交換ウソ日記〜ふたりは今日も、ウソをつく〜

 
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    もう一度 話がしたい
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    ウソをついてごめんなさい
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    謝るのはわたしのほう
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 どれも、ちがう。

 何度も交換日記に文字を書いて、そのたびにちがう、これじゃない、と首を振って書き直す。

 ウソじゃない。
 でも、本当でもない。

 ああでもないこうでもない、と悩みすぎてどうしたらいいのかわからない。

 昨日も、パニックになって瀬戸山くんを追いかけることができなかった。しばらくしてメッセージを送らなければ、と思ったのに、なにを送ればいいのかわからず、交換日記に返事を書いて、それを持って会いに行こう、と決意をしたのが昨晩のことだ。

 なのに、まだ返事が書けていない。

 悩んでいるあいだに夜が明け、そしてもう昼休みも終わってしまった。授業は残すところ六時間目だけで、すぐそこまで放課後が迫ってきている。

 このままじゃ、今日が終わってしまう。焦る。このまま明日を迎えたら、より一層わたしは身動きが取れなくなる。それだけはわかる。

 だから絶対、今日、瀬戸山くんと話をしなくちゃいけないのに。

「大丈夫なの、希美。悲壮な顔してるけど」
「だ、だいじょうぶ……」

 六時間目がはじまるまでの十分休憩に、シャーペンを握りしめてノートを睨みつけているわたしを見て江里乃が心配そうに声をかけてきた。このやりとりは昼休みもした。いや、朝から休み時間のたびにしているかもしれない。

「もう会いに行けば? ばーっとぶちまけたらいいじゃん」
「……そう、なんだけど」

 江里乃に言われて、そうだよね、と頷く。

 サプライズパーティーをしようとウソを吐いたのがきっかけにちがいない。その後ろめたさを隠そうとしたのも原因だろう。そのことを素直に伝えて謝るしかない。

 でも、本当にそれだけなんだろうか。どこかでわたしと瀬戸山くんに大きなズレが生じているような気がする。瀬戸山くんが吐いたというウソが、わたしのウソとどう繋がっていうのかがわからないのだ。

 そこを理解しないまま謝ってもいいのかな。

 素直に、瀬戸山くんにウソついて誕生日を祝うつもりでした、と言えば、わたしたちのすれ違いは解決するのかな。

「よくわかんないけど、とりあえず謝れば? 瀬戸山もよくわかんないけど謝ってきたんだし」
「でもそれって……ズルい気がしちゃう。なにに謝ってるのか自分でもわかんないし」

 もちろん、ウソをついたことは謝らなければならない。それは絶対だ。

 でも、昨日のあの瀬戸山くんの様子を思い出すと、わたしはそれ以外にもなにか、瀬戸山くんにとって失礼なことをしたんじゃないかと、そんな思いが拭えない。

 あんなに、苦しそうな瀬戸山くんを見るのははじめてだった。まるで、自分の発言に瀬戸山くん自身が傷ついているみたいだった。

 なんでだろう。わたしは、それをちゃんと受け止めて考えなくちゃいけないと思う。

 考えて、答えを出さなくちゃ、いけない。

「まあ、原因がわかんないのに謝られるとムカつくかー」
「なんか、いろいろ相談まできいてもらったのに、うまくいかなくてごめんね」

 おまけに心配までかけてしまっている。
 なにもかもうまくできない自分が情けない……。

 しょんぼりするわたしに、江里乃は「そういうこともあるよ」とわたしの肩をやさしく叩(たた)いた。そして、「いつも仲良しなふたりの喧嘩も珍しいしね」と冗談を言って笑う。そんなふうにわたしの気を紛らわそうとしてくれる江里乃に、「もう」とわたしも少し笑うことができた。

「江里乃ー! 助けて!」

 そこに、優子の元気な声が響いてふたりで振り返る。

「これ、どういうことか教えてくれない?」
「騒がしいなあ、優子は。どうしたの」

 優子は一枚の紙を手にしていて、それをわたしの机に広げて見せてきた。五時間目に返却された数学の小テストの答案用紙だ。ここ、と優子が三角のマークをつけられた回答を指さす。江里乃はどれどれ、とそれを見つめる。

