_____________________
_____________________
_____________________
    忙しくてしばらく会えない
_____________________
_____________________
_____________________



 瀬戸山くんからの返事に、体がびくりと震えた。
 そっけない、ような気がする。いや、わたしの考えすぎかも、とも思う。
 でも、不安が体を駆け巡る。

 その理由は――わたしがウソをついているから、だ。

「どうしたの、希美」

 江里乃の声に、体がびくりと跳ねる。慌ててノートを閉じて振り返り「なんでもない、と思う」と曖昧な返事をした。もちろん、友人である江里乃にそんな下手くそな誤魔化しは通用しない。江里乃はそっとわたしの手元にあるノートを見て、
「瀬戸山となんかあったんでしょー?」
 と呆れたように笑った。そして、江里乃のそばにいた優子は「ケンカでもしたの?」と目を丸くして言う。

 ノートを見ただけで瀬戸山くんの名前がふたりの口から出てくるのは、わたしが瀬戸山くんと交換日記をしていることを知っているからだ。

 瀬戸山くんと交換日記をはじめてから、そろそろ一年近くになる。
 といっても、最初は少し、おかしな関係からはじまった。

 去年のちょうど今頃、瀬戸山くんが江里乃に宛てたラブレターが、いろんな勘違いが重なったことでわたしに届いたのがきっかけだ。
 名前が書かれていなかったことや顔を合わせたときの瀬戸山くんの態度からそのラブレターをわたし宛てのものだと思いこんでしまったことから、手紙のやりとりがはじまった。

 そのあとでラブレターが江里乃宛てのものだと発覚し――思い返すとなんであんなことになったのか自分でも不思議なのだけれど――わたしは江里乃のふりをして瀬戸山くんと交換日記をした。

 瀬戸山くんと接点が増えていくたび、言葉を交わすたび、いつの間にか真っ直ぐな性格で、真っ直ぐにわたしのことを受けいれてくれる彼のことを好きになった。

そして――瀬戸山くんはわたしのズルいウソまでも受け止めてくれた。

ウソつきなわたしを好きだと言ってくれた。

 瀬戸山くんと付き合うことになったあの日のことを思い出すだけで、胸がきゅーっと締めつけられる。と同時に、人前で告白されたこととしたことも思いだし、羞恥に悶える。もうあれから十ヶ月も経つというのに。

「交換日記をするほど仲良しカップルなのに、珍しいー」

 たしかに、わたしと瀬戸山くんはこれまでほとんどケンカをしたことがない。
 優柔不断で自分の意見をはっきり言えないわたしと、思ったことはその場ではっきりと口にできる瀬戸山くんは、正反対の性格だ。おまけに瀬戸山くんは女子から人気もあるので、好きになったときも、付き合ってからも、不安はあった。

 けれど、付き合ってから今日まで、瀬戸山くんはいつだってわたしにやさしい。ときどきあまりにはっきりした物言いに落ちこむときもあるし、拗ねてしまうときもある。でも、楽しいとか、好きだなあと思うことのほうがずっと多い。

 そんな日々を積み重ねて、今は付き合った頃よりも、好きな気持ちはずっと大きくなっている。

 思ったことはその場ではっきり言う瀬戸山くんなら、ノートでのやりとりなんて時間がかかってまどろっこしい、と思っているはずだ。それでも口下手なわたしのために、付き合ってからもこうして交換日記を続けてくれる。

 内容は、今日あったこととか今の気持ちとか、ときに今度のデートでやりたいことの相談とか、一、二行の短いやりとりで、かなりのんびりしたペースだ。

 そんな、メッセージを送るほどでもない会話をする交換日記だからこそ、瀬戸山くんのやさしさが詰まっていて、受け取るたびに幸せに思う。

 いつまでも続けていたいなあ、と思っているけれど、さすがにそれは無理だろうなあ。でも、今はまだ、やめたくないなあ。

「ちょっと、ケンカの理由を聞いたのになんでにやにやしてんの」
「これ以上聞いたら、たぶん惚気を聞かされるだけだよ、優子」
「な、そ、そんなことないよ!」

 優子が怪訝な顔をして、江里乃が肩をすくめて笑う。
 にやにやはしちゃったかもしれないけど!

「ケンカばっかりのあたしと米田とはちがうなあ、やっぱり」

 瀬戸山くんの親友である米田くんと付き合ってる優子が頬杖をついてぼやく。

 優子と米田くんは、わたしが瀬戸山くんと付き合う少し前に付き合った。同じ中学校出身のふたりは、もともと友だちだったからか、言いたいことを言い合っていて、たしかにケンカが多い。でも〝ケンカするほど仲がいい〟という感じだ。

「伝説の公開告白カップルはやっぱりちがうよねえ」
「いや、それ江里乃が言えることじゃないけどね」

 江里乃のセリフにすかさず優子がツッコミをいれて、つい噴き出してしまった。

 わたしと瀬戸山くんの公開告白もたしかに騒ぎになったけれど、江里乃だって似たような告白をしたのは校内では有名な出来事のひとつだ。

 まさかクールでしっかり者の江里乃が、生徒のいる廊下で愛を叫ぶなんて、とわたしもびっくりした。相手はひとつ年上の、江里乃とはタイプが正反対の先輩だったのにも驚いたっけ。

 江里乃はあまり自分の恋バナを口にしないので、先輩とどんなふうに付き合っているのかは知らないけれど、たぶん、大人っぽいお付き合いをしてるんだろうな。江里乃と先輩も絶対すっごく仲がいいと思う。

 優子も江里乃も、わたしとはまったく性格がちがう。けれど、だからこそ、一緒にいると落ち着く、楽しい、大切な親友だ。

 そんなふたりに、ここ数日悩みに悩んでいることを打ち明けてみたら、なんて言うだろう。普段は、自分から瀬戸山くんとのことを話すなんて恥ずかしくてできない。

 けれど――。

「ケンカはしてないんだけど……ちょっと、ギクシャク、してる、かも」

 きゅっと唇を噛んで、ここ数日わたしたちのあいだに漂っている微妙な空気を口にする。

「なんで? どうしたの?」

 さっきまで笑っていた江里乃が、やさしい口調でわたしに話しかけてくる。

「わたしのせいなの」
「なにかしたの? 希美が?」

 優子も意外そうに言ってわたしの席の前に腰を下ろした。

 ふたりの、心からわたしを心配してくれている視線に胸がギュッと締め付けられる。これまで考えすぎじゃないか、気にしすぎじゃないか、と自分に何度も言い聞かせて過ごしていたけれど、ふたりのやさしさに心が弱る。

 瀬戸山くんと一緒にいると落ち着かなくなったのは、二学期がはじまってすぐの頃からだ。そして、明らかに、目を逸らせないくらいに違和感を抱くようになったのは、先週から。

「実は……悩んでることがあるの」

 うんうん、とふたりはわたしをまっすぐ見つめたまま頷いた。

「サプライズって、やっぱりだめなのかな?」

 意を決して、口にする。
 真剣なわたしの視線に、ふたりは目を瞬かせてから顔を見合わせて、
「やっぱり惚気じゃん」
 と言った。