代償について流星が尋ねると、場の空気が変わった。
 一華と流星は固唾をのんで、顔から笑顔を消した奈世の口から出る言葉を待つ。

「魔女の子孫とは言っても、あの御伽噺から力は変わっているのよ。人魚ちゃんは誰の足を治したいの?」
「幼馴染の足を治したいんです。私のせいで、歩けなくなってしまったから」
「そうなのね。御伽噺では、人魚姫が足を欲して声を捧げた。足も声も人魚姫のもの。人魚ちゃんの話でいくと、幼馴染の足を治す代わりに幼馴染は声を失う」

 翔真の声がなくなり、足は治る。
 これは自分たちで判断できるものではない。翔真の意見も聞かなければならない。一度帰って、連れて来た方が良い。しかし、歩けない翔真をどうやってここまで連れてくるのか。人魚と魔女の話をどこまで信じてくれるのか。翔真の親には何と話せばいいか。考えることはたくさんある。
 奈世は「でも」と話を続ける。

「さっきも言ったように、力が変わっているのよ。血が薄くなってしまったかしら。幼馴染の足を治す代わりに、確かに声を失うわ。幼馴染ではなく、人魚ちゃんの声が」
「…え?」

 翔真の声が代償になるものだと思っていたが、奈世が指したのは一華だった。
 一華が聞き返す前に流星がテーブルに荒々しく片手を置き、どういうことだと奈世に詰め寄る。
 前のめりになった流星に驚き、奈世と一華は咄嗟に流星から距離をとるように体が動いた。

「御伽噺では足を得たい人魚姫が声を失った。本人が欲して、本人が代償を払う。これが当時の魔女の力。けれど今の魔女の力は、願った者が代償を払う。つまり、幼馴染の足を治したいと、人魚ちゃんが願いにやってきた。だから代償は、人魚ちゃんが払うことになるの」
「願った人間が代償を払うなら、俺が願ったら俺が声を失うってことか?」
「ここへ来て、人魚ちゃんではなく君の口から願いを聞けばそうなったでしょうね」

 敬語を忘れているが、怒りの感情をむき出しにしないように抑えながら疑問を口にする流星を、高校生ながら立派だと奈世は感心した。
 そして申し訳なく思った。この男子高校生にとって、人魚ちゃんが大切なのだということは今の言動で伝わった。

「一華ちゃんの声を代償にするのは嫌だ。どうにかならないのか」
「ごめんなさい。どうにもできないわ」
「今からでも、一華ちゃんから俺に替えることはできないのか?」
「ごめんなさい。できないわ」
「最初に言ってくれれば…」
「ごめんなさい。魔女の掟は絶対に破れないの。願いの前に言ってしまうと、その願いは聞き入れられない」

 悲痛な顔で項垂れる流星の隣で、一華はずっと流星を見ていた。
 俺に替えることはできないのかと、打診するとは思わなかった。
 それくらい気にかけてくれている、仲良くなっている、絆の深さに胸がぽかぽかとした。

「人魚ちゃんから願いを聞いただけで、まだ叶えるとは言っていない。もし本当に叶える気があるなら、また来なさい。そのときに叶えるわ。これが人生の別れ道になるのだから、しっかり悩んで答えを出しなさい」

 これで話は終わりだと、奈世は手を叩いた。
 まだ少し残るお茶を置いて、二人は喧嘩をした時のような気まずい空気を漂わせて駄菓子屋を去った。
 一華の歩幅に合わせ、旅館へ戻るべく道路脇を歩く。
 喧嘩をしたわけではない、二人の間に特別な何かがあったわけでもない。ただ一華の声と翔真の足が天秤にかけられている。

「衝撃だったね。ねえ、あのさ」
「ちょっと、考えさせて。旅館に戻ったら話そう」

 一華は至って普通であるが、流星は項垂れたまま考え込んでいた。
 何故そんなにも流星が怖い顔をして悩んでいるのか。一華は不思議で仕方なかった。
 昼に食べようと約束した蕎麦屋のことなど頭になく、腹の虫が鳴いて漸く一華が思い出した。流星に言える雰囲気ではないため、昼食は旅館の隣にあるコンビニかなと予想した。