「甲斐丁村の生まれではないのなら、嫁いできたんですか?」
「いいえ、独身よ。子どももいない」
「なら何故この村に住もうと思ったんですか?」
「祖母に言われたの。わたしが二十歳くらいのときかな、二十年後には必ず甲斐丁村に住めってね」
「この村に?」

 この言い方は失礼だと、言ってから気づいた。
 山々に囲まれた閉鎖的なこの田舎に態々住むように言われたのか。
 見下したニュアンスを含む言い方に、急いで口を閉じる。

「そうそう、こんな村にね」

 さして気にしていない奈世は笑いながら同調した。

「この村に何かあるんですか?」
「何もないわ。祖母に住むよう言われたのは、話が長くなるけど結局は人魚ちゃんとわたしが理由ね。魔女はわたしで最後にしたいの。だから結婚しないし子どもは産まない。それを祖母に伝えたら、人魚ちゃんが魔女の力を求める日が来るかもしれないから、甲斐丁村にいるよう言われたの。血を絶やす代わりに、お前は甲斐丁村に住めってね。甲斐丁村って人魚の化石が発見されたとかでネットで調べればすぐに出てくるでしょう?分かりやすい村だから、そこにしなさいって、ほぼ命令よね」

 奈世の説明で納得できないものがいくつかあった。流星は一華の様子をが、よく理解できていないようで、眉間にしわを寄せている。

「人魚が力を求めに来る、というのは予言ですか?」
「違う違う。魔女はわたしで最後にするって言ったでしょ。だったら最後くらい、人魚の力になってあげようっていう、祖母の優しさよ。来るか来ないか分からない人魚ちゃんを待ってここに住み続けてたってわけ。今後もずっとここに住むから、何かあれば頼りなさいな」
「魔女の血を絶やそうと思ったのは何故ですか?」
「要らないから。使う人間が非道な輩だったら、って考えると恐ろしいじゃない。こんなものない方が世の中平和なのよ。それに、わたし子ども好きじゃないから、結局子孫は残せないの」
「子どもが好きではないけど駄菓子屋をやってるんですか?」
「他人の子どもはいいのよ。だってわたし関係ないもの。でも自分の子どもは自分で育てないといけないでしょう?それはちょっと遠慮したいわ」

 流星にはその感覚が理解できなかった。
 好きな人との子どもは可愛いと思えるだろう。むしろ他人の子どもと関わる方が苦手だ。
 まだ高校生である故の考えだろうか。
 うーん、と首を捻る隣で一華も同じように首を捻っていた。

「他には?」
「えーと、魔女は今奈世さんだけってことですか?」
「えぇ、そうよ。わたし以外は全員あの世にいるわ」
「遠い親戚もですか?」
「そう。血が繋がってる人たちは全員いないわ。血が繋がっていない親戚ならいるかもね」
「家系図でもあるんですか?よく把握できてますね」
「あ、疑ってるな。人魚もそうだと思うけど、魔女って女系なのよ。代々女が生まれてくるの。それも、母親から生まれるのは多くて二人で、一人も生まれないなんてよくあることだし。極稀に男が誕生することもあるみたいだけど、その場合はただの人間で力なんてないわ。親戚を把握できるくらい、狭い家系なのよ」

 一華には思い当たる節があった。
 祖母は二人姉妹だが一華は一人っ子で、母も一人っ子だ。母方の親戚はいない。
 代々婿をとっている話は祖母から聞いているため、魔女と同じく女系である。
 流星と奈世の話を聞いていると、どちらも核心の話はしない。一華が切り込むべき話題だと二人が暗に伝えているのかもしれない。
 姿勢を正し、本題に入るべく、流星と奈世の一瞬の沈黙を見て切り込む。

「魔女の力って、本当にあるんですか?」
「あるよ」

 やっと触れてきたなとでも言わんばかりに、奈世はにやっと笑みを浮かべた。
 一華が切り出したため流星は引っ込む。

「見せてもらうことって、できますか?」
「それはできない」
「どうしてですか?」
「願いには代償がつきものだから。見せてほしいと言われて見せられるようなものではないの」

 一華と流星は御伽噺を思い出す。
 人魚姫は足を得る代わりに、声を失った。

「どんな願いでも叶うんですか?」
「うーん、多分?自分がどの程度できるか分からない部分があるのよね。例えば、世界征服をしたいという願いを叶えられるか、とか、地球を滅ぼしたいという願いを叶えられるか、とかね」
「じゃあ、医者に治せないと言われた足を、治すことはできますか?」
「あぁ、それならできるよ」

 できる。
 そう言われ、全身から力が抜けた。
 よかった。翔真は治るんだ。また歩けるんだ。サッカーができるようになるんだ。
 じわ、と視界が滲んでいく。

「代償は?」

 黙っていた流星が怖い顔をして奈世に問う。

「願いには代償がつきものなんですよね。足を治す代償は?」

 人魚姫は人間の足を得る代わりに、綺麗な声を失った。では、今回は。翔真の足を治す代償は、何か。御伽噺をそのまま考えると、翔真は声と引き換えに足を得ることになる。