退院日、流星は一華の家に寄って二人でバスに乗って病院へ向かった。
 ついにこの日がきた。バスに乗っている間も、病院に到着してからも、全身から汗が拭き出しそうな程に緊張していた。そのため、流星が病院に着くまで一言も話さなかったことに一華は全く気付かなかった。

 病棟の七階へ上がると翔真の両親とすれ違った。
 翔真が入院することになった原因を聞いているだろうに、まるでそんなこと知らないとでも言うように曇りない笑顔で「一華ちゃん久しぶりね!」と歩み寄った。

「流星くんも久しぶり」
「お久しぶりです」
「入院中色んな友達が漫画やらゲームやら持って来てくれてさー。荷物が凄い量なのよ。ほら見て」
「本当ですね。手伝いますよ」
「いいわよいいわよ、この荷物で最後だから。麗奈ちゃんが手伝ってくれたし、ほとんど車に積んでるの」
「すみません。もう少し早く来ればよかったですね」

 早く来ようという気はさらさらなかったが、両親の手前、嘘も必要だ。

「いいのよ、そんなことしたらあたしらの出番ないじゃない。あ、そうだ、うち軽自動車だから、皆を車に乗せられないの。悪いけど、四人で帰ってくれる?翔真のことよろしく頼むわ」
「分かりました。翔真、歩いて帰れるんですか?」
「えぇ、ぴんぴんしてるから。仮病だったんじゃないかってくらいにね」

 流星がずっと母親と会話をし、父親と一華は蚊帳の外だった。
 母親が「それじゃあね」と言って父親を連れて立ち去る。
 一華は顔を引き攣らせて笑っている顔をつくり、頷いたり会釈をすることしかできなかった。
 不愛想だと思われたかもしれない。
 しゅん、と落ち込む。

「行こう」

 翔真の病室へ向かう。
 四人で帰って、と翔真の母親が言っていた。
 翔真のことだから、真っ直ぐ帰宅するとは思えない。四人で寄り道をして、日が沈む前に帰宅することになりそうだ。
 その間ずっと四人でいる。
 多分、最初だけ緊張するんだ。時間が経ったらまた事故が起きる前にように四人で笑いあえる。そうに決まっている。麗奈も翔真も優しいから、大丈夫。

 半ば自分に言い聞かせるようにして、病室の前で三回深呼吸をする。
 流星が先に部屋へ踏み入れ、その後ろをぴったりとついていく。
 室内の荷物が綺麗になくなり、今まさに病室を出ようと準備していた翔真と麗奈がいた。

「お、流星!と、一華も!」

 一華、と呼ばれただけで心臓から頭の先まで熱くなる。
両足で立っている。動いている。治らないと言っていた足が、体を支えている。
 斜め上を向くことで、瞳から出そうになっている熱い雫を我慢する。

「翔真、大丈夫なのか?」
「それがめちゃめちゃ元気なんだよ。凄くね?」
「じゃあこれは無駄になったな」

 甲斐丁村で、帰り際に購入した御守りを翔真の前に差し出す。

「おお、俺の髪の毛でできたっていう御守りか?」
「えっ、翔真くんの髪の毛でできてるの?なんか汚いよー」
「指で突くのやめろよ!汚いもんを触るみたいにすんな!」

 翔真と麗奈が御守りについてぎゃあぎゃあ騒いでいるのを遠巻きに眺めていると、翔真と視線が絡まった。

「よお、一華」

 手を挙げる翔真に返事はできない。

「まったく、一回くらい見舞いに来いよな。薄情な幼馴染だぜ」

 言葉を続ける翔真に当然返事はできない。
 じっと目を合わせるだけで言葉を発しない一華に首を傾げる。

「一華ちゃん、風邪ひいてて声が出ないんだよ」
「えっ、マジ?いつから?」
「冬休みに入って少し経ってから」

 病室で立ち話をしていると、若い看護師がやってきて追い出されるように病室から出た。
 手続きは両親が済ませているため四人はそのまま病院を出るだけだ。

「一華、声が出ないと大変だよな」
「のど飴いる?わたし持ってるよ」
「そうだ、一華の怪我は大丈夫か?俺は完治したけど、擦り傷とかできただろ?」
「軟膏はちゃんと毎日塗ってる?跡が残らないようにしないと」
「一華を助けた俺はスーパーヒーローだから、今度何か奢ってくれよ」
「翔真くん、スーパーヒーローは奢りを強要したりしないよ」

 心配してくれる二人は何も変わらない。事故が起きる前と同じだった。
 翔真には負い目があったが、翔真自身が気にしていないようで「スーパーヒーロー」と誇らしげに自分を表現していた。
 麗奈も気にしている様子はなく、すべて一華の杞憂だった。
 二人とも優しい。そんなことは分かっていたのに一人でうじうじ悩み、怯えて足が遠のいていた。
 二人に会えたことで肩の力が抜け、重荷がなくなった。
 翔真はまたサッカーができる。また三人で観戦に行ける。視界がぼやけるので慌てて斜め上を向く。

 四人でバス停まで歩くと、時刻表に十五分後の時刻が記載されていた。
 甲斐丁村に居た時より気温は高く、ここは暖かい方なのだと呑気なことを思う。
 ちらっと翔真を斜め後ろから観察する。
 相変わらずの屈託ない笑顔で、楽しそうに麗奈と喋っている。その笑顔を見ることができて飛び跳ねたくなる程嬉しい。
麗奈を羨ましく思う。病室を出る前からだが、魔女探しに出かけている間に二人は距離が縮まったようで、一華はずっと流星の隣にいた。
 一華と流星が見舞いに行けない中、麗奈が見舞いに行っていたのだと思うと仕方のないこと。その上一華は喋ることができない。必然的に一華より麗奈が翔真といることになる。
 理解しているが、寂しいのが本音だ。しかし、そんなことは表に出さない。
 バスの中では隣同士で座りたい。
 コートのポケットの中で拳を握り、意気込む。

「翔真、会って言いたいことって何だった?」

 流星が思い出したように聞く。
 すると翔真は照れているようにそっぽを向いて髪をくしゃっと触る。
 なかなか言い出さない翔真の横腹を麗奈が突く。

「実は俺たち、付き合ってんだ」

 衝撃的な告白に、一華はひゅっと空気を呑んだ。