「これなんで三角なの」
「そりゃあそうでしょ。計算式まちがってるんだから。答えは合ってるけど」
「答えが合ってるなら正解でしょ」
「たしかにマークシートの答案ならそれで正解だけど、全然ちがう方式でたまたま答えが一致しただけでしょ。このまま正解もらっても理解できてないんだから、後悔するよ。小テストで気づけたと思って正しく答えを導きなよ」

 江里乃が言うと、優子は「えー、厳しい! 納得できないー!」と頬を膨らませた。

「厳しいとかじゃないでしょ。あ、こっちの途中式は合ってるじゃん。答えはまちがってるけど。これがわかってるなら、この問題もすぐ理解できるよ」

 江里乃はそう言って、優子に問題の正しい計算式を教えはじめる。優子はふんふんと素直に耳を傾けて、答案用紙に正しい式を書いていく。

 ――『数学では途中式を書かなくちゃ、答えが合ってても丸にはならねえ』

 ふと、付き合う前に瀬戸山くんに言われた言葉を思い出した。

 江里乃と優子が喧嘩したときだ。どうしていいかわからずなにも言えず、悩んでいたわたしに瀬戸山くんが言ってくれた。

 ――『全部、口にしろ』

 あの言葉は、わたしにとって目から鱗だった。

 あのおかげで、わたしは優柔不断な自分を少しだけ、好きになれた。

 どっちでもいいよ、とか、なんでもいいよ、がわたしにとって〝答え〟なんだと思うことができた。

 なのに、今のわたしは。

 何度も書いては消している交換日記を見る。
 今のわたしは答えばかりを求めている。答えばかりを書こうとしている。

 考えがまとまらないからって、答えが出ないからって、なにも言わずに瀬戸山くんと向き合うこともできないでいる。

「全部、言わなくちゃ」

 ウソをついたことはもちろん、瀬戸山くんを不安にさせたなにかがわからないことも正直に、伝えるべきだ。

 勢いよく立ち上がり、交換日記を手にする。

 ああ、でも、これだけは書かなくちゃ、とシャーペンを握りしめて文字を書いた。

 悩みも不安も疑問も取り払って、最後に残る、ずっとかわらない、わたしの本音だ。ウソのない、今わたしが瀬戸山くんに伝えたい、たったひとつの気持ち。

 それを抱きしめてドアに向かおうと足を踏み出す。

「希美、どこいくの?」
「瀬戸山くんのところ、行ってくる」
「え、もう、六時間目はじまるよ?」
「うん、でも、今行かなくちゃ」

 江里乃が引き止めるのを無視して、教室を飛び出した。

 休み時間は十分しかないけれど、まだ半分以上はあるはずだ。猛ダッシュで理系コースに向かえば、少しだけでも話す時間はあるはず。

 全部伝えるのは無理かもしれない。けど、今はただ、一分一秒でもはやく瀬戸山くんに会いたい。会って、話がしたい。

 廊下を力強く蹴ってすぐそばの階段を駆け下りる。渡り廊下を横切って理系校舎に入ると、そのまま階段に足をかける。普段こんなに走ることがないからか、すでに息は切れ切れで、足も痛い。

 でも、足は止めない。
 止められない。
「瀬戸山くん……!」

 理系コースの瀬戸山くんのクラスのドアを、勢いよく開ける。

 思ったよりもわたしの声が大きかったようで、中にいた生徒たちの視線がぎゅん、とわたしに集中した。

「あれ? どうしたの、希美ちゃん」

 窓際にいた米田くんが驚いた顔をわたしに向ける。米田くんのそばには、いつも一緒にいる瀬戸山くんの姿はない。

「あ、あの、瀬戸山くんは?」
「え? あれ? そういやいないな。トイレじゃね?」

 タイミングが悪い……!

