無言に耐えきれなくなった流星が、視界に映った雑貨屋を指して「あそこに入ってみよう」と言うと、一華は「うん」と短く返事をした。
 藤色の暖簾を潜り抜けると、お香の匂いが鼻を掠める。職人が一つ一つ手で作ったようなアクセサリーや小物が一定の間隔を空けて売られている。
 人魚の化石が発掘されたと話題になった村だからか、近隣に海はないが貝殻や魚、人魚をモチーフとしたものが少なくない。

「へえ、綺麗だね」

 感心したように一華へ話しかけると、一華は貝殻のキーホルダーから視線を外さず「そうだね」と返した。
 イヤリングやネックレスなど色々ある中で一華はキーホルダーが気になっていた。光沢のある貝殻は角度を変えると虹色に輝く。少し背伸びすれば購入できる価格だった。自分への土産にしては随分と高級だ。祖母から貰った金はあるが、自分への土産は自分で買いたい。その場を動かず購入するか決めかねていた。

 そんな様子を横から見守っていた流星は、一華に見つめられているキーホルダーを手に取った後、同じ形をした小さめの貝殻が二つぶら下がっているキーホルダーも手に取り、バーコード決済で会計した。
 こんな田舎でもバーコード決済ができるんだ、と変なところに感心する。

「流星?」
「はい、これお土産」
「あ、ありがとう」

 外に出て歩きながら、包みを渡す。
 一華はキーホルダーを取り出して太陽に翳してみる。きらりと光るそれはまるで人魚が持っているような貝殻で、目が離せなかった。

 流星は自身に買ったそれを鞄に仕舞い、登校用で使用している鞄に付けようと決めた。
 一華に土産として買ったのは、一華が欲しそうだったからということもあるが、それよりも一華が身に付けている赤いマフラーを見てのことだった。
 冬になる前、翔真が一華に誕生日プレゼントとして渡していたのを思い出した。赤いマフラーを嬉しそうに毎日着用し登校する一華を今まで何とも思っていなかったが、今回は何故か、無性に気になった。
 そして、自分もプレゼントしたい衝動に駆られた。一華が魅入っているそれをあげたら、喜ぶだろう。そう思った。

 結果、一華は大層気に入ったようで、ぷらぷらと指に下げて眺めている。
 一華の横顔と貝殻を写真に収め、映画のワンシーンのようだと保存した。

「あ、人魚の絵」

 離れた場所に子どもが好みそうな可愛らしい人魚の絵が描かれてあり、何だろうと目を凝らすと、滑り台やブランコがある。
 一華はキーホルダーをショルダーバックに付け、行ってみようと流星に声をかけた。
 先程の沈んだ雰囲気はどこかへ飛んで行ったように、二人は他愛もない話をしながら公園に向かう。
 冬休みだからか、公園に近づくにつれて子どもの声が大きくなる。

 人魚の絵は公園の外だけに飾られているようで、園内は至ってありふれた遊具とベンチだけが配置されていた。
 子どもとその母親たちが独占し、場違いな二人は切り株に腰を下ろした。

「子ども可愛いね。流星は子ども好き?」
「うーん、小さい子と関わることないからよく分からないな」
「そこは嘘でも好きって言うところじゃないの?」
「一華ちゃんは好きそうだね」
「うん、可愛いもん。結婚して子どもができたら、流星も子どもの可愛さに気付くよ」

 麗奈との子どもかな、と今は傍にいない友人の顔を思い浮かべる。
 流星は結婚という単語を聞いて、幸せな家庭を想像する。自分がいて、子どもがいて、台所には一華がいて。と、そこまで考えて頭を小さく振る。そんな未来は多分待っていない。きっと一華は翔真と幸せになるのだろう。好きな男のためにこんなにも頑張っているのだから、二人は結ばれる運命だろう。
 また針が動き出し、ちくちくと心臓を突き始めた。

「流星、どうかした?」

 黙り込んだ流星を不思議に思い、小さな顔で見上げる。
 この旅行より前、一華を可愛いと思ったことは数える程しかないが、この村へ来てからはどうだろう。
 黒い瞳が流星を映し、瞬きをする度に睫毛が白い肌に触れる。手を伸ばしたくなるが我慢し、視線を逸らすことしかできない。
 これが何なのかくらい、分かっている。そこまで馬鹿ではないし鈍くない。
 どうして今なんだ、と頭を抱えたくなる。
 一華と二人きりの旅行は翔真のためのものであり、デートではない。
 翔真の足を治すため、一華はここまで来ている。どこにいるかも、本当に存在するかも分からない魔女を探しに、ここへ来た。自分はただついてきただけ。一華の旅に同行しているだけ。
 翔真を想う一華の旅だ。

 心臓を突く針は、刃に変わった。