「壮人は今、一人暮らしをしている。場所はここから近い」
「一緒に行きます。話を聞きたいです」
都内の大学に近いマンションに壮人は一人暮らしをしていた。壮人は、無気力になり留年してからもここに住まわせてもらっている。つまり、遊び放題だ。自由に支配されてしまったのかもしれない。
アポなしだが、直接行ってみる。すると、まりかがカルトに隠れていろと言う。インターホンを押す時に、見えないようにしてほしいという。そして、まりかは宅配業者のような格好をする。いつのまに変装道具を持ち込んでいたのだろうか。
「なんで、そんな嘘をついてドアを開けさせるんだよ」
「不意を突くためです。ドアを開けたら岡野さんも出てきてください」
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「お届け物です」
「はい」
金髪で部屋着の壮人が出てきた。寝起きなのだろうか。
ドアの隙間にまりかが足を挟む。
「実は、今日はお話を伺いたくて」
「よぅ」
カルトが不意打ちで行くと、ドアを必死に閉めようとする。なぜそんなに慌てるのだろう。何かあるのか? 女性もののヒールのある靴がある。見られたくない女性がいるのか? どこかで見た事があるデザインだ。
「ソート?」
「こっちに来るな。奥にいろ」
焦った様子で命令する壮人。彼が声を荒げるのは相当に珍しい。
今の声、よく知っている声だとカルトは気づく。特徴のある靴のデザインを思い出す。結の声と結の靴だ。
「結がいるのか?」
カルトは驚き、問い詰める。
「違う、これにはわけがあって……」
焦りながらも必死に弁解する壮人。そうだ、100%結だ。
「結、もしかして、呪いのアプリのことで壮人のところに相談に来ていたのか?」
出てきた結は壮人の服を借りているようだった。大きくぶかぶかした服を着ている。服もそうだが、髪の毛も寝起きの様子で、明らかに、ここで生活を共にしているような感じだった。
「怖くなって壮人を頼ってきたんだよな」
カルトは結に確認する。
「私、怖くなって。一人ではもう耐えられないと思ったの。そんな時に、ソートが来てくれた。救いの神だと思ったの。私は孤独や恐怖に耐えられない。一人ぼっちは無理だった」
「俺がいただろ。もちろん、結のために犯人を突き止めて、呪いのアプリを根絶する」
「呪いのアプリの根絶とかそういうのは望んでいないの。私さえ助けてくれる人が必要だった。あなたはいつも仕事仕事で、結果的には孤独になる。辛いだけ」
「壮人、どういうことだ?」
「俺は、結を放っておけなかった。ある人に呪いのアプリを譲渡してほしいという人を仲介してもらったんだ。彼は、交換条件を突きつけた。結と俺が結婚すれば、譲渡人を紹介すると。彼女を助けるために、俺と結は入籍したんだ。これは、落ち着いたら話そうと思っていたんだけど、彼女を救うためだった。本当にごめん」
謝る壮人。
「冗談だろ。だいたい、お互い好きでもないのに、呪いのアプリを譲渡するために入籍したのか?」
「俺は、ずっと結が好きだった」
はじめて壮人の本音を聞いた。
「私も、ソートが好き」
高校の時からずっと付き合ってきた。もう10年近い。いつから、壮人を好きになっていたのだろうか?
裏切られた?