 時間を確認すると、六時間目がはじまるまで残り五分ほどだった。このままだと顔を合わせた瞬間にチャイムが鳴るかもしれない。六時間目のあとだと、すぐにSHRがあって会いに来れないし、瀬戸山くんも七時間目の授業がはじまってしまう。

 もしかしたら落ち着いてからのほうがよかったのかもしれない。一言二言では瀬戸山くんを逆に不安にさせてしまう結果になるかもしれない。今日はお互い予備校がないので、瀬戸山くんの授業が終わるまで待って、それからゆっくり話したほうがいいかな。なら、先にメッセージを送っておかないと。

 ああでも、今ここで教室に戻っても、米田くんは瀬戸山くんにわたしが会いにきたことを伝えるだろう。なら、挨拶くらいはしたほうがいいかもしれない。

 とりあえず瀬戸山くんが戻ってくるのを待つことにして、そわそわと廊下で足踏みをしながら廊下を見回す。

 そこで、廊下の先に、こちらに向かってくる瀬戸山くんの姿を見つけた。

「瀬戸山くん!」

 呼びかけると、視線を上げた瀬戸山くんと目が合う。
 驚いたように目を大きく見開いてから、彼はわたしに駆け寄ってきてくれた。

「なにしてんの、黒田」

 瀬戸山くんが目の前に立つと、喉がぐっと締め付けられる。

 言わなくちゃいけないのに。全部。瀬戸山くんが教えてくれたから。
 すうっと息を吸いこんで、スカートを握りしめる。そして、勇気を振り絞る。



「誕生日に用事があるって言ったのはウソで、本当は瀬戸山くんの誕生日をサプライズで祝いたくって、でも瀬戸山くんがサプライズきらいだって言ってて、でも祝いたくて悩んでて、おまけにウソついたことも言えなくて、っていうかどうしてもサプライズを諦められなかったのもあるんだけど、それでずっとどうしたらいいのか考えてて、瀬戸山くんにもしばらく会えないって言われてウソついたのがバレてるんじゃないかとかサプライズに怒ってるんじゃないかとか不安になって、そしたら瀬戸山くんが友だちと遊びに行くかもしれないってなって焦って米田くんに相談して、ぐちゃぐちゃになってなにも言えなくなって――」



 息継ぎをせずに吐き出してしまったので、途中で息がきれてしまった。

 えっと、どこまで言ったっけ。あと言ってないことはなんだろう。

「あ、ごめんなさい!」
「なにが」

 謝ってなかった、とハッとして言葉をつけ足すと、目を丸くした瀬戸山くんに突っこまれた。

「ウソをついてた、こと」
「え? あ、ああ……え? っていうかなに? どういうこと? まずなんで黒田が謝ってるのかわかんねえし、なんでおれに怒ってないの?」
「え、わたし怒るのが正解だったの? え、あ、ご、ごめん」
「なんでそこで謝るんだよ」

 なんでだろう。
 瀬戸山くんが、すごく……困ったような顔をしているから、つい。

 いつも堂々としている瀬戸山くんが、眉を下げて、ちょっとだけ目を潤ませて、わたしを見ているから。

 見つめ合っていると、なんでか、わたしも泣きたくなってくる。

「あの、ごめんね、サプライズしようと、して、ウソついて」
「……ああ、うん、なんとなく、わかった、かも」

 瀬戸山くんはそう言って顔を歪ませたまま、わたしに手を伸ばしてきた。

 大きな手が、わたしのお団子に添えられる。そしてその手をゆっくりと髪に沿って下に移動して、耳元からこぼれ落ちているひと房の髪の毛をすくった。

「……黒田はさあ。いやおれが悪いんだろうけどさ」
「うん?」
「黒田は、おれにとって、黒田だけは特別だってのが、わかってないよな」

 片頬を引き上げて、瀬戸山くんは笑う。

「黒田じゃないやつに誕生日祝ってもらわなくても別に気にしないし、黒田じゃないやつにサプライズとかされると反応に困る。だって黒田じゃないんだから」

 ゆっくりと紡がれる言葉に、胸がきゅうっと締め付けられる。

「黒田だから、誕生日に用事があるとか言われたらヘコむし、黒田からだったらサプライズもうれしいしかねえだろ」

 瀬戸山くんの言葉をゆっくりと咀嚼する。

 今、ヘコむって、言った? 瀬戸山くんは、ヘコんでいたの? わたしが瀬戸山くんの誕生日に用事があるって、言ったことで?

