私たちの剣舞による皇帝暗殺計画が頓挫してから、七日ほど経った。
その日私は、暗殺失敗の旨を、当たる占いにより後方支援をしてくれていた春妃に失敗の旨を報告に来ていた。
春妃はお茶とお茶菓子を振る舞いながら私の話を一部始終聞き、「そうですか……」と俯いた。
「半夏さんもおっしゃってましたが、皇帝陛下の天命が全く尽きず、彼にはなぜか幸運に見舞われていつも命が助かると……折角紫珠様の天命が晴れつつあるのに、皇帝陛下の天命を尽きさせるような手段ってないんでしょうか?」
我ながら相当思いつきでしゃべっているとは思うけど。暗殺のためにあれだけ入念に準備し、どうにか武器の持ち込みまでどうにか漕ぎ着けてもなお失敗したのは、釈然としない。しかも皇帝の助平のせいで頓挫なんだから、これで納得しろっていうほうが無理って話だ。
それに春妃は綺麗な手つきで茶器を傾け、お茶を飲む。花の匂いのする甘いお茶であり、ほんのりとした苦味も旨味へと変わっている。
「前々から、皇帝陛下の天命には違和感がありました。彼の天命は底なしなのではないかと。逆に殿下はあまりに天命が晴れないため、こちらも暗殺をしようとしても失敗に終わるから辞めておけと。ただ、この話はいささかおかしいですね?」
「おかしいって……出来過ぎだってことですか? あの、皇帝陛下の助平が?」
「はい。たしかに皇帝陛下は考えなしな行動を取り、いいように官吏に扱われる傀儡です。ですが、怒らせてはいけない人のことは理解しているはずなんです。特に梨妃は完全に皇帝陛下を下に見ていますが、彼女は正一品。彼女の後ろ盾も含めて、失ってはいけない人だということは理解なさっているはずなんです」
「……そこまで助平なのは、予想外だったと?」
「丁香さん。皇帝陛下に言い寄られて気味が悪かったのは理解できますが、話はそんな簡単なものではありませんよ」
春妃に窘められ、私は「ごめんなさいっ」と謝ってから、誤魔化すように茶菓子を頬張った。どうも花を砂糖漬けに加工したものらしく。口に放り込むと花と砂糖のなんともいえずに味わい深い甘味と苦味が口いっぱいに広がった。
私が落ち着いたのを見計らってから、春妃はそっと私に耳打ちした。
「彼は何者かから、耳打ちされている可能性があるのです」
「……耳打ちって」
「大変に気の毒ですが、殿下の手の内の中に内通者がいます。おそらくは官吏側と組んでいる。今回のことで確信が取れました」
「……っ!!」
それに私は言葉も出なかった。
あれだけひどい皇帝陛下を守ろうとする者が、紫珠様の周りにいる……。紫珠様の天命が晴れなかった原因は、その内通者ってこと?
「丁香さんのことを占っていて、不思議に思ったんです。あなたを起点に占えば殿下のことを占えるのに、殿下を起点にした途端になにも見えなくなると。今回の件も決行前夜に占い、殿下にそのことは伝えましたが……結果はご覧の有様でした。本当に申し訳ございません」
「いいえ。春妃。あなたが占ってくれたおかげで、次にしなければいけないことはわかりました。でも……紫珠様にこのことは報告したほうがよろしいでしょうか?」
それに春妃は困ったように眉根を寄せた。
「……あくまでこれは、占いの結果と実際に起こったことを比べての、私の推論ですが」
「はい」
「私には内通者は敵とも思えないのです。ただ、完全に味方の行動を取ってくれないだけで」
「うん? 皇帝陛下の暗殺が失敗に終わったのは、普通に敵対行動では?」
「どうも私にはそれだけとは思えないのです。ごめんなさい、こんな抽象的な言葉ばかりで」
「いえ」
そもそも春妃の占いは、所謂詐欺師の行う誘導尋問による推論ではない。本物の能力者による占いであり、その占い結果を組み立てて行った推論なのだから、ただのお人好しの当てずっぽうとは言い切れない。
「その人が紫珠様の味方であるのだとしたら、今は敵対行動を取っていたとしても、仲間に引き入れることができるかもしれません」
「……私は、あなたのそういうところがとてもいいと思います。この後宮内はどうしても澱んでいますからね」
そう春妃が微笑むのに胸が痛くなった。
ここは蟻地獄だ。ここに入れられた女は、官吏の生け贄としての役割以外を求められていない。ここで己を表立って出せば、邪魔者と判断されて消される算段は高い。
ここで生き残るには、ひたすら皇帝陛下にこびへつらって己を殺すか、皇帝陛下を殺してやると復讐を胸に秘めて笑顔でかわす以外に方法がない。
私が私のままでここで生きてられるのは、私が真っ先に紫珠様に出会い、利用価値を見出されたから。私はまた、あの人に助けられたのに、なんにも返せてない。
「いいえ。私はただ、紫珠様に助けられた恩義を返したいだけです。紫珠様に皇太子妃にしてもらえると聞いて、正直嬉しかったんです」
