「あなたは、運命の人を信じますか?」 

 私にとってこれは一番大事な質問だった。だって私は信じている。きっといつか、運命の人が私の前に現れて、その人と幸せな人生を添い遂げるのだと。そんな未来がきっと私には待っているのだと。

「……え?」

 しかし、向かい側に座る彼は目を丸くした後、気まずそうに視線を逸らすと一言。

「……君、そういう感じ?」

 はい、これはおしまいの合図。こうして私と彼のやりとりは途切れて、帰りの電車でお断りの連絡が来た。いやいや別に、こっちだってお断りですし。

 “運命の人に出会えます”そんなキャッチフレーズに惹かれて登録したマッチングアプリ。今の所一人も運命を信じてる人に出会えて無いのはなぜ?

 物心ついてから今日までずっと、私の目標は運命の人と結婚する事。それは二十七歳の今でも変わっていなかった。若い頃は付き合う度に相手を運命の人だと信じる事が出来たけれど、そろそろ分かる。信じて裏切られたらそろそろ私のメンタルが追いつかなくなるという事に。

 ここで出会って付き合ったならもう結婚したいし、いつもみたいに運命とか言い出した私に、「怖っ」とか、「重っ」とか、「無理」とか言い出すような人に割く時間はない。
 次が大事な二十代最後のチャンスだと思っている。二十代で結婚したいとずっと思ってきたのだ。というか、昔の私からすればもう結婚しているはずだったのに。これはもう身の周りで探していたら間に合わないかもと思い当たった私が登録したのが、この運命の人に出会えるはずのマッチングアプリだった。


「はぁ……。なかなか出会えない……」

 帰宅後、ぼふっとクッションに埋まると、どっと疲れが込み上げる。また今回もダメだった……一体あと何回こんな事を繰り返すのだろう。

 有難い事に、アプリ内での出会いの機会は結構ある。でも大体この質問をし始めた頃から雲行きが怪しくなり、上手くいかなくなっていた。
 今回なんかはまだ良い方。この間なんて、「もしかしてサクラの人?」とか言われる始末。「だから桜って名前なの?」だって。完全に名誉毀損。私の大事な名前にケチをつけられた気分で、即行ブロックした。

 なんでみんな運命って言葉を嫌がるんだろう。大事な事だからメッセージのやり取りの中では出さずに直接会ったタイミングで聞いている。これが間違い? だから何かの勧誘と間違われたりするの? それまであんなに良い感じだったのに。

 ピコンッ

 真っ暗な画面に明かりが付き、アプリからの通知が目に入る。開いてみると、知らない人からフォロー申請とメッセージが届いていた。

“はじめまして、桜さん。いきなりこんな事を尋ねるのも大変失礼かと存じますが、個人的にとても重要な事なのでお答え頂けたら幸いです。あなたは、

——運命の人を信じますか?”

 その一言に、ぶわっと鳥肌が立った。
 きた。この人だ。きっとこの出会いに賭けてみるべきだと、私の手は勝手に動き出す。


“ケイタさん、はじめまして。フォロー申請とメッセージありがとうございます。私はずっと運命の人を探しています。あなたは私の運命の人になってくれますか?”

 ドキドキ、ドキドキ。待ってる時間がとてつもなく長く感じた。スマホを握りしめて画面を食い入る様に見る。すると、ピコンと、すぐに返ってきた返事。

“ぜひ、そうなれたらなと思います”

「! わっ、やっ、」

 やったーーー!

 心の中で大きなガッツポーズを決めて、ぎゅっと思わずスマホを抱きしめたまま、ベッドにダイブ。寝転んだままばたばたとばた足をする私の心はすっかり十代の少女で、こんなに嬉しいのはいつぶりだろうと思った。青春真っ只中の脳内からは、先程の嫌な気持ちは綺麗さっぱり吹き飛んでいた。


 彼の名前はケイタさん。年齢は私と同じ。プロフィール画像は顔を隠す様に映っていたけれど、どことなく雰囲気のある感じがまた魅力的だった。
 最近は加工した画像で堂々と顔を晒しているのが当たり前だったから、加工無し派の私としてはそこにも好感が持てた。顔に重きを置かない人って事かな、みたいな。
 ケイタさんからの返事はそんなに早くなかったけれど、まめに送ってくるより待ってる時間が楽しいから良いかな、とか。その分仕事を頑張ってる人って事だよね? 仕事の出来る人って素敵、とか。

 毎日の何気ないやり取りの中で、彼が私の運命の人説はどんどん濃厚になっていく。


「でね、今度会いませんか?って聞いてみたんだけど、調整してみるねって返事が来たんだ! やっと会えるかもしれないの!」

 休日の昼下がり、おしゃれなカフェにて。今日は幼馴染みの彼女と女子会を開いていた。
 お互い独身同士、婚活中の彼女とはこうして定期的に現状報告をしあっていて、彼女は私の幼い頃からの運命の人論を全て知っているので、いつもうんうんと聞いてくれる、かけがえのない私の理解者だった。そんな彼女が、