 そんなの、全然気づかなかった。誕生日なんかどうでもいいって感じだったから、気にしないと思っていた。

 でも、わたしだから。

 じわじわと顔が赤くなって、熱くなる。

「……なんか、気が抜けたな」

 はーっと瀬戸山くんは息を吐き出して、両手をわたしの肩に乗せて項垂れた。瀬戸山くんの体重が肩にのしかかる。重い。けれど、それがうれしい。

 きっと、瀬戸山くんだから、だ。

「とりあえずさ」

 思わず瀬戸山くんを抱きしめたくなる。ノートを持っていなかったら、瀬戸山くんの背中に手を回すことができるのに。

 そう思った瞬間、瀬戸山くんが不意に顔を上げてわたしたちの視線がぶつかった。

「そんな顔すんな、ここで抱きしめるぞ」
「な、そ、そんな……って、え、……っあ、え!」

 顔に火が点いたように熱くなる。その直後、まわりの視線を感じてハッとした。

「まわりの目もあるし、授業もはじまるし、放課後話すか」

 ここ理系コース校舎の廊下のど真ん中だった! おそるおそる周りを見ると、いろんなひとが廊下に顔を出してわたしと瀬戸山くんを見つめていた。

 ひいいいいいいい。

 顔を赤くすればいいのか青くすればいいのかわからないわたしを見て、瀬戸山くんが噴き出す。

「じゃあな」

 ぐいっと背を伸ばして体を起こした瀬戸山くんが、わたしの肩をぽんっと叩く。

 瀬戸山くんの表情は、照れている、というよりも喜んでいる感じだった。

 昨日の瀬戸山くんとはまったくちがう、いつもの瀬戸山くんだ。

 それは、うれしい。よかった。
 とりあえず、わたしちゃんと、伝えられたんだ。

 ただ……。

「公開告白もそろそろ自重してほしいよな」
「もうお腹いっぱいなんだけど。もしくは砂吐きそう」
「おれ大学では絶対恋人作るんだ」

 周りからそんな声が聞こえてくる。
 わたしは今、穴があったら入りたくて仕方がない。
 


 瀬戸山くんの授業が終わるまで図書室で過ごし、そしてやっと、話ができた。

 結局、わたしと瀬戸山くんはずっと勘違いをしてすれ違っていたらしい。図書室から昇降口に向かうあいだに、これまで気持ちを伝え合って、そういうことだったのか、とお互いにふーっと安堵のため息をついた。

「でも、元はといえば、わたしだよね」
「まあそうだけど、まあおれも、悪いからな。っていうかなんでそこまでサプライズしたかったんだよ」

 そうだ。すぐに訂正すれば済むことだった。瀬戸山くんは、そのことを怒るようなひとじゃないのもわかっていた。

 なんとかして瀬戸山くんに喜んでもらいたかった。自己満足だとわかっていても、ひとりで考え選び計画をして、瀬戸山くんの誕生日を演出したかった。

 でも、それだけじゃない。どうしてもサプライズを諦められなかった。それは。

「喜ばずに戸惑ってる姿も、見たいなって思った」

 これが一番の本音だ。

「いい性格してんな」

 はは、と瀬戸山くんが呆れたように笑う。

「でも瀬戸山くん、本当に、そんなに、誕生日に会えないのを気にしてたの?」
「まあな。自分でもびっくりしたけど。黒田だからってのももちろんなんだけど、こんなにひきずるとは思わなかった」

 そんなふうに思ってくれたことに、喜びを感じてしまう。数日間沈んでいた反動で、余計に。胸がきゅうきゅうと締めつけられる。お腹の辺りがむずむずしてそわそわしてしまう

「黒田と付き合う前は、自分の誕生日を忘れることもあったのにな。まさか黒田に会えないだけでこんな気持ちになるなんて、そんなの、カッコ悪くて言えねえし」

 カッコ悪いなんて思わないよ。
 ただ、好きだなあって思うだけだ。

「米田くんにも言ってたから、本気でサプライズがいやなんだと思った」
「え? あ、ああ。なるほど、あのときの会話は黒田のことだったのか」
「わたしも、サプライズって苦手だったの。でも、わたしも、瀬戸山くんだけは特別だから、すごくうれしくって、喜ぶよ」
「だろ」