受け止められない真実だった。
「いつから、好きだったんだ?」
「多分、カルトと出会うずっと前から。もちろんカルトのことも好きだと思っていた。こんなに熱くまっすぐな想いをぶつける人はいないから。でも、いつもカルトは自分のことで忙しい。私はとっても寂しがり屋で一緒にいても孤独だった」
「俺は、精一杯尽くしたつもりだ」
「感覚の違いだと思う。あなたは、週に1回会っただけでも、私と一緒にいると感じている。でも、私は――もっと、毎日でも一緒にいたいと思う性格なの」
壮人が珍しく自己主張をする。
「俺は、ずっと虚無感でいっぱいだった。カルトから結を奪うことも自分の気持ちを伝えることもできずに、ただ、モラトリアムな時間を過ごしてきた。でも、彼女が死ぬかもしれないと思った時、俺は初めて自分の想いを伝え、助けようとした。万人を助けるのではなく、結だけが助かればいいと思った。俺は、彼女のためならば、何でもできる」
こんなに熱く冷静に物事を語る壮人を初めて見る。きっとずっと壮人は彼女を想い続けていたんだ。
「じゃあ、結はアプリを譲渡したのか?」
「呪いの子どもはもういない。大丈夫だよ」
「結が幸せならば、それでいい。でも、思考がついていかない。だって10年近くも付き合ったのに、知らない間に友人と入籍ってありえないだろ」
「本当にごめんなさい」
二人が土下座して謝る。よどんだ空気の中を割るのが芳賀瀬まりかだ。
「はじめまして。芳賀瀬志郎の妹のまりかです。結さんが呪いを譲渡できたことはよかったです。今、私も誰かに呪われてます」
「えっ?」
「あなたたちが知っていることを教えてください。これで呪いのアプリの真相に近づきたいんです。真崎壮人さん。あなたは、呪いのアプリについて何かご存知ですか?」
「いや……」
「じゃあ、言い方を変えます。譲渡を仲介したのは誰ですか? 秋沢葉次ではないですか?」
「結婚の保証人は秋沢だよ。たしかに、彼は呪われたい人を連れてきた。アプリについては俺は知らない」
「私も、わかりません。そもそも、呪いが怖いです」
結は頭を抱え、唇も手足も全身が震える。
「結婚を仕向けたのは、秋沢ですか。もしそうならば、気をつけてください。結さんのスマホをなるべくよく見ておいてください。知らないアプリがまたインストールされる可能性は限りなく大きいと思われます」
まりかは冷静に指示をする。
「呪いのアプリがまたインストールされるっていうんですか?」
「彼の狙いが、復讐ならば――きっと、結さんに刃が向かれます」
「そんなはずはない。ヨージは良い人だ。いつだって俺の味方だ」
壮人は擁護する。
「あなたは、秋沢が岡野カルトと仲が良かったことを知っていましたか?」
「知らない。俺は個人的に連絡を取り合っていた」
「じゃあ、秋沢と真崎壮人さんの出会いは?」
「高校受験のOB訪問。高校二年の頃かな。同じ中学つながりで」
「岡野さんと秋沢が出会ったのも同時期かもしれませんね。彼は、あなたに怨みを持っている可能性があります」
「そんなはずはない。関係は良好だ」
「あなたには母親違いの弟がいることはご存知ですか?」
「何言ってるんだよ……いるわけないじゃないか」
「知らないんですか。戸籍なんて見る機会はあまりありませんからね」
まりかの声は冷静で単調だ。
「秋沢葉次はあなたの母親違いの弟ですよ。ずっと待遇の違いに妬みがあったのかもしれません」
まりかがその名を口にしたその時、結が急に苦しみだす。胸を抑え、息ができない様子だ。顔面蒼白という状態とはこのことだろう。まばたきをせず、目を見開いたままだ。普通じゃない。そんな気がした。
「胸が苦しい……」
そのまま結が倒れ込んだ。カルトが脈を確認すると、結は既に死亡していた。
一瞬で、人は命が無くなってしまう。命は非常に重いはずなのに、命はあっという間に灯が消える。
カルトは失恋と人間不信の感情に浸る間もなく、目の前で元恋人を失った。
壮人も妻を目の前で亡くした。結は苦しみながら一瞬で死んだ。あっけない最期だった。
「スマホを見てください」
「呪いの子どもが入っている!!!」
驚いた壮人。譲渡したはずなのに、呪いの子どもが入っていた。
「バイバイ」
そう言うと、呪いの子どもはドアを開けて戻っていく。
「待ってくれ、呪いの子ども。どうして結が死んだ? 譲渡しただろ」
