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    テスト終わったら
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    いろいろ話そう
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    うん わかった
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    わたしも 話したい
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 ……黒田の話したいことってなんだよ。

 なんかすげえ意味深に受け取れるんだけど、おれが深読みしすぎているだけだろうか。っていうか話したいって言ったのはおれで、黒田はそれに合わせただけなんだろうけど。黒田のことだからそうなんだろうけど。

 付き合ってからは交換日記のやりとりはのんびりペースだったのに、ここ数日はやたらとはやいのもなんだかそわそわする。

 おとといの帰りに受け取ったノートは、昨日の朝に黒田に返した。
 そして、その返事を受け取ったのは、昨日の放課後だ。

 それからずっと気になって仕方がない。昨日の予備校でもまったく勉強に集中できなかった。なんて返事をすればいいのかもわかんねえし。

 ――こういうときは。

 弁当を食べ終えて、すぐに席をたった。よし、黒田に会いに行こう。

「あ、瀬戸山くん」

 そのとき、理系コースの校舎で聞こえるはずのない黒田の声が聞こえてきた。振り返ると、教室のドアから黒田が顔を出して俺を見ている。

「黒田? どうした?」
「あ、ちょっと、話したいことがあって。でも、なにか用事あるならあとでも」
「いや大丈夫。ちょうど黒田のところに行こうとしてたところだから」

 駆け寄って声をかけると、黒田がそわそわしながら答える。理系コースの校舎に来ると黒田は視線が気になるらしく、いつも落ち着きがなくなる。が、今の様子もそのせいなのだろうかと勘繰ってしまう。

 なにか言いにくいことを言いたい、とか? それってなんだ?

「わたしに? どうしたの?」
「いや……べつに、なんでもないけど」
「なんでもないの?」

 ふ、と黒田が笑う。その笑顔に、ちょっとほっとする。

「黒田は? 話って?」
「あー、えっと、明日、一緒に帰れないかなって……思って」
「いいけど、予備校あるから一時間くらいしかねえよ? っていうか黒田も予備校じゃねえの?」

 珍しい誘いに、また不安が体内で芽吹く。

 一緒に帰ろうと言われるのははじめてのことではない。でも、お互いに予備校に通い出してからは、週に一度、予備校が休みの日だけ一緒に過ごすことになっているので、こうして別の日に約束をすることはなくなった。

 っていうか、明後日は一緒に帰る日じゃなかったっけ。

「うん、でも、瀬戸山くんしばらく会えないって言ってたから、明後日も無理なんだろうなって思って。でも今日は急すぎるから、明日はどうかなって」
「あ、ああ、そっか、そうだな」

 おれが〝しばらく会えない〟って言ったんだから、明後日も会えないんだと黒田が思うのは当然のことだ。おれも、そう思っていた、はずなのだけれど。

 あっさり受けいれている黒田に、不満が膨らむ。
 いやいや、落ち着けおれ。おれが言ったことだろうが。

「あ、でも、明後日のほうがよかったら明後日でも」
「いや、いいよ、大丈夫」

 黒田がわざわざ一緒に帰りたいと誘ってくれているのに断る理由はない。なんで急に、と思わないでもないけれど。

「黒田から誘ってくれてんの嬉しいのに、断るわけねえじゃん」

 おれを誘うだけで不安そうな顔をする黒田に笑いかける。

 付き合ってるんだから気にせず堂々と誘えばいい。黒田の場合は、多少わがままになってもらったほうがいい。黒田にとってはわがままでも、多分わがままと呼べるようなレベルには絶対に達しないだろうから。

「セトってあれ、素で言ってんだもんな。すげえよな」
「素直すぎて逆にややこしいタイプだよね」

 まわりにいるクラスメイトが冷めた視線と共におれに呆れたように言う。どういう意味かはわからないが、目の前の黒田は恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして「な、なら、いいけど」ともごもごと返事をした。

「前から思ってたけど、黒田ってすぐ照れるよな。ポイントがわかんねえな」

 お団子に手を乗せて黒田の顔を覗きこむ。
 黒田は頬を紅潮させて、「こういうところだよ……」と困ったように眉を下げた。

 ポイントはまったくわからないけれど、黒田が恥ずかしがる顔がかわいいので、まあいいか、と思う。

 ……素直すぎる、か。
 クラスメイトの言っていた言葉を反芻し、決意を固める。

 しょうもないことで悶々としていろんなことを気にしているのはやっぱりらしくない。だから、黒田に会いに行って、交換日記ではなく直接話そう、と思った。

 そのタイミングで黒田がおれを誘ってくれた。
 ちゃんと話をしろ、ということだ。そうにちがいない。

「じゃ、明日はどうする? 駅まで行って、近くの店で時間潰す? あ、でも一時間待たせるからそのまま学校の図書室とかでもいいけど」
「え? えーっと、どっちでも、いいかなあ」
「そう言うと思った」

 ふは、と噴き出すと、
「瀬戸山くん、わたしに〝なんでもいい〟を言わせようとしてるよね」
 黒田が拗ねたように言った。

 たしかに。案外頑固な黒田の〝なんでもいい〟がおれは結構好きだ。そしてときどき、その返事をしないのもいい。

 だからこそ。

 ――『こっちがいいかな』

 前に、黒田がクラスメイトの有山と話していたときにそう言っていたのを思い出し、面白くない気分が蘇る。

 黒田が明確になにかを選ぶのが意外で、なんで、と思ったのだ。

 おれと一緒になにかを選ぶときでさえ、はっきりとどちらかを提案することは稀だというのに。

 なんか選んでたのか、と聞いたときに、黒田が一瞬視線を泳がせたのも覚えている。見られてまずいと思ったのか、いつからいたの、と返事をせずにそうおれに聞いたことも。なんかやましいことでもあんのか、と訊こうと思ったとき、松本が雑誌の診断テストをしていたのだと説明をしてくれた。なんで言い淀んだのかわからないが、そういうことらしい。