「……なんか、怪しくない?」

 と、私の話を一通り聞き終えた後に感想を述べる。怪しい? 一体何の事を言っているのだろうと首を傾げると、「その人、ケイタさん」と告げられる。

「え! どこが!」

「どこがって、大体全体的にだよ。顔分かんないし、何の仕事かも分かんないし、返事遅いし、なんか何もかも謎じゃん。てか、何より出会い方が一番やばい! 第一声が運命の人を信じますかって、どう考えても詐欺か宗教じゃん!」

「! なっ、」

 なんて事を言うんだこの人は!!

 “詐欺か宗教じゃん”その言葉は、最近の私の人生の中で一番言われたくない、言われて嫌な気持ちになった言葉だった。

「それはきっとさ、運命の人を信じてるかどうかがケイタさんにとっても大事な事だから、だから最初に聞いてくれたんだよ! お互いの時間が無駄にならないようにって。分かるでしょ?」

「そう言う考えの人がいるっていうのは桜との付き合いで分かってるけど、一般的にはそんな内容のメッセージを送ってくる人はブロックするものだよ」

「でも私はしなかった! 私達は同じ考えを持っている人だったって事が最速で分かったって事じゃん!」


 だからケイタさんは正しい! 私なら彼の気持ちが分かってあげられる!と、ついヒートアップする。するとそんな私に、彼女はまぁ落ち着いてと飲み物を勧めてきたので、仕方なく黙って一口飲んだ。ピンクの可愛いいちごラテが甘く心に染み渡るとなんだかほっとして、熱くなった頭が冷めていくのが分かった。
 私が落ち着いたのを見計らって、彼女も同じように自分のコーヒーを飲む。一口啜りながら、うーんと、なにやら考えている様子だった。

「運命の人に出会えるっていうのがキャッチコピーのアプリだとしても、初対面の相手にそんな事いうのかな……しかも相手が桜でしょ? ピンポイントな言葉で接触してきてるみたい。なんか、桜の今までのやり取りを知ってるみたいな」

「……つまり何? ケイタさんは運営側と繋がってる人で、私の今までのやり取りの履歴を知った上で、何らかの理由があって接触して来たって事?」

「うーん……まぁ、ケイタさんがサクラだったって事もあるかもしれないけど……知ってる? 最近AIと話せるアプリとかあるの」

「……は?」

 急になんだと、思わず強めの声が出てしまった。いやまさか、ケイタさんがそのAIだって言いたいのか。さすがにぶっ飛びすぎてはいないだろうか。

「いや、私もさすがにって思うんだけど、最近婚活仲間に聞いたんだよね。人だと思ったらAIだったって話。人間の振りして紛れてるらしいよ」

「えぇ? 何の為に?」

「人件費削減だよ。色んな企業でも取り入れられてるでしょ? それと同じ。もしこのアプリでサクラとして人を雇う事を考えた時、それが一つのAIの導入で済んだらきっと助かるでしょ?」

「……」


 ……確かに。人が集まらなくて代わりに導入、とか。架空の人物だとしても会わない限りバレないし、バレそうだったらそのままアカウント削除してしまえば良いだけの話。相手が決まったとか、適当な理由はいくらでも見つかるはずだ。

「最近のAIって東大生並みの知能だとか言われてて、仕事とか勉強とかもサポート出来るんだって。会話のやり取りもだいぶ自然だから色々使われてるらしいよ。それでなんか、実際彼氏の代わりとして使ってる人とかいるらしくて」

「え! でも人じゃないんでしょ? 意味ある?」

「ね。でも、あるんだって。誰かに優しい言葉をもらいたい時、AIは今までのやり取りから学習して丁度一番欲しい言葉をくれるんだって。まるで今回のケイタさんみたいに」

「!」

 まさか……いや、そんな。

「……なんてね。さすがに考えすぎか。だって次会う約束してるんだもんね」

「……うん。まぁそうなればと思うけど……」

 そこで私の話は終わり、それからは彼女の近況の話をしたり、次会うお店と日程を決めたり、いつも通りの流れを経て、彼女との女子会はお開きになった。


 帰宅後。なんだか疲れてしまい、鞄を放り投げてベッドにダイブした。帰りの電車に揺られている間に気になったので調べてみたら、どうやら彼氏の代わりをするAIを、AI彼氏と呼ぶらしい。本当に存在するなんて。

 ——AI彼氏説、ある?

 い、いやいやそんな! そんなばかな!