壮人は問いただす。
「譲渡した相手が呪い主の名前を言ったので、真崎結は死んだ」
呪いの子どもは、まばたき一つしない。
「本名は教えていないはずだ」
壮人の顔色は真っ青になっていた。
「譲渡人が本名を調べたのか、もしくは、譲渡人に結さんの本名を秋沢が教えたのかもしれません。入籍した本名は秋沢しか知らないのでしょ」
まりかが冷静に答える。
スマホの画面からは、呪いの子どもは消え、何もなかったかのようにアプリも抹消された。カルトは何も言葉が出てこなかった。彼女は婚約していたはずなのに、勝手に別な男と入籍して、目の前で死んだ。その一連の出来事に感情と思考が追い付かなかった。
壮人も同じだ。ようやくずっと好きだった女性と一緒になれるこれからだった時に、彼女が死んでしまった。まだ、彼女のぬくもりが残っている。真っ先に彼女を抱きしめ、涙を流したのは真崎壮人だった。
カルトは、もう他人の妻である元婚約者にこれ以上近づくことは失礼なような気がしていた。そして、もう、どうしようもない感情に支配されていた。
「一緒に行きます。話を聞きたいです」
都内の大学に近いマンションに壮人は一人暮らしをしていた。壮人は、無気力になり留年してからもここに住まわせてもらっている。つまり、遊び放題だ。自由に支配されてしまったのかもしれない。
アポなしだが、直接行ってみる。すると、まりかがカルトに隠れていろと言う。インターホンを押す時に、見えないようにしてほしいという。そして、まりかは宅配業者のような格好をする。いつのまに変装道具を持ち込んでいたのだろうか。
「なんで、そんな嘘をついてドアを開けさせるんだよ」
「不意を突くためです。ドアを開けたら岡野さんも出てきてください」
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「お届け物です」
「はい」
金髪で部屋着の壮人が出てきた。寝起きなのだろうか。
ドアの隙間にまりかが足を挟む。
「実は、今日はお話を伺いたくて」
「よぅ」
カルトが不意打ちで行くと、ドアを必死に閉めようとする。なぜそんなに慌てるのだろう。何かあるのか? 女性もののヒールのある靴がある。見られたくない女性がいるのか? どこかで見た事があるデザインだ。
「ソート?」
「こっちに来るな。奥にいろ」
焦った様子で命令する壮人。彼が声を荒げるのは相当に珍しい。
今の声、よく知っている声だとカルトは気づく。特徴のある靴のデザインを思い出す。結の声と結の靴だ。
「結がいるのか?」
カルトは驚き、問い詰める。
「違う、これにはわけがあって……」
焦りながらも必死に弁解する壮人。そうだ、100%結だ。
「結、もしかして、呪いのアプリのことで壮人のところに相談に来ていたのか?」
出てきた結は壮人の服を借りているようだった。大きくぶかぶかした服を着ている。服もそうだが、髪の毛も寝起きの様子で、明らかに、ここで生活を共にしているような感じだった。
「怖くなって壮人を頼ってきたんだよな」
カルトは結に確認する。
「私、怖くなって。一人ではもう耐えられないと思ったの。そんな時に、ソートが来てくれた。救いの神だと思ったの。私は孤独や恐怖に耐えられない。一人ぼっちは無理だった」
「俺がいただろ。もちろん、結のために犯人を突き止めて、呪いのアプリを根絶する」
「呪いのアプリの根絶とかそういうのは望んでいないの。私さえ助けてくれる人が必要だった。あなたはいつも仕事仕事で、結果的には孤独になる。辛いだけ」
「壮人、どういうことだ?」
「俺は、結を放っておけなかった。ある人に呪いのアプリを譲渡してほしいという人を仲介してもらったんだ。彼は、交換条件を突きつけた。結と俺が結婚すれば、譲渡人を紹介すると。彼女を助けるために、俺と結は入籍したんだ。これは、落ち着いたら話そうと思っていたんだけど、彼女を救うためだった。本当にごめん」
謝る壮人。
「冗談だろ。だいたい、お互い好きでもないのに、呪いのアプリを譲渡するために入籍したのか?」
「俺は、ずっと結が好きだった」
はじめて壮人の本音を聞いた。
「私も、ソートが好き」
高校の時からずっと付き合ってきた。もう10年近い。いつから、壮人を好きになっていたのだろうか?
裏切られた?