私は有名な諸侯の娘でも、貴族の娘でもない。豪商の娘を皇太子妃にするなんて宣言したら、どれだけ反対が上がるかわかったもんじゃないし、政治的な問題でそれができるかどうか私も知るよしもないが。
この後宮を解体するための手伝いができたらいいと、そう思っている。
****
「そうは言ってもなあ」
私は宦官棟に戻りながら、腕を組む。
春妃と話し合った末、彼女の推論は一旦は非公開。私は次の紫珠様の暗殺作戦が整うまでの間に、皇帝陛下の内通者を探し出さないといけない。
正直、半夏さんはまず違うんだよなあ……。だってあの人は数ヶ月に一度しか後宮内に入ることを許されないし、そもそもあそこの楽団はほぼ全員が皇帝陛下の被害者。暗殺計画を皇帝陛下に流すのだって、誰か人を通さないと無理なのに、部外者で後宮滞在中も決められた場所でしか活動できない人たちがそんなことするのは無理がある。
だとしたら、後宮の外に出られて、官吏と話をしていても違和感のない人たちになるけれど。
「……そうなったら、次に怪しいのは宦官になるんだよなあ」
宦官は後宮の管理を任されてはいるものの、ありとあらゆる活動のお伺いは、予算を引っ張らないといけない関係で官吏と話をしていても、仕事中なんだなと流されてしまう。
でも私も宦官の人間関係というものはわからない。
宦官は基本的に、去勢した男性であり、立身出世の中で唯一身分は関係ないものとされている……そもそも去勢には痛みが伴う上に、下手をしたら死んでしまうのだから、よほどの出世欲があるか、のっぴきならないほど金が欲しいかの、命を賭けてでも叶えたい願いがない限り、わざわざ命を落とすかもわからない去勢に挑まないのだ。
そこで生き残る人は、皇帝陛下よりも、中で権力を握る妃たちに媚びへつらうのだ。彼らもまた、皇帝陛下よりも、後ろにいる上級妃や官吏のほうに擦り寄る。
とにかく、宦官棟のほうを一度確認しないことにははじまらない。でも人数が多過ぎるし。
「うーん……」
私も宦官棟でお世話になっている身。内通者の話は一旦置いておくとしても、宦官たちの紹介をしてほしいとは、一度黄精さんに相談してみようで、一旦自問自答は終了した。
その日私は、暗殺失敗の旨を、当たる占いにより後方支援をしてくれていた春妃に失敗の旨を報告に来ていた。
春妃はお茶とお茶菓子を振る舞いながら私の話を一部始終聞き、「そうですか……」と俯いた。
「半夏さんもおっしゃってましたが、皇帝陛下の天命が全く尽きず、彼にはなぜか幸運に見舞われていつも命が助かると……折角紫珠様の天命が晴れつつあるのに、皇帝陛下の天命を尽きさせるような手段ってないんでしょうか?」
我ながら相当思いつきでしゃべっているとは思うけど。暗殺のためにあれだけ入念に準備し、どうにか武器の持ち込みまでどうにか漕ぎ着けてもなお失敗したのは、釈然としない。しかも皇帝の助平のせいで頓挫なんだから、これで納得しろっていうほうが無理って話だ。
それに春妃は綺麗な手つきで茶器を傾け、お茶を飲む。花の匂いのする甘いお茶であり、ほんのりとした苦味も旨味へと変わっている。
「前々から、皇帝陛下の天命には違和感がありました。彼の天命は底なしなのではないかと。逆に殿下はあまりに天命が晴れないため、こちらも暗殺をしようとしても失敗に終わるから辞めておけと。ただ、この話はいささかおかしいですね?」
「おかしいって……出来過ぎだってことですか? あの、皇帝陛下の助平が?」
「はい。たしかに皇帝陛下は考えなしな行動を取り、いいように官吏に扱われる傀儡です。ですが、怒らせてはいけない人のことは理解しているはずなんです。特に梨妃は完全に皇帝陛下を下に見ていますが、彼女は正一品。彼女の後ろ盾も含めて、失ってはいけない人だということは理解なさっているはずなんです」
「……そこまで助平なのは、予想外だったと?」
「丁香さん。皇帝陛下に言い寄られて気味が悪かったのは理解できますが、話はそんな簡単なものではありませんよ」
春妃に窘められ、私は「ごめんなさいっ」と謝ってから、誤魔化すように茶菓子を頬張った。どうも花を砂糖漬けに加工したものらしく。口に放り込むと花と砂糖のなんともいえずに味わい深い甘味と苦味が口いっぱいに広がった。
私が落ち着いたのを見計らってから、春妃はそっと私に耳打ちした。
「彼は何者かから、耳打ちされている可能性があるのです」
「……耳打ちって」
「大変に気の毒ですが、殿下の手の内の中に内通者がいます。おそらくは官吏側と組んでいる。今回のことで確信が取れました」
「……っ!!」
それに私は言葉も出なかった。
あれだけひどい皇帝陛下を守ろうとする者が、紫珠様の周りにいる……。紫珠様の天命が晴れなかった原因は、その内通者ってこと?
