瀬戸山くんの授業が終わるまで図書室で過ごし、そしてやっと、話ができた。
結局、わたしと瀬戸山くんはずっと勘違いをしてすれ違っていたらしい。図書室から昇降口に向かうあいだに、これまで気持ちを伝え合って、そういうことだったのか、とお互いにふーっと安堵のため息をついた。
「でも、元はといえば、わたしだよね」
「まあそうだけど、まあおれも、悪いからな。っていうかなんでそこまでサプライズしたかったんだよ」
そうだ。すぐに訂正すれば済むことだった。瀬戸山くんは、そのことを怒るようなひとじゃないのもわかっていた。
なんとかして瀬戸山くんに喜んでもらいたかった。自己満足だとわかっていても、ひとりで考え選び計画をして、瀬戸山くんの誕生日を演出したかった。
でも、それだけじゃない。どうしてもサプライズを諦められなかった。それは。
「喜ばずに戸惑ってる姿も、見たいなって思った」
これが一番の本音だ。
「いい性格してんな」
はは、と瀬戸山くんが呆れたように笑う。
「でも瀬戸山くん、本当に、そんなに、誕生日に会えないのを気にしてたの?」
「まあな。自分でもびっくりしたけど。黒田だからってのももちろんなんだけど、こんなにひきずるとは思わなかった」
そんなふうに思ってくれたことに、喜びを感じてしまう。数日間沈んでいた反動で、余計に。胸がきゅうきゅうと締めつけられる。お腹の辺りがむずむずしてそわそわしてしまう
「黒田と付き合う前は、自分の誕生日を忘れることもあったのにな。まさか黒田に会えないだけでこんな気持ちになるなんて、そんなの、カッコ悪くて言えねえし」
カッコ悪いなんて思わないよ。
ただ、好きだなあって思うだけだ。
「米田くんにも言ってたから、本気でサプライズがいやなんだと思った」
「え? あ、ああ。なるほど、あのときの会話は黒田のことだったのか」
「わたしも、サプライズって苦手だったの。でも、わたしも、瀬戸山くんだけは特別だから、すごくうれしくって、喜ぶよ」
「だろ」
瀬戸山くんは自慢げに言う。そしていいことを思いついたかのように「そうだ」と声を上げた。
「サプライズはいいけど、その前に断られるっていう思わぬ落とし穴があるから、今度からサプライズするときは日にちずらすことにしたらいいんじゃね?」
たしかにそれがいいかもしれない。
それもどうなんだろうと思わないでもないけれど、今回のようなことになるくらいなら、そのほうがいい。わたしも、もし自分の誕生日に瀬戸山くんに会えないって言われてたら、きっとしょんぼりしてしまっただろうから。
瀬戸山くんと顔を見合わせて「それいいね」と笑う。
「サプライズって難しいね。瀬戸山くんが友だちと遊びに行っちゃったら、瀬戸山くんの家で美久ちゃんと待ち構える予定なのにどうしようって焦っちゃった」
「ヨネへの相談ってそれか。どうりでおれの家に行きたいとか珍しいこと言い出すと思った。あー……だから美久もあんなふうに怒ってたのか」
「え、美久ちゃん怒ってたの? なんで?」
「いや、大丈夫大丈夫。ほら、靴箱着いたぞ」
話の途中で瀬戸山くんがわたしの背中を押す。靴箱は別々なので、続きは靴を履き替えてからだ。
美久ちゃんにも謝らないとなあ、と考えていると、有山くんがやってきた。
「あれ、黒田。今帰り?」
「うん。有山くんも?」
「友だちと話し盛り上がってさ。あ、ちょうどよかった。さっき姉ちゃんからメールが来たんだけど。なんかプレゼントに良さそうな雑貨を見つけたからどうだって」
そう言って、有山くんがスマホを取り出して操作する。
まだ瀬戸山くんになにをプレゼントするかは決めていない。有山くんのお姉さんの提案が、どれも素敵で悩んでしまう。でも、これ、っていうのがあるのかも、と思い差し出された有山くんのスマホを覗きこむ。
そのとき。
「そういうのはいいから」
視界が遮られると同時に、背後から瀬戸山くんの声が聞こえてきた。
「え、せ、瀬戸山くん?」
一瞬なにが起こったのかわからなかったけれど、どうやら後ろから瀬戸山くんがわたしの目を手で覆っているらしい。肩にも、彼の手が触れているのがわかる。抱きしめられている、と言ったほうがいいかもしれない。
瀬戸山くんの手に自分の手を添えてそっと剥がした。振り仰ぐと、瀬戸山くんは眉間に皺を寄せて有山くんを睨んでいる。
「あと、黒田と距離が近すぎる」
「え、いや、いやいや。どうしたセト」
有山くんは降参するように両手をあげて瀬戸山くんを落ち着かせようとしている。
っていうか、わたしもこの状況がよくわかんないんだけど。なに? どうしたの?
