艶やかで、空にはまん丸のお月様が静かに浮かんでいた。ひんやりとした夜風が気持ちいい。

「もうさすがに終わりの方か。残念」

「……でも、散り際の桜も綺麗です。来られて良かった」

 このままだと、桜の事も嫌な思い出になってしまいそうだったから。今ここで彼と見上げた夜の桜は、私の思い描いていた満開の桜とは違っていたけれど、それよりも素敵だと思えるくらいに美しかった。もしかしたら人生で一番綺麗な桜かもしれない。散り際まで人の心を惹きつけるなんて、なんて素敵な花なのだろうと思うと、自分の名前がなんだか誇らしかった。

「連れ出してくれてありがとうございます。おかげで元気が出ました」

「いやこちらこそ。俺もだいぶ元気出ました」

 それからたわいのない会話をぽつぽつとして、そろそろ帰ろうかという頃合いになった時だった。
 名残惜しく思いながらも立ち上がると、「あのさ、」と、彼は私の手を取る。その瞳は真剣で、じっとこちらを見つめていた。