 瀬戸山くんは自慢げに言う。そしていいことを思いついたかのように「そうだ」と声を上げた。

「サプライズはいいけど、その前に断られるっていう思わぬ落とし穴があるから、今度からサプライズするときは日にちずらすことにしたらいいんじゃね?」

 たしかにそれがいいかもしれない。

 それもどうなんだろうと思わないでもないけれど、今回のようなことになるくらいなら、そのほうがいい。わたしも、もし自分の誕生日に瀬戸山くんに会えないって言われてたら、きっとしょんぼりしてしまっただろうから。

 瀬戸山くんと顔を見合わせて「それいいね」と笑う。

「サプライズって難しいね。瀬戸山くんが友だちと遊びに行っちゃったら、瀬戸山くんの家で美久ちゃんと待ち構える予定なのにどうしようって焦っちゃった」
「ヨネへの相談ってそれか。どうりでおれの家に行きたいとか珍しいこと言い出すと思った。あー……だから美久もあんなふうに怒ってたのか」
「え、美久ちゃん怒ってたの? なんで?」
「いや、大丈夫大丈夫。ほら、靴箱着いたぞ」

 話の途中で瀬戸山くんがわたしの背中を押す。靴箱は別々なので、続きは靴を履き替えてからだ。

 美久ちゃんにも謝らないとなあ、と考えていると、有山くんがやってきた。

「あれ、黒田。今帰り?」
「うん。有山くんも?」
「友だちと話し盛り上がってさ。あ、ちょうどよかった。さっき姉ちゃんからメールが来たんだけど。なんかプレゼントに良さそうな雑貨を見つけたからどうだって」

 そう言って、有山くんがスマホを取り出して操作する。

 まだ瀬戸山くんになにをプレゼントするかは決めていない。有山くんのお姉さんの提案が、どれも素敵で悩んでしまう。でも、これ、っていうのがあるのかも、と思い差し出された有山くんのスマホを覗きこむ。

 そのとき。

「そういうのはいいから」

 視界が遮られると同時に、背後から瀬戸山くんの声が聞こえてきた。

「え、せ、瀬戸山くん?」

 一瞬なにが起こったのかわからなかったけれど、どうやら後ろから瀬戸山くんがわたしの目を手で覆っているらしい。肩にも、彼の手が触れているのがわかる。抱きしめられている、と言ったほうがいいかもしれない。

 瀬戸山くんの手に自分の手を添えてそっと剥がした。振り仰ぐと、瀬戸山くんは眉間に皺を寄せて有山くんを睨んでいる。

「あと、黒田と距離が近すぎる」
「え、いや、いやいや。どうしたセト」

 有山くんは降参するように両手をあげて瀬戸山くんを落ち着かせようとしている。

 っていうか、わたしもこの状況がよくわかんないんだけど。なに? どうしたの?

「黒田もおれのプレゼントをほかの男と相談して決めようとしてんじゃねえよ」
「え?」
「ほかの男と選んだもんなんかいらねえよ」

 瀬戸山くんが、怒っている。というか、拗ねてる。

「ねえ、瀬戸山くん……?」
「なに」

 わたしが呼びかけても、瀬戸山くんは有山くんから視線を動かさない。

「もしかして、嫉妬、してるの?」
「そうだよ」

 すぐさま肯定されてしまった。

 瀬戸山くんが、嫉妬。瀬戸山くんは、そんなことしないと、思ってた。

 ああ、そうか〝わたし〟だから。

「なに笑ってんの、黒田」

 知らず知らずに頬が緩んでいたようで、瀬戸山くんに気づかれて睨まれてしまった。

「違うの。有山くんじゃなくて、有山くんのお姉さんから、おすすめのアイテムをいろいろ教えてもらってたの。悩んでたけど、でも、有山くんとは選んでないよ」
「は?」
「プレゼントは、わたしがひとりで、選ぶよ」