 選択肢からなにかを選ばなければいけないなら、そりゃ黒田でも選ぶだろう。

 けれどあまりに迷いなくはっきり答えていたから、妙に記憶に残っている。

 黒田が男子と話しているのが珍しい光景だったのもある、かもしれない。

「でも、こんなに彼女を大事にしてんのに、セト、誕生日はフラれたんだよねえ」
「かわいそうになあ」
「おい、黙ってろ」

 余計なことを言うんじゃねえよ、とすぐさま振り返りクラスメイトを睨む。完全におれを揶揄(からか)って楽しんでいる友人たちのにやけ顔に、いらっとする。

「あ……」
 案の定、黒田は小さく震えて申し訳なさそうに俯いた。その反応に、焦る。

「いや、おれは気にしてねえから。こいつらが好き勝手言ってるだけだし」
「でも、その」
「いいからいいから、こいつらのことは無視しろ。誕生日なんてどうでもいいし。別にただ歳を重ねるだけだろ。もともとおれ自分の誕生日もよく忘れるし」

 このままでは黒田が用事を断っておれを優先するのではないかと思えてくる。
 そんなことはしてほしくないんだよ。

「んじゃクラスのみんなで祝ってあげようか?」
「ああ、いいじゃん。テスト前の気晴らしにもちょうどいいし」

 おれの誕生日を理由にして遊びたいだけだろ、と内心で突っこみながら「おれの誕生日なんかそんなもんだよ」と黒田に笑う。

「だから、気にすんなよ」
「……みんなと、遊びに行くの?」
「え?」

 思ってもいなかったことを訊かれて、間抜けな声を発する。
 俯いていた黒田が不安げな顔でおれを見上げた。なんでそんな顔をするのだろう。おれに用事ができたほうが安心するから訊いている、のかも? いや、それにしては驚いたような、困ったような、焦ったような、よくわからない表情だ。

 頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべながら、
「あー、どうかな、それもいいかも? わかんねえけど」
 と曖昧な返事をした。そこで、もうひとつの可能性に気づき、ハッとする。

「女子がいないほうがいいとか?」
「いや、ううん、そう、じゃないの。なんでもない」

 黒田はぶんぶんと顔を左右に振ってから、へらりと笑った。

「なんでもないって顔じゃねえだろ」
「気にしないで、本当に、ちがうから。そうじゃないの」
「じゃあなに」

 黒田がなにを考えているのかさっぱりわかんなくてもどかしくなってくる。怒っているわけじゃないのに、つい語尾がキツくなってしまう。そんなおれを止めるかのように、昼休みが終わる予鈴が響いた。

「希美ー、戻ろー」
「あ、じゃあ、えっと、明日」

 一緒に来ていたらしいヨネの彼女が黒田を呼ぶ。黒田はまるで逃げるようにおれの前から駆け出した。いちおう、またね、とおれに手を振っていたけれど、あきらかに様子が変だ。

 あのままでは黒田を問い詰めるような言い方をしていただろうから、よかったのかもしれない。でも、こんな中途半端な状態で話を切り上げるのはスッキリしない。

 なんなんだよ、いったい。
 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。

 嫉妬か? でも、これまで女子もまじえて遊びに行ったことがないわけでもないのに今さら? もちろんそのときは事前に伝えているし、これまでの黒田の態度は今日のように不安そうでもなかったよな。

 じゃあやっぱり、誕生日に用事があることが関係してんのか?

「どーした、セト」

 小さくなっていく黒田の背中を見つめながら眉を寄せて考えていると、ヨネが不思議そうな顔で覗きこんできた。

「いや、べつに。ただ……」

 いつもとかわらない、これまでとかわらない、黒田の笑顔が脳裏に蘇る。ほとんどが、いつもどおりだ。でも、いつもとはあきらかになにかがちがう黒田の態度。

「黒田がなにを考えてんのか、わかんねーなって」

 この言葉を黒田に言えば、きっと黒田は傷つくだろう。
 気持ちを口にするのが苦手な黒田に、この言葉は禁句だ。

「セトのことだろ、そりゃ」

 ヨネがきょとんとした顔で言う。

「……ヨネはいいよなあ、単純で」
「うわあ、セトに言われたくねえ! セトは自分で思ってる以上にやべえくらいに単純だからな! オレなんかセトに比べたら繊細だっつーの!」
「そ、そんなことねーし!」

 思わず必死に否定する。図星だからだ。なんせおれは、気持ちが先走って相手をよく知らないまま〝好きだ〟とか手紙を書いてしまうくらいの単純さだ。

 でも、ヨネよりかはマシだと思うし、黒田がなに考えてるのかは、やっぱりわからない。おれのこと、だとしても。おれのなにを考えているのだろう。

 交換日記に書けば、教えてくれるんだろうか。

 そんなことを考えて、でも、自分の今の気持ちを明確に黒田に伝えるための言葉が浮かばず、無理だな、とすぐに諦めた。

「めんどくさ」

 なにもかもが。
 なにを書いたらいいのかわかんなくなる交換日記って、必要なんだろうか。