「黒田もおれのプレゼントをほかの男と相談して決めようとしてんじゃねえよ」
「え?」
「ほかの男と選んだもんなんかいらねえよ」
瀬戸山くんが、怒っている。というか、拗ねてる。
「ねえ、瀬戸山くん……?」
「なに」
わたしが呼びかけても、瀬戸山くんは有山くんから視線を動かさない。
「もしかして、嫉妬、してるの?」
「そうだよ」
すぐさま肯定されてしまった。
瀬戸山くんが、嫉妬。瀬戸山くんは、そんなことしないと、思ってた。
ああ、そうか〝わたし〟だから。
「なに笑ってんの、黒田」
知らず知らずに頬が緩んでいたようで、瀬戸山くんに気づかれて睨まれてしまった。
「違うの。有山くんじゃなくて、有山くんのお姉さんから、おすすめのアイテムをいろいろ教えてもらってたの。悩んでたけど、でも、有山くんとは選んでないよ」
「は?」
「プレゼントは、わたしがひとりで、選ぶよ」
有山くんに限らず、江里乃にも優子にも、わたしは相談していない。わたしが選びたかったから。たまに、意見を求めることはあったけれど、参考程度だ。
「……なら、いいけど」
瀬戸山くんはバツが悪そうに顔を逸らしてわたしの肩から手を放した。それを見計らったように、有山くんが「なんだよもー、そういうことだから安心しろよ!」とそそくさと立ち去った。有山くんに申し訳なくなる。明日改めて謝ってこれまでのお礼も伝えなくては。
先を歩きだす瀬戸山くんを追いかけて、右手を伸ばし彼の左手を握る。
「あのね、わたしも本当は、瀬戸山くんが女の子と遊びに行くの、嫉妬してたよ」
わたしの手を握り返してくれた瀬戸山くんは、ほんのりと赤い耳を隠すように前を向いたまま「知ってるよ」と返事をする。
「でも、黒田は男子と距離が近い気がするからだめ」
「瀬戸山くんも女の子と距離が近いと思うけどなあ」
「おれは近くないし、おれが黒田以外となんかなるわけないし」
「わたしも、同じだよ。瀬戸山くんだけズルいじゃん」
くすくすと笑いながら並んで歩く。
こんな話、今まで一度もしなかったな。
「そう考えると、交換日記はたしかに、ウソばっかりだったね。嫉妬してるのも口にしなかったし、しばらく会えないって書かれたときも、さびしいって言えなかった」
「おれもだよ。なんでさびしいって言わねえんだよ、って書けなかったし」
この先、交換日記を続けても、きっとウソばかりになるだろう。
カッコ悪いことは言いたくないし、瀬戸山くんを困らせたくないから強がってしまうこともある。
本音だけを書き続けるのは、難しい。
でも。だからこそ。
「わたし、瀬戸山くんと交換日記、続けたいな。ウソばっかりでも」
その中にしかいない瀬戸山くんもいるんじゃないかなって、思うから。
文字と言葉。その中にいるどっちの瀬戸山くんも好きだ。そして、どっちかだけでは、すこし、さびしい。
カバンから交換日記を取り出して、そっと瀬戸山くんに差し出した。やっぱりいやかな、と恐る恐る顔を上げると、瀬戸山くんは微笑んでいた。
そして、
「おれもそう思ってた」
と言ってくれた。
ウソばっかりだけど、それでも、そこだけにあるものもある、かもしれない。
少なくとも、それでもかわらない本当の気持ちはある。
今、この手の中にある交換日記に書いたわたしの気持ちがまさしく、それだ。
交換日記を広げて見た瀬戸山くんは、「おれが次に書こうと思ったのに」と笑った。
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瀬戸山くんが 好きです
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