「ああ、更新されてる」
 思わず優子はミカチャレンジのハッシュタグを検索して声を上げた。
 心配してから数日後、本物の白クマを背景にして男女に挟まれたクマのぬいぐるみの写真が撮られたものがアップされた。動物園からの撮影だ。男女の顔は黄色いスマイリーフェイスに置き換えられて、本当の顔を隠している。でも男性の方の目の部分がハートになっているところを見ると、ふたりは恋人同士に思えた。
 ――ちょっとトラブルで怪我をして治るまで写真が撮れませんでした。でももう大丈夫です。また色んなところに旅行にいくからね。ミカちゃんも楽しみにしていてね。
 怪我をしたというのは、あの引っ張り合いのせいだろうか。それをこの二人が直してくれたのだろう。優子はその優しさにほっとした。
 詳細は詳しく分からないけれど、旅行が再開されたことは有難い。
<ありがとうございます。皆さんのお陰でミカもとても喜んでいます。>
 ――いえ、クマのぬいぐるみのお陰で私たちも縁があって幸せです。こちらこそ素敵なクマちゃんの旅に携われて嬉しいです。
 この写真をアップした人からの返事に心がほっこりする。
「ママ、この人たちクマちゃんと出会ったお陰で結婚するの?」
 ミカがストレートに訊いてくる。
「そうだといいね」
「うん」
 幸せなコメントが付くと、クマのぬいぐるみが幸せをもたらすと人々は思うようになっていく。
 もしかしたら、ミカの病気も治るんじゃないかと優子も奇跡が起こりそうな気になっていた。このクマのぬいぐるみがきっと奇跡をはこんできてくれる。
「旅行が終わったら、このクマちゃんがまたミカのところに戻ってくるといいね」
「ママのところに戻ってくるといいな」
「でも、これミカちゃんのでしょ」
「私はいいんだ。だって、次、私がお星さまと旅行に行く番だもん。だから、ママは心配しないでね。私もクマちゃんみたいに楽しく旅行するからね」
「うん、そうだね。今度はミカが旅行に行かなくっちゃね」
 優子は目頭が熱くなる。
 そこまで元気になってくれたら、ミカをどこにでも連れて行ってあげたい。
「ねぇ、ミカはどこに行きたい?」
「うんとね」
 ミカは真剣に考える。
「海かな、山かな、それとも、遊園地?」
「お星さまといっしょだから、やっぱり宇宙!」
「えっ、宇宙?」
「ねぇ、ママ、宇宙って本当にいけると思う?」
「宇宙飛行士は行ったことあるけど……」
「じゃあ、行けるんだね」
 屈託のない笑顔のミカだから、普通の人は行けないなんて優子の口から言えなかった。今だけは自由に思うところに行けると応援してあげたい。
「宇宙か。ママも行ってみたいかも」
「でしょ」
 母と子が一緒に夢を膨らましていると、看護師が部屋に入ってきた。
「ミカちゃん、点滴するお時間だよ」
「はい」
 素直に返事するミカ。
 それを見て優子はいつも申し訳ない気持ちになっていた。
 ミカがベッドで点滴を受けながら寝ている時に、優子はスマホでツイッターを見ていた。ハッシュタグ以外の別のキーワードを入れて検索し、世間の様子を窺うも目に付いた呟きに優子は顔を青くする。
 ――まだミカチャレンジ続いているんだ。ウケル。
 ――みんな飽きないもんだね。たかがクマのぬいぐるみの写真を撮って喜んでいるって、単純だな。
 ――俺のところにきたら、そんなもん燃やしてやるぜ。
 ――なんかの呪いの儀式を暗黙でやらされているんじゃないの。
 時々、どうしても心無いコメントが発生する。それでも優子は沢山の好意的になってくれているコメントの方が断然多いんだと言い聞かせて我慢していた。
 エゴサーチしたばっかりに自分で嫌な気持ちになってしまった。
 人の気持ちというのは自分の想像を超えたところにある。それでもこんなのにいちいち反応して、もし反論したら簡単に炎上してしまう。SNSは何がきっかけで悪くなるかわからない。優子は十分気をつけていた。
「こんなの見なければいいか」
 そう思って、スクロールをやめようとした時、どうしても我慢のならないコメントを見つけてしまった。
 ――ミカチャレンジ結構長く続いてるけど、女の子はとっくに死んだんじゃないの(笑)
 優子はこれだけは許せなかった。
 厚意に甘えて、ミカのためにと勝手に事が起こっているけども、そんなことどうでもいい人たちは好き勝手に辛らつな言葉を面白半分で呟く。
「なんでこんなこと呟けるんだろう」
 悔しくてスマホを見ながら涙が溢れてしまった。
「ママ、どうしたの?」
 ミカが目を覚ました。
「ううん、何でもないのよ。もうちょっとしたら点滴が終わるから、もう少しだけ寝ててね」
「あのね。ミカ、夢を見てたよ」
「どんな夢?」
「お星さまがそろそろお空に帰らないといけないから、クマちゃん連れて病院に戻って来たいっていってた」
 ミカは寂しそうに呟いた。
「それって、旅が終わりってことなのかな?」
「そうみたい」
 ミカチャレンジは春頃から始まり、夏も過ぎてそろそろ秋を迎える頃になっている。
 いつまで続ければいいのか優子もその辺のことは考えていたが、ミカが喜ぶ限りずっと続けられればと望んでいた。
「ミカも戻ってきて欲しいと思ってる?」
「うん。でも、クマちゃんが戻ってきたらママはちょっと寂しくなるね」
 それでミカチャレンジが終わってしまうことを優子が残念に思うとミカは考えているのだろう。
「ミカは寂しくないの? みんなまだ手伝ってくれるよ」
「私は大丈夫だよ。だからママ、心配しないでね」
 ミカがそういうのなら、このミカチャレンジもそろそろ終わらせる時なのだろう。
 そんな時、マスコミから取材の申し込みが入ってしまった。
 ――突然失礼します。朝読テレビと申します。ミカチャレンジを拝見しまして、取材させて頂ければと願っております。出来ましたら相互フォローしてDMでやり取りして頂けませんでしょうか。よろしくお願いします。
 優子は夫と相談し悩んだ挙句取材を受けることにした。協力してくれた人に顔を出してお礼を言う機会にもなるし、そろそろ終わりにしたいことも伝えられる。
 悪いようにはならないと思い連絡を取り合えば、すぐさま病院にまでやってきて取材をされた。
 そしてそれがテレビで紹介されると、さらに知名度が広がり、クマのぬいぐるみを探す人が増えてしまった。そのせいで中々旅が終わらなくなってしまった。