「丁香さんのことを占っていて、不思議に思ったんです。あなたを起点に占えば殿下のことを占えるのに、殿下を起点にした途端になにも見えなくなると。今回の件も決行前夜に占い、殿下にそのことは伝えましたが……結果はご覧の有様でした。本当に申し訳ございません」
「いいえ。春妃。あなたが占ってくれたおかげで、次にしなければいけないことはわかりました。でも……紫珠様にこのことは報告したほうがよろしいでしょうか?」
それに春妃は困ったように眉根を寄せた。
「……あくまでこれは、占いの結果と実際に起こったことを比べての、私の推論ですが」
「はい」
「私には内通者は敵とも思えないのです。ただ、完全に味方の行動を取ってくれないだけで」
「うん? 皇帝陛下の暗殺が失敗に終わったのは、普通に敵対行動では?」
「どうも私にはそれだけとは思えないのです。ごめんなさい、こんな抽象的な言葉ばかりで」
「いえ」
そもそも春妃の占いは、所謂詐欺師の行う誘導尋問による推論ではない。本物の能力者による占いであり、その占い結果を組み立てて行った推論なのだから、ただのお人好しの当てずっぽうとは言い切れない。
「その人が紫珠様の味方であるのだとしたら、今は敵対行動を取っていたとしても、仲間に引き入れることができるかもしれません」
「……私は、あなたのそういうところがとてもいいと思います。この後宮内はどうしても澱んでいますからね」
そう春妃が微笑むのに胸が痛くなった。
ここは蟻地獄だ。ここに入れられた女は、官吏の生け贄としての役割以外を求められていない。ここで己を表立って出せば、邪魔者と判断されて消される算段は高い。
ここで生き残るには、ひたすら皇帝陛下にこびへつらって己を殺すか、皇帝陛下を殺してやると復讐を胸に秘めて笑顔でかわす以外に方法がない。
私が私のままでここで生きてられるのは、私が真っ先に紫珠様に出会い、利用価値を見出されたから。私はまた、あの人に助けられたのに、なんにも返せてない。
「いいえ。私はただ、紫珠様に助けられた恩義を返したいだけです。紫珠様に皇太子妃にしてもらえると聞いて、正直嬉しかったんです」
私は有名な諸侯の娘でも、貴族の娘でもない。豪商の娘を皇太子妃にするなんて宣言したら、どれだけ反対が上がるかわかったもんじゃないし、政治的な問題でそれができるかどうか私も知るよしもないが。
この後宮を解体するための手伝いができたらいいと、そう思っている。
****
「そうは言ってもなあ」
私は宦官棟に戻りながら、腕を組む。
春妃と話し合った末、彼女の推論は一旦は非公開。私は次の紫珠様の暗殺作戦が整うまでの間に、皇帝陛下の内通者を探し出さないといけない。
正直、半夏さんはまず違うんだよなあ……。だってあの人は数ヶ月に一度しか後宮内に入ることを許されないし、そもそもあそこの楽団はほぼ全員が皇帝陛下の被害者。暗殺計画を皇帝陛下に流すのだって、誰か人を通さないと無理なのに、部外者で後宮滞在中も決められた場所でしか活動できない人たちがそんなことするのは無理がある。
だとしたら、後宮の外に出られて、官吏と話をしていても違和感のない人たちになるけれど。
「……そうなったら、次に怪しいのは宦官になるんだよなあ」
宦官は後宮の管理を任されてはいるものの、ありとあらゆる活動のお伺いは、予算を引っ張らないといけない関係で官吏と話をしていても、仕事中なんだなと流されてしまう。
でも私も宦官の人間関係というものはわからない。
宦官は基本的に、去勢した男性であり、立身出世の中で唯一身分は関係ないものとされている……そもそも去勢には痛みが伴う上に、下手をしたら死んでしまうのだから、よほどの出世欲があるか、のっぴきならないほど金が欲しいかの、命を賭けてでも叶えたい願いがない限り、わざわざ命を落とすかもわからない去勢に挑まないのだ。
そこで生き残る人は、皇帝陛下よりも、中で権力を握る妃たちに媚びへつらうのだ。彼らもまた、皇帝陛下よりも、後ろにいる上級妃や官吏のほうに擦り寄る。
とにかく、宦官棟のほうを一度確認しないことにははじまらない。でも人数が多過ぎるし。
「うーん……」
私も宦官棟でお世話になっている身。内通者の話は一旦置いておくとしても、宦官たちの紹介をしてほしいとは、一度黄精さんに相談してみようで、一旦自問自答は終了した。



