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テスト終わったら会えるかな?
それまでわたしも勉強頑張るね
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一日の授業が終わって帰ろうとすると、黒田からの返事の書かれたノートがおれの靴箱に入っていた。中を見て、黒田の書いた返事に思わず舌打ちをする。
なんだこの返事、なんだそれ。もっと言うことあるんじゃねえの?
でも、黒田ならこういう返事をすることはわかっていた。〝忙しくてしばらく会えない〟と伝えたのはおれだ。なんでどうして、と言われるよりも、こうやって相手に寄り添った考えのできる黒田のことを、おれは好きになった。だから、黒田らしいなとほっとすべきところだ。
というのはわかっているのに、釈然としない。というか不満しかない。
「だっせえな、おれ」
一体どんな返事を求めてたんだか。
察してちゃんかよ、と自分に突っこんでノートをカバンに入れる。
「お、セトも今帰りかー?」
昇降口を出ると、ちょうど目の前に立っていたクラスメイトたちが声をかけてくる。
「一緒に駅まで行こーよ」
「おー」
ふたりの男子と三人の女子の集団にまじって歩きはじめる。
「予備校マジでめんどくせーよなあ」
「予備校に模試に中間テストに受験。高三って勉強ばっかりだよなあ。もっかい夏休み来ねえかなあー」
「えー、絶対やだ。夏休みこそ勉強漬けだったじゃん。うんざり! 私がこんなに頑張ってるのに大学生の彼はめっちゃ遊んでるし、ほんと最悪!」
「セトも、彼女とのはじめての夏だったのに、なにもできなかったんじゃない?」
話を振られて「いや、べつに?」と答える。
「まあ、受験生じゃなかったらもっと遊んだかもしんねえけど。でもそれも今だけだろ。来年になれば思う存分一緒に過ごせるだろうしな」
「セトに彼女の話をすんなよ。こいつはしれっと惚気るんだから」
「惚気って、普通に答えただけだろ」
「テスト前でもやりたいことを我慢できないタイプだったくせにね」
「高校生で来年再来年のことをふっつーに考えられるところが惚気よね。うざ」
「は? 付き合ってるんだからそら来年のことも考えるだろ。なに言ってんの?」
意味がわからず首を傾げると、女子たちに「高校生の夏は今年が最後なのに」とか「付き合ってはじめての夏と来年の夏は一緒じゃないでしょ」とか「いい彼氏なんだろうけど、なんか、つまんないよねえ」と散々なことを言われた。マジで意味がわからん。
「この先もずっと一緒にいるんだから、それを考えたほうがいいじゃん」
そう答えるけれど、もちろん高校最後の夏でなおかつ黒田と付き合ってはじめての夏、になにも感じないわけではない。
一学期のあいだはまだ気楽に遊ぶ時間もあったけれど、夏休みに入ってからはお互いほぼ毎日予備校があったし、模試もあったため、顔を合わせるのは週に一回あるかないかだった。そのほとんどがおれの家で、勉強するのと映画やドラマを観るのが半々くらいの割合だ。ふたりで出かけたのは、二回だけだった。
そのことに、つまんねえな、と思わないでもない。
いや、正直すげえうんざりしていた。
もともとおれは、我慢のできない性格だ。テスト前だろうとやりたいゲームがあれば勉強そっちのけで遊んだし、休みの日に遊びに行く予定が天候で中止になるとめちゃくちゃテンションが下がる。アウトドアなわけではなく、ただ、やりたくないことを強いられるのはストレスが溜まる。
でも、仕方のないことだ。
そう思えるようになったのは、あれがしたいこれがしたいと言うおれに、黒田が『いつか、しようね』と言ったからだ。
黒田と一緒にいると、黒田が笑ってそう言うと、不思議なくらい素直にその言葉を受けいれることができる。いつかできるなら、今はまあいいかと思える。
――『いつか、できたらいいね』
サッカーができなくてむしゃくしゃしていたときにもらった黒田の言葉は、今もおれをやさしい気持ちにさせてくれる。
すげえな、といつも思う。
おれはついつい、目の前にあるものばかりに意識が向いてしまう。でも黒田はいつだって、視野が広い。いろんなことを見て感じ取れるから、なにかを選んだり自分の意見をはっきり口にしたりするのが苦手なのだ、とおれは思う。
おれは黒田のそういうところが好きだ。
だから、我慢にはうんざりするけれど、いつか、と黒田が言うから、思ってくれるから、おれも同じ気持ちになれる。焦ることはなにもない。この先の〝いつか〟には、おれのそばに黒田がいるってことだから。
と、少し前までは思えていたんだけどなあ。
実際のところ、黒田はどこまで本気でその言葉を口にしていたんだろうか。
ふと、そんな考えが頭に浮かんでから、脳内にこびりついて忘れることができない。
そもそも、黒田はおれのことが好きだった、ってわけじゃないもんな。
おれの勘違いからはじまった関係だった。
思い出すと自分の暴走っぷりに頭を抱えたくなるが、好きかどうかもまだわからない相手に告白した結果、それが別の人物――黒田に渡り、いろんな誤解やすれ違いや勘違いやウソが重なって交換日記をするようになった。交換日記なんて柄じゃないのに、その提案を受けいれるくらいどうにかつながりを持ちたくて必死だった自分を不思議に思う。
