「遅れてごめんなさい」
里奈子はハアハアと息を切らして、待ち合わせしていた駅の広場に走ってきた。初夏の汗ばむ季節。額から汗が出ていた。
「俺もさっき来たところ」
二十分近くは待っていた篤志だが、そこは嘘をついて罪悪感を負わせないように気遣う。
「本当に? それならよかった」
ほっとして笑うと、目じりが下がって里奈子は可愛らしい。そんな彼女を見て篤志はデレデレとしてしまう。
里奈子と付き合ってまだ間もない。
同じ大学だからお互い面識はあったけど、共通の友達を通じて話すきっかけができてから、急に意気投合して恋心が芽生えて交際が始まった。
好きという気持ちが膨らんでも、まだお互いのことを良く知らないから、篤志は緊張してしまう。だから自分の事を思って、里奈子が走って来てくれたことがとても嬉しい。
「里奈子が遅れても、俺はずっと待ってるし、それよりも慌ててこけたりしないかが心配」
「やだ、私そんなにドジじゃないよ、えへ」
かわいい声でおっとりとした話し方に篤志は癒される。以前付き合っていた彼女ははきはき物を申す方だったから、里奈子のようなタイプは初めてだった。
「里奈子はつい一生懸命になりすぎるから、俺は心配なんだ」
「ちょっと無理するところは確かにあるかな。スイッチがはいると夢中になって周りが見えないかも。だけど篤志君がそこまで私のことを思ってくれてるんだ。ありがとうね」
ふたりの甘ったるいやり取りを少し離れた街路樹の陰で聞いている女性が、気に入らなさそうに口元を歪ませていた。バケットハットを目深に被り、サングラスを掛けて紫外線対策をしっかりしているせいで、顔がよくわからず怪しい。
のろけているカップルを尻目に「ちっ」と舌打ちする。
里奈子がその様子にいち早く気がつき、サングラスの女性に視線を向けた。慌ててその女性はそっぽを向く。内心ヤバイと思っていそうだ。
「どうしたんだ、里奈子?」
「ううん、なんでもない」
周りに人が沢山行き交い、偶然のことだと里奈子はそれ以上気にも留めなかった。
「じゃあ、遊びに行こうか」
デートの準備を予めしている篤志は、里奈子をさりげなくエスコートする。
「ねぇ、篤志君、実は私ね、クマのぬいぐるみと観光地で写真が撮りたいの」
「クマのぬいぐるみと写真が撮りたい?」
「篤志君はミカチャレンジって知ってる?」
「うん、ツイッターで流行ってるやつだろ」
里奈子は肩に掛けていたカバンから、クマのぬいぐるみを取り出して見せた。
「実は、私に回ってきたんだ。だからいい写真を撮りたいんだ」
「へぇ、すごい。マジなのか」
篤志も実物を見て驚いていた。
その時、どこかへ行こうとしていたサングラスの女性も振り返った。里奈子が持っていたクマのぬいぐるみを見て「うそっ」と声が漏れた。サングラスをずらしてまじまじと見つめる。
「ミカちゃんが行きたいところで写真を撮りたいな」
「里奈子は優しいな。写真を撮るときも相手の身になって考えるなんて」
「ミカちゃんが元気になれますようにって、思ってるんだ」
二人のイチャイチャを邪魔するようにサングラスの女性が、ずかずかと割り込んでくる。
「あの!」
勢いつけてきた割には、篤志を前にして急に怖気付いた。
「な、なんですか?」
篤志は嫌なものを見る目を向けた。じっと見ているうちにどこかで見たような気になってきた。
「ん? あれ、お前、もしかして亜季?」
篤志に名前を言われ、亜季と呼ばれた女性はサングラスを外した。
「久しぶり、篤志」
一生懸命笑おうとするが顔が引き攣っていた。
「篤志君のお知り合いですか?」
里奈子はおっとりと尋ねる。篤志はすぐに答えられない。
仕方がないので亜季が小さく答えた。
「……元カノです」
「えっ、篤志君の元カノ? 嘘っ」
さすがに里奈子は動揺していた。
「お前こんなところで何してんだよ。まさか、俺のことストーカーしてたのか?」
「そうよ、そっちから急に一方的に別れるっていうんだもん。こっちは納得いかないじゃない。真の原因を確かめたかったの! 勉強に忙しいとかいいながら、結局は好きな人が出来て私を捨てたってことじゃない!」
「おい、言いがかりはやめろよ」
里奈子の前で騒がれるのはまずい。里奈子を見れば、眉間に皺を寄せて訝しんでいる。
「言いがかりって何よ。本当のことじゃない。私だって、こんな風に波風立てるつもりじゃなかった。確かめたら、潔く黙って去るつもりだったの。でもこの人がクマのぬいぐるみを見せたから、黙っていられなくなったの」
