祖母との電話が終わると、一華はその場に寝転ぶ。
 駄菓子屋の女性の見た目を伝えても、祖母は分からないの一点張り。もしかしたらあの女性が魔女なのでは、なんて考えが一瞬過ったが、彼女は魔女というより失礼だがただのおばさんだ。
 念のため祖母から魔女について他に知っていることがないか確認すると、なんと魔女の名前が判明した。奈世というらしい。奈世が甲斐丁村のどこに住んでいるか、何をしているのかは不明だが、とにかく名前が分かっただけでも大収穫だ。
 早く教えてくれたらよかったものの、「今思い出したんじゃ」と老人らしく言われ、一華はため息を吐いた。

 役所に行って住人の名簿を見せてもらったらすぐに魔女候補を絞れるのに。
 個人情報を他人に公開できないことは承知の上だが、頼み込んでみようか。百パーセント無理だろうな。

 折角名前が判明したのだから、せめて魔女候補を絞りこめるような良い方法はないだろうか。
 天井のしみを睨みながら考えてみるが、役所に行く以外に良い案が浮かばない。

「一華ちゃん、どうしたの?」

 風呂上りの流星が戸を開け、畳の上に寝転がる一華を見下ろす。
 はしたない姿を見せてしまった、という恥じらいはなく、祖母との電話で得た魔女の情報を共有しなければと起き上がる。

「あのね、魔女の名前が分かった」

 乾かしたはずの髪が一部濡れたままになっていることに気付き、髪をいじっていると一華に袖を引っ張られ、座布団の上に座る。

「奈世って言うんだって」
「なよ?」
「そう。おばあちゃんにさっき電話して聞いたの」
「名前が分かっても探すのは難しいね」
「役所に行って名簿を見せてもらえば一発なのに」
「はは、住人に聞いてまわるとか?」
「それは最後の手段ね」
「そんなことして魔女に逃げられないといいけど」
「それはないと思う。魔女が甲斐丁村に定住する話をおばあちゃんから聞いたから」

 甲斐丁村から離れることはないと、祖母が言っていた。理由は不明だが、魔女探しをしている余所者がいると聞いて、奈世が逃げ出すことはない。

「まあ、名前が分かっても俺たちにできることは少ないね」
「やっぱり聞いてまわるしかないかな。奈世って人を知ってますかー、って」
「魔女が逃げない保証はないだろ」
「でも、おばあちゃんは逃げないって言ってたよ」
「おばあちゃんがそう思っただけじゃなくて?」
「…なんか流星、否定的だね」

 疑うような眼差しで見つめられ、流星は冷や汗を垂らした。
 図星だったからだ。

「いや、だってここで逃がしたくはないだろ。甲斐丁村から消えたら次はどこを探せばいいんだ、って途方に暮れるよ」
「それは、そうだけど」
「俺だって魔女を探しにここまで来たんだから、できることはしたい。でも、慎重になった方がいいこともあるよ」
「…うん」

 流星は魔女を探したいのか探したくないのか、その質問に答えられない。
 これはきっと、外に出してはいけない。自分の内側だけに、それも深い深いところに鍵をかけて閉じ込めておかなければならない感情だ。
 鍵を開けたくはない。考えたくもない。

「折角名前が分かったんだから、この名前を使って魔女を探したいんだけど、なかなか良い案がないー!」
「ゆっくりいこう。焦ってもいいことはないから」

 テーブルの端にあるポットで湯飲みにお茶を注ぐ。一華を見ると、要らないと言うので自分の分だけにしておいた。

「はぁ、じゃあ駄菓子屋の人の名前だけ明日聞きに行ってもいい?」
「なんで?あの人、魔女?」
「ううん、私が気になるだけ。どこかで会ったことがあるような気がするんだよね」
「ふうん、あの女性が魔女だったりして」
「私もそう思ったけど、多分違うよ」

 祖母は「儂が知っとる魔女は、しゃがれ声でいかにも魔女らしいという話だ」と言っていた。
 駄菓子屋の女性は魔女というより、優しいおばさんだった。魔女はどの時代も魔女のような雰囲気を纏っている、そんな気がする。

「じゃあ明日は駄菓子屋に寄って、奈世って人を地道に見つけようか」
「うん。掲示板の張り紙とかに名前が書いてあったりするから、そういうところから見つけていこう。流星も、他に見つける方法があったら教えてね」
「分かった」

 流星が何度もゆっくり探そうと諭したからか、今の一華に焦りはなかった。
 これが旅行一日目なら、何が何でも村人に「奈世って人を知りませんか」と聞いてまわっただろう。当初の自分が意図せず発した「ゆっくり探そう」等の言葉がここで役に立つとは思わなかった。
 魔女の名前を後出しにした一華の祖母に感謝の念を送った。

「一華ちゃん、お風呂入ってきなよ」
「そうする」

 準備していた大きめの巾着袋を指からぶら下げ、流星に背を向けて部屋を出た。

 部屋に残された流星は湯飲みに口を付け、どうすれば奈世に気付かれず探し出せるかを数秒だけ思案したが、飲み込んだ渋い味に顔を歪ませた後、思考を放棄した。