それ以上に不思議なのは、こうして黒田と付き合うようになったことかもしれない。
おれが黒田に惹かれたのは、別の人物だと思っていたが実際は黒田だったのだから、必然だったと思う。だからこそ、黒田と話すようになってすぐに、交換日記関係なく、黒田に興味を持った。
でも、黒田はそうじゃなかったはずだ。むしろ最初の頃の黒田はおれを避けていた。第一最初の手紙で断られてるし。その後はウソをついていたこともあって黒田はおれに対してかなり警戒していた。おれの態度も振り返れば良くなかった。
黒田が好きだと自覚してからのおれは、かなり強引だっただろう。黒田の押しに弱い性格につけこんだ、とも言える。
そして、その結果、今、おれは黒田とこうして付き合っている。
それでなんの問題もなかった。黒田は思っていることが顔に出るので、ウソや隠し事をしてもすぐにわかる。思っていることを口にするのが苦手なだけで、自分の考えもちゃんとある。だから、おれのことを好きでなければ付き合うはずがない。
だから黒田のおれに対する気持ちに、疑問も不安も、感じたことがない――はずだったのに。
「っていうか、セト、もうすぐ誕生日だったよな」
「よく覚えてんな、ひとの誕生日なんか」
「そういうこと彼女には言うなよー」
「黒田にこんなこと言うわけないだろ」
呆れたように言うと、「あーはいはいすみませんね」と友人が肩をすくめた。
誰の誕生日がいつなのか、おれはほんんど覚えていない。家族の誕生日ですらうっかり忘れることが多く、妹の美久に毎年文句を言われているくらいだ。
バレンタインとかホワイトデーとかよりも特別な日だという認識はあるけれど。その程度だ。
もちろん、黒田は別だけれど。
さすがに黒田の誕生日はどうしようかとおれにしては珍しく数日前から考えていた。なにがしたいとかほしいとか、黒田に聞いてもきっとなかなか答えをもらえないだろうから、おれが考えた黒田が喜びそうな好きそうなことをすることにして、プレゼントもその日黒田が気にしていたものを贈ることにした。内緒で選ぶことも考えたのだが、黒田の場合はそれが好みでも好みでなくても、喜ぶだろうと思ったからやめた。
結果、それなりに祝うことができたと思う。
黒田も喜んでくれた、と思う。
「でも、おれの誕生日は黒田と過ごさねえけどな」
無意識に声に出してしまったようで、友人たちは一瞬静かになってから「ざまあ」と笑った。なんてやつらだ。
「なになに? もしかしてセト、拗ねてんの?」
「彼女に当日祝ってもらえないから落ちこんでる?」
「セトが? マジでウケる」
なにも面白くねえよ。
ゲラゲラとおれを指さして笑う友人たちを睨む。けれど、否定ができないのは、図星だから、かもしれない。
――『十月三日、用事があって……』
申し訳なく思っていたのか、目を泳がせながら黒田が言ったときのことを思い出す。
それは、おれの誕生日だ。
そのとき、おれは思いのほかショックを受けていた、と思う。あのときの自分が黒田になにを言ったのかはよく覚えていないけれど、それなりに落ち着いて返事ができた、はずだ。黒田がほっとしたように息を吐き出し、「ごめんね、ありがとう」と笑ったから。
自分の誕生日なんてどうでもよかった。当日に必ず祝わなくてはいけないわけでもない。だから、黒田にもたぶん「ま、落ち着いたら祝ってよ」と言ったと思う。
用事があるなら仕方がない。なんせ受験生だし。もうすぐテストもあるし。
わかっている。わかっているのだけれど、なんかこう、拗ねたくなる。
黒田なら、なんでもおれの誕生日は一緒に過ごそうとするだろう、とおれは思いこんでいたようだ。自分勝手で傲慢な思考をしていたことにも驚くし、黒田が別の用事を優先したことになかなかの打撃を受けた。その戸惑いでなんの用事か聞きそびれたことも加わり、あの日以来ずっとすっきりしない。
正直、黒田といると、悶々とする。
一旦言葉を呑みこんでしまうという、らしくないことをしてしまったせいなのか、素直に会いたいと言おうと思うと、嫌みなことまで口にしてしまいそうな気がする。なんの用事なのか訊きたいのに、怒っているように伝わりそうな気がする。
いつか、でいいじゃないか。そう何度も言い聞かして、勢い任せで喋りそうになる自分をなんとか必死に押さえこんでいる。
そのせいで、黒田の顔を見ると、息苦しさを感じるようになってしまった。
そんなおれの態度に、鈍感なくせに空気を読むに長けている黒田はなにかしらを察しているようにも見える。
それが、ますます苦しくなる。というか居心地が悪い。
そんなときこそ交換日記だな、と思うのに、それもどうなんだろうか。
わざわざ文字にするのもおかしいよな。
っていうか、おれはこの気持ちを伝えてどうしたいんだっけ。
用事があるのは仕方ないことだし、黒田に用事よりもおれを優先しろ、と言いたいわけでもないのだ。そんなことをさせたいとは微塵も思っていない。
なにも言いたくない。素直な気持ちを伝えるのは正直かっこ悪くて黒田に知られたくない。それを隠して伝えようとすればも失言をしてしまいそうだし、最悪の場合黒田を傷つける可能性もある。
その結果が〝しばらく会えない〟だ。
「会えないっつーか、会いたくないっつーか」
つまり、ウソってことだ。
ぽつんとつぶやいた言葉は、幸い誰にも届かなかった。