「クマのぬいぐるみ? そんなに今これが流行ってるのか?」
篤志は里奈子のもつクマのぬいぐるみに視線を向けた。
「ねぇ、そのクマのぬいぐるみ、どうしたの?」
亜季は里奈子ににじり寄ると、里奈子は後ずさる。篤志は庇おうと前に立ちはだかった。
「おいおい、亜季やめろよ。里奈子がクマのぬいぐるみを持ってるからって、嫉妬するなよ」
「嫉妬なんかしてない。その子、嘘ついてるから黙っていられなかったの」
亜季は篤志を手でよけて、里奈子に向き合った。
「な、何よ。篤志君に振られたからって、私に八つ当たることないでしょ」
おっとりだと思っていた里奈子の目が三角になり亜季を睨んでいた。
篤志はそんな里奈子の姿を見てショックを受けていた。このままでは二人は喧嘩しそうだ。
「とにかく、クマの写真が撮りたかったら、撮っていいから。それに嘘ついて振って悪かった。里奈子は何も関係ないから」
篤志はなんとか一触即発のこの場を納めようとする。
「違うのよ、その子がもっているクマのぬいぐるみが偽物なの。だって、本物はここにあるから」
今度は亜季が鞄の中からクマのぬいぐるみを取り出した。
「どういうことだよ」
篤志にはどっちが本物かわからない。でも亜季が持っている方にはIDタグがついていて、ミカチャレンジの事が説明されていた。
「偽物の写真が最近アップされていたけど、それあなただったのね」
亜季が問い詰めれば、里奈子は泣き出した。
「だって私もミカチャレンジがしたかったんだもん。自分のクマのぬいぐるみを使ってもいいじゃない」
「でも、それはあなたのためであって、ミカちゃんのためじゃないよね」
「篤志に振られた人に、言われたくなんかないわ。何よ、えらっそうに」
「今、それ関係ないじゃない。間違ってるのはあなたでしょ。それに篤志の前では猫被ってさ」
「何よ、ストーカー女の癖に」
「そっちこそ、嘘つき女じゃない」
二人のやり取りが篤志には恐ろしく感じておどおどしてしまう。
「何よ、ひどいわね、そっちが先に絡んできたくせに。謝りなさいよ。お詫びにその本物を私にちょうだい」
里奈子は亜季からぬいぐるみを奪い取ろうと襲い掛かる。
亜季はそれをさっとかわした。
「無理に奪うなんてすごい子ね、そうやって篤志にも近づいたんでしょうね」
「まるで私が無理やり篤志君をあなたから奪ったような言い方ね。私、篤志君に彼女がいるなんて知らなかったわよ。訊いてもいないって言ったのは篤志君の方よ」
二人は篤志にきつい視線を向けた。
「これは二股だったのか。そっか、私だけじゃなく、里奈子さんにも嘘をついてたということか」
亜季は悟ったように呟いた。
「亜季と付き合っているときに里奈子が好きになったけど、時期はそんなに被ってない。亜季には傷つかないように配慮しただけだ」
篤志も言い訳する。
「それは卑怯よ。好きな人が出来たんだったら正直に言えばいいじゃない。その方がこっちだって、ぱっと諦められたんだから」
亜季の目から涙が溢れてくる。
「結局、一番悪いのは男の方だ」
誰かが声に出して言い放った。
周りを見れば、見世物のように人がじろじろと見ていた。三人は我に返って、バツが悪くなる。
亜季はたくさんの人目に晒されて耐えられない。言い合いしていた自分が馬鹿に見えた。
「もういいわ。ほら、あなたがこれをもっていいから」
亜季はクマのぬいぐるみを里奈子に押し付けた。
「えっ、急に殊勝になって、何よ」
情けをかけられたみたいで、里奈子も悔しい。
「私、もう帰る。どうかお幸せに」
亜季は投げやりになっていた。篤志への未練もこれで吹っ切れた。
「ちょっと待ってよ」
里奈子は引きとめようとすると、篤志が遮る。
「もうこれでいいじゃないか。放っておけよ」
里奈子はその時、篤志への気持ちが急に冷めていた。元カノに誠意を示さずに別れる男は自分もいつか同じ事をされるかもしれない。
本物のクマのぬいぐるみを見つめ、自分のおろかさにも気づかされた。
篤志を振り払い、里奈子は走り出す。
「待って、亜季さん」
亜季は立ち止まり、振り返る。里奈子が篤志を放っておいて、自分を追いかけて来たことに驚いた。再び里奈子と向き合った時、不思議と心にはわだかまりがなかった。
「ねぇ、このクマと一緒に写真を撮らない?」
里奈子に言われ、亜季は暫く考えて「うん」と面映く返事する。