受け止められない真実だった。
「いつから、好きだったんだ?」
「多分、カルトと出会うずっと前から。もちろんカルトのことも好きだと思っていた。こんなに熱くまっすぐな想いをぶつける人はいないから。でも、いつもカルトは自分のことで忙しい。私はとっても寂しがり屋で一緒にいても孤独だった」
「俺は、精一杯尽くしたつもりだ」
「感覚の違いだと思う。あなたは、週に1回会っただけでも、私と一緒にいると感じている。でも、私は――もっと、毎日でも一緒にいたいと思う性格なの」
壮人が珍しく自己主張をする。
「俺は、ずっと虚無感でいっぱいだった。カルトから結を奪うことも自分の気持ちを伝えることもできずに、ただ、モラトリアムな時間を過ごしてきた。でも、彼女が死ぬかもしれないと思った時、俺は初めて自分の想いを伝え、助けようとした。万人を助けるのではなく、結だけが助かればいいと思った。俺は、彼女のためならば、何でもできる」
こんなに熱く冷静に物事を語る壮人を初めて見る。きっとずっと壮人は彼女を想い続けていたんだ。
「じゃあ、結はアプリを譲渡したのか?」
「呪いの子どもはもういない。大丈夫だよ」
「結が幸せならば、それでいい。でも、思考がついていかない。だって10年近くも付き合ったのに、知らない間に友人と入籍ってありえないだろ」
「本当にごめんなさい」
二人が土下座して謝る。よどんだ空気の中を割るのが芳賀瀬まりかだ。
「はじめまして。芳賀瀬志郎の妹のまりかです。結さんが呪いを譲渡できたことはよかったです。今、私も誰かに呪われてます」
「えっ?」
「あなたたちが知っていることを教えてください。これで呪いのアプリの真相に近づきたいんです。真崎壮人さん。あなたは、呪いのアプリについて何かご存知ですか?」
「いや……」
「じゃあ、言い方を変えます。譲渡を仲介したのは誰ですか? 秋沢葉次ではないですか?」
「結婚の保証人は秋沢だよ。たしかに、彼は呪われたい人を連れてきた。アプリについては俺は知らない」
「私も、わかりません。そもそも、呪いが怖いです」
結は頭を抱え、唇も手足も全身が震える。
「結婚を仕向けたのは、秋沢ですか。もしそうならば、気をつけてください。結さんのスマホをなるべくよく見ておいてください。知らないアプリがまたインストールされる可能性は限りなく大きいと思われます」
まりかは冷静に指示をする。
「呪いのアプリがまたインストールされるっていうんですか?」
「彼の狙いが、復讐ならば――きっと、結さんに刃が向かれます」
「そんなはずはない。ヨージは良い人だ。いつだって俺の味方だ」
壮人は擁護する。
「あなたは、秋沢が岡野カルトと仲が良かったことを知っていましたか?」
「知らない。俺は個人的に連絡を取り合っていた」
「じゃあ、秋沢と真崎壮人さんの出会いは?」
「高校受験のOB訪問。高校二年の頃かな。同じ中学つながりで」
「岡野さんと秋沢が出会ったのも同時期かもしれませんね。彼は、あなたに怨みを持っている可能性があります」
「そんなはずはない。関係は良好だ」
「あなたには母親違いの弟がいることはご存知ですか?」
「何言ってるんだよ……いるわけないじゃないか」
「知らないんですか。戸籍なんて見る機会はあまりありませんからね」
まりかの声は冷静で単調だ。
「秋沢葉次はあなたの母親違いの弟ですよ。ずっと待遇の違いに妬みがあったのかもしれません」
まりかがその名を口にしたその時、結が急に苦しみだす。胸を抑え、息ができない様子だ。顔面蒼白という状態とはこのことだろう。まばたきをせず、目を見開いたままだ。普通じゃない。そんな気がした。
「胸が苦しい……」
そのまま結が倒れ込んだ。カルトが脈を確認すると、結は既に死亡していた。
一瞬で、人は命が無くなってしまう。命は非常に重いはずなのに、命はあっという間に灯が消える。
カルトは失恋と人間不信の感情に浸る間もなく、目の前で元恋人を失った。
壮人も妻を目の前で亡くした。結は苦しみながら一瞬で死んだ。あっけない最期だった。
「スマホを見てください」
「呪いの子どもが入っている!!!」
驚いた壮人。譲渡したはずなのに、呪いの子どもが入っていた。
「バイバイ」
そう言うと、呪いの子どもはドアを開けて戻っていく。
「待ってくれ、呪いの子ども。どうして結が死んだ? 譲渡しただろ」
壮人は問いただす。
「譲渡した相手が呪い主の名前を言ったので、真崎結は死んだ」
呪いの子どもは、まばたき一つしない。
「本名は教えていないはずだ」
壮人の顔色は真っ青になっていた。
「譲渡人が本名を調べたのか、もしくは、譲渡人に結さんの本名を秋沢が教えたのかもしれません。入籍した本名は秋沢しか知らないのでしょ」
まりかが冷静に答える。
スマホの画面からは、呪いの子どもは消え、何もなかったかのようにアプリも抹消された。カルトは何も言葉が出てこなかった。彼女は婚約していたはずなのに、勝手に別な男と入籍して、目の前で死んだ。その一連の出来事に感情と思考が追い付かなかった。
壮人も同じだ。ようやくずっと好きだった女性と一緒になれるこれからだった時に、彼女が死んでしまった。まだ、彼女のぬくもりが残っている。真っ先に彼女を抱きしめ、涙を流したのは真崎壮人だった。
カルトは、もう他人の妻である元婚約者にこれ以上近づくことは失礼なような気がしていた。そして、もう、どうしようもない感情に支配されていた。