 有山くんに限らず、江里乃にも優子にも、わたしは相談していない。わたしが選びたかったから。たまに、意見を求めることはあったけれど、参考程度だ。

「……なら、いいけど」

 瀬戸山くんはバツが悪そうに顔を逸らしてわたしの肩から手を放した。それを見計らったように、有山くんが「なんだよもー、そういうことだから安心しろよ!」とそそくさと立ち去った。有山くんに申し訳なくなる。明日改めて謝ってこれまでのお礼も伝えなくては。

 先を歩きだす瀬戸山くんを追いかけて、右手を伸ばし彼の左手を握る。

「あのね、わたしも本当は、瀬戸山くんが女の子と遊びに行くの、嫉妬してたよ」

 わたしの手を握り返してくれた瀬戸山くんは、ほんのりと赤い耳を隠すように前を向いたまま「知ってるよ」と返事をする。

「でも、黒田は男子と距離が近い気がするからだめ」
「瀬戸山くんも女の子と距離が近いと思うけどなあ」
「おれは近くないし、おれが黒田以外となんかなるわけないし」
「わたしも、同じだよ。瀬戸山くんだけズルいじゃん」

 くすくすと笑いながら並んで歩く。
 こんな話、今まで一度もしなかったな。

「そう考えると、交換日記はたしかに、ウソばっかりだったね。嫉妬してるのも口にしなかったし、しばらく会えないって書かれたときも、さびしいって言えなかった」
「おれもだよ。なんでさびしいって言わねえんだよ、って書けなかったし」

 この先、交換日記を続けても、きっとウソばかりになるだろう。

 カッコ悪いことは言いたくないし、瀬戸山くんを困らせたくないから強がってしまうこともある。

 本音だけを書き続けるのは、難しい。

 でも。だからこそ。

「わたし、瀬戸山くんと交換日記、続けたいな。ウソばっかりでも」

 その中にしかいない瀬戸山くんもいるんじゃないかなって、思うから。

 文字と言葉。その中にいるどっちの瀬戸山くんも好きだ。そして、どっちかだけでは、すこし、さびしい。

 カバンから交換日記を取り出して、そっと瀬戸山くんに差し出した。やっぱりいやかな、と恐る恐る顔を上げると、瀬戸山くんは微笑んでいた。

 そして、

「おれもそう思ってた」

 と言ってくれた。

 ウソばっかりだけど、それでも、そこだけにあるものもある、かもしれない。

 少なくとも、それでもかわらない本当の気持ちはある。

 今、この手の中にある交換日記に書いたわたしの気持ちがまさしく、それだ。

 交換日記を広げて見た瀬戸山くんは、「おれが次に書こうと思ったのに」と笑った。



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    瀬戸山くんが 好きです
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「で、結局誕生日はどうする?」
「サプライズ……ではなくなっちゃったもんね」
「予定通りサプライズしてもいいし、こうなったらいっそ出掛けてもいいし」

 もともと計画していたパーティだけでもしてもいいかもしれない。ふたりでのんびり過ごせるし。でも、もう気分一新してデートに行くのもいいと思う。瀬戸山くんのプレゼントがまだ決まっていないので、それだけでもこっそり用意をしたらいいんじゃないかな。

 でも、さっきの有山くんとの会話から、瀬戸山くんと一緒に探すのも楽しいし瀬戸山くんは喜んでくれるだろうな。

「どうする? どっちがいい?」

 うーんと悩んでいると、瀬戸山くんが、わたしの〝どっちでもいい〟を期待しているのがわかった。

「どっちでも、いい」

 むうっと口を尖らせて答える。

「でも、どっちも、が、いい」
「そうきたか。いいな、それ」

 結局なんて答えても瀬戸山くんはうれしそうだ。

「瀬戸山くんはどうしたい? 瀬戸山くんの誕生日だし」
「そうだなあ、おれは、どっちでもいいよ。なんでもいい」

 少しだけ考える素振りをした瀬戸山くんは、わたしのような返事をする。
 けれど、最後に満面の笑みで言葉をつけ足した。



「黒田が祝ってくれるなら」



 了

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