_____________________
_____________________
_____________________
    もう一度 話がしたい
_____________________
_____________________
_____________________


_____________________
_____________________
_____________________
    ウソをついてごめんなさい
_____________________
_____________________
_____________________


_____________________
_____________________
_____________________
    謝るのはわたしのほう
_____________________
_____________________
_____________________


 どれも、ちがう。

 何度も交換日記に文字を書いて、そのたびにちがう、これじゃない、と首を振って書き直す。

 ウソじゃない。
 でも、本当でもない。

 ああでもないこうでもない、と悩みすぎてどうしたらいいのかわからない。

 昨日も、パニックになって瀬戸山くんを追いかけることができなかった。しばらくしてメッセージを送らなければ、と思ったのに、なにを送ればいいのかわからず、交換日記に返事を書いて、それを持って会いに行こう、と決意をしたのが昨晩のことだ。

 なのに、まだ返事が書けていない。

 悩んでいるあいだに夜が明け、そしてもう昼休みも終わってしまった。授業は残すところ六時間目だけで、すぐそこまで放課後が迫ってきている。

 このままじゃ、今日が終わってしまう。焦る。このまま明日を迎えたら、より一層わたしは身動きが取れなくなる。それだけはわかる。

 だから絶対、今日、瀬戸山くんと話をしなくちゃいけないのに。

「大丈夫なの、希美。悲壮な顔してるけど」
「だ、だいじょうぶ……」

 六時間目がはじまるまでの十分休憩に、シャーペンを握りしめてノートを睨みつけているわたしを見て江里乃が心配そうに声をかけてきた。このやりとりは昼休みもした。いや、朝から休み時間のたびにしているかもしれない。

「もう会いに行けば? ばーっとぶちまけたらいいじゃん」
「……そう、なんだけど」

 江里乃に言われて、そうだよね、と頷く。

 サプライズパーティーをしようとウソを吐いたのがきっかけにちがいない。その後ろめたさを隠そうとしたのも原因だろう。そのことを素直に伝えて謝るしかない。

 でも、本当にそれだけなんだろうか。どこかでわたしと瀬戸山くんに大きなズレが生じているような気がする。瀬戸山くんが吐いたというウソが、わたしのウソとどう繋がっていうのかがわからないのだ。

 そこを理解しないまま謝ってもいいのかな。

 素直に、瀬戸山くんにウソついて誕生日を祝うつもりでした、と言えば、わたしたちのすれ違いは解決するのかな。

「よくわかんないけど、とりあえず謝れば? 瀬戸山もよくわかんないけど謝ってきたんだし」
「でもそれって……ズルい気がしちゃう。なにに謝ってるのか自分でもわかんないし」

 もちろん、ウソをついたことは謝らなければならない。それは絶対だ。

 でも、昨日のあの瀬戸山くんの様子を思い出すと、わたしはそれ以外にもなにか、瀬戸山くんにとって失礼なことをしたんじゃないかと、そんな思いが拭えない。

 あんなに、苦しそうな瀬戸山くんを見るのははじめてだった。まるで、自分の発言に瀬戸山くん自身が傷ついているみたいだった。

 なんでだろう。わたしは、それをちゃんと受け止めて考えなくちゃいけないと思う。

 考えて、答えを出さなくちゃ、いけない。

「まあ、原因がわかんないのに謝られるとムカつくかー」
「なんか、いろいろ相談まできいてもらったのに、うまくいかなくてごめんね」

 おまけに心配までかけてしまっている。
 なにもかもうまくできない自分が情けない……。

 しょんぼりするわたしに、江里乃は「そういうこともあるよ」とわたしの肩をやさしく叩(たた)いた。そして、「いつも仲良しなふたりの喧嘩も珍しいしね」と冗談を言って笑う。そんなふうにわたしの気を紛らわそうとしてくれる江里乃に、「もう」とわたしも少し笑うことができた。

「江里乃ー! 助けて!」

 そこに、優子の元気な声が響いてふたりで振り返る。

「これ、どういうことか教えてくれない?」
「騒がしいなあ、優子は。どうしたの」

 優子は一枚の紙を手にしていて、それをわたしの机に広げて見せてきた。五時間目に返却された数学の小テストの答案用紙だ。ここ、と優子が三角のマークをつけられた回答を指さす。江里乃はどれどれ、とそれを見つめる。

「これなんで三角なの」
「そりゃあそうでしょ。計算式まちがってるんだから。答えは合ってるけど」
「答えが合ってるなら正解でしょ」
「たしかにマークシートの答案ならそれで正解だけど、全然ちがう方式でたまたま答えが一致しただけでしょ。このまま正解もらっても理解できてないんだから、後悔するよ。小テストで気づけたと思って正しく答えを導きなよ」

 江里乃が言うと、優子は「えー、厳しい! 納得できないー!」と頬を膨らませた。

「厳しいとかじゃないでしょ。あ、こっちの途中式は合ってるじゃん。答えはまちがってるけど。これがわかってるなら、この問題もすぐ理解できるよ」

 江里乃はそう言って、優子に問題の正しい計算式を教えはじめる。優子はふんふんと素直に耳を傾けて、答案用紙に正しい式を書いていく。

 ――『数学では途中式を書かなくちゃ、答えが合ってても丸にはならねえ』

 ふと、付き合う前に瀬戸山くんに言われた言葉を思い出した。

 江里乃と優子が喧嘩したときだ。どうしていいかわからずなにも言えず、悩んでいたわたしに瀬戸山くんが言ってくれた。

 ――『全部、口にしろ』

 あの言葉は、わたしにとって目から鱗だった。

 あのおかげで、わたしは優柔不断な自分を少しだけ、好きになれた。

 どっちでもいいよ、とか、なんでもいいよ、がわたしにとって〝答え〟なんだと思うことができた。

 なのに、今のわたしは。

 何度も書いては消している交換日記を見る。
 今のわたしは答えばかりを求めている。答えばかりを書こうとしている。

 考えがまとまらないからって、答えが出ないからって、なにも言わずに瀬戸山くんと向き合うこともできないでいる。

「全部、言わなくちゃ」

 ウソをついたことはもちろん、瀬戸山くんを不安にさせたなにかがわからないことも正直に、伝えるべきだ。

 勢いよく立ち上がり、交換日記を手にする。

 ああ、でも、これだけは書かなくちゃ、とシャーペンを握りしめて文字を書いた。

 悩みも不安も疑問も取り払って、最後に残る、ずっとかわらない、わたしの本音だ。ウソのない、今わたしが瀬戸山くんに伝えたい、たったひとつの気持ち。

 それを抱きしめてドアに向かおうと足を踏み出す。

「希美、どこいくの?」
「瀬戸山くんのところ、行ってくる」
「え、もう、六時間目はじまるよ?」
「うん、でも、今行かなくちゃ」

 江里乃が引き止めるのを無視して、教室を飛び出した。

 休み時間は十分しかないけれど、まだ半分以上はあるはずだ。猛ダッシュで理系コースに向かえば、少しだけでも話す時間はあるはず。

 全部伝えるのは無理かもしれない。けど、今はただ、一分一秒でもはやく瀬戸山くんに会いたい。会って、話がしたい。

 廊下を力強く蹴ってすぐそばの階段を駆け下りる。渡り廊下を横切って理系校舎に入ると、そのまま階段に足をかける。普段こんなに走ることがないからか、すでに息は切れ切れで、足も痛い。

 でも、足は止めない。
 止められない。