「終わっちゃったね……」

「うん……」

「結花ちゃん、あそこまで泣いたの久しぶりじゃない?」

「もう、自分でも何て言ったらいいか分からないくらい……。情けなかったけど、あれが私なんだ……」

 卒園式を終え、誰もいない日曜日の大ホールで前日の後片付けをしていた結花と花菜。

「建物は変わっちゃったけれど、この場所は私の人生も変わった場所なんだよね。玄関で『結花先生』に会った瞬間(とき)から」

 花菜も唯一の肉親だった母親を亡くし、高校卒業まで生活の保護を受けるためにやって来た。

 そこで人生が変わる出会いをしている。

 結花が茜音に背中を押してもらえたのと同じように、花菜も結花に包まれたことで、二人の人生は今につながっている。

「結花ちゃん、花菜ちゃん」

「まったく、二人とも湿気(シケ)た顔してんじゃないの!」

「茜音先生! ちぃちゃんも!?」

 昨日のイベントの発起人は二人だからと、今日の片付けは誰にも声をかけていなかったはずなのに。

「もぉ、水くさいぞ。結花が高校やめるときにひとりで教室にいた姿を忘れることなんてないんだから。今日も絶対にいるって思って、押しかけてみたら案の定」

「ほんと、結花ちゃんらしいわね。千佳ちゃんに車で乗せてきてもらっちゃった」

 前日は食器と生ゴミ以外の片付けは後回しにしてお開きにしたから、今日は絶対に誰かが出ているはずと茜音も気にしていたそうで。そこに様子を見にいくという連絡をもらった千佳に便乗してきたとのこと。

 人手が2倍になれば、かかる時間は半分という言葉どおり、予定していた原状回復作業は午前中で終わってしまった。

「どうですか、明日は残ってますけど……。一段落したお気持ちとしては?」

「そうねぇ。昨日の結花ちゃんに何度もらい泣きしたかねぇ。わたしもどのくらいぶりだろう。健ちゃんも帰ってから泣き笑いだったもん。でも、これで一区切りかなぁ」

「あの……、ここだけのお話、私でよかったんですか? 花菜ちゃんもちぃちゃんもいるなかで、私を茜音先生の後任にするって、かなり勇気のいる決断だったと思います。それだけがちょっと引っ掛かっていて……」

 車座になって座ったとき、結花の呟きを聞いた残りの三人は『何を今さら?』という顔で答えを返す。

「いいよ。このメンバーだもんね。心配はしてないけど恨みっこなしでお願いね。……きっと市側の予想とか、学歴だけのポイントで足していったら、結花ちゃんがトップにはならなかったと思うよ」

「はい……」

 彼女も分かっている。だから不安なのだと。

「前にも言ったでしょ? 結花ちゃんは自分のすごさが分かってないって。正直、ここの三人なら誰でもわたしのバトンを渡せる力を持っているって分かってた。珠実園は市の施設としては珍しく人事権を自分たちで持っているからね。健ちゃんにも何度も相談したよ。でも、健ちゃんは最初から言い切ったの。『結花ちゃんだ』って」

「園長先生……」

 そのあとは、いつも利用してくれている保護者にもそれとなく自分の年齢をネタにして『誰が次だったら?』という雑談をしていたらしい。

「わたしも驚くくらい、圧倒的だったよ。みんなが結花ちゃんの名前を言うの。しかも園長に!って声がとても大きかった」

「私が園長ですか!?」

 副園長の席だって信じられなかったのに、もうひとつ上だなんて考えてもいなかったから。

「そう。みんな言ってた。結花ちゃんが園長で、千佳ちゃんと花菜ちゃんが副園長なら誰も反対する人いないって」

「昨日だってあんなに泣いちゃって、みっともなかったのに……」

 茜音は笑いながらそんな結花のおでこに人差し指をつんと当てる。

「そのそれ。結花ちゃんが全職員の中で最高点なの。一人ひとりに寄り添って、一緒に泣いて笑って。そして、花菜ちゃんも千佳ちゃんもそれを受け継いだ。わたしが結花ちゃんにすると発表したときに、誰も異議はなかった。陽人先生が結花ちゃんのご主人だってことで利用者も安心してくれた。陽人園長先生は結花ちゃんのサポート役。それはご本人も十分にご納得いただいているわ。この三人で結花ちゃん世代の園を自信をもって作っていってほしいの。二人とも、結花ちゃんを助けてあげてね」

「はい!」「もちろんです!」

「ありがとうございます……。精いっぱい、頑張ってみます……」

 一度は自分の将来や人生すら諦めかけた結花。花菜や千佳もそれぞれの分岐点で結花に救われた一人だ。今度はその恩返しをしていく。

 そんな三人を、茜音は安心したように頷きながら見守っていた。



「いつでも遊びに来てください!」

「うん! 落ち着いた頃に顔を出すよぉ」

 翌日の午後、最後の挨拶に顔を出した健と茜音は、職員と居合わせた来館者に見送られ、大きな花束を手に園の門で次の世代への引き継ぎを済ませ、自宅への帰路についた。