緊張が解けたようにふたりは軽く微笑みあった。
その二人の様子を見ながら篤志は、一人突っ立って何も出来ないでいた。
その日、ツイッターには本物と偽物のクマのぬいぐるみが一緒に並んだ写真がアップされた。一時は偽物を載せたことで炎上していたけど、本物と並ぶことで皆その奇跡に興奮していた。
その陰で何があったかは当の本人たち以外誰も知る由がなかった。
里奈子はハアハアと息を切らして、待ち合わせしていた駅の広場に走ってきた。初夏の汗ばむ季節。額から汗が出ていた。
「俺もさっき来たところ」
二十分近くは待っていた篤志だが、そこは嘘をついて罪悪感を負わせないように気遣う。
「本当に? それならよかった」
ほっとして笑うと、目じりが下がって里奈子は可愛らしい。そんな彼女を見て篤志はデレデレとしてしまう。
里奈子と付き合ってまだ間もない。
同じ大学だからお互い面識はあったけど、共通の友達を通じて話すきっかけができてから、急に意気投合して恋心が芽生えて交際が始まった。
好きという気持ちが膨らんでも、まだお互いのことを良く知らないから、篤志は緊張してしまう。だから自分の事を思って、里奈子が走って来てくれたことがとても嬉しい。
「里奈子が遅れても、俺はずっと待ってるし、それよりも慌ててこけたりしないかが心配」
「やだ、私そんなにドジじゃないよ、えへ」
かわいい声でおっとりとした話し方に篤志は癒される。以前付き合っていた彼女ははきはき物を申す方だったから、里奈子のようなタイプは初めてだった。
「里奈子はつい一生懸命になりすぎるから、俺は心配なんだ」
「ちょっと無理するところは確かにあるかな。スイッチがはいると夢中になって周りが見えないかも。だけど篤志君がそこまで私のことを思ってくれてるんだ。ありがとうね」
ふたりの甘ったるいやり取りを少し離れた街路樹の陰で聞いている女性が、気に入らなさそうに口元を歪ませていた。バケットハットを目深に被り、サングラスを掛けて紫外線対策をしっかりしているせいで、顔がよくわからず怪しい。
のろけているカップルを尻目に「ちっ」と舌打ちする。
里奈子がその様子にいち早く気がつき、サングラスの女性に視線を向けた。慌ててその女性はそっぽを向く。内心ヤバイと思っていそうだ。
「どうしたんだ、里奈子?」
「ううん、なんでもない」
周りに人が沢山行き交い、偶然のことだと里奈子はそれ以上気にも留めなかった。
「じゃあ、遊びに行こうか」
デートの準備を予めしている篤志は、里奈子をさりげなくエスコートする。
「ねぇ、篤志君、実は私ね、クマのぬいぐるみと観光地で写真が撮りたいの」
「クマのぬいぐるみと写真が撮りたい?」
「篤志君はミカチャレンジって知ってる?」
「うん、ツイッターで流行ってるやつだろ」
里奈子は肩に掛けていたカバンから、クマのぬいぐるみを取り出して見せた。
「実は、私に回ってきたんだ。だからいい写真を撮りたいんだ」
「へぇ、すごい。マジなのか」
篤志も実物を見て驚いていた。
その時、どこかへ行こうとしていたサングラスの女性も振り返った。里奈子が持っていたクマのぬいぐるみを見て「うそっ」と声が漏れた。サングラスをずらしてまじまじと見つめる。
「ミカちゃんが行きたいところで写真を撮りたいな」
「里奈子は優しいな。写真を撮るときも相手の身になって考えるなんて」
「ミカちゃんが元気になれますようにって、思ってるんだ」
二人のイチャイチャを邪魔するようにサングラスの女性が、ずかずかと割り込んでくる。
「あの!」
勢いつけてきた割には、篤志を前にして急に怖気付いた。
「な、なんですか?」
篤志は嫌なものを見る目を向けた。じっと見ているうちにどこかで見たような気になってきた。
「ん? あれ、お前、もしかして亜季?」
篤志に名前を言われ、亜季と呼ばれた女性はサングラスを外した。
「久しぶり、篤志」
一生懸命笑おうとするが顔が引き攣っていた。
「篤志君のお知り合いですか?」
里奈子はおっとりと尋ねる。篤志はすぐに答えられない。
仕方がないので亜季が小さく答えた。
「……元カノです」
「えっ、篤志君の元カノ? 嘘っ」
さすがに里奈子は動揺していた。
「お前こんなところで何してんだよ。まさか、俺のことストーカーしてたのか?」
「そうよ、そっちから急に一方的に別れるっていうんだもん。こっちは納得いかないじゃない。真の原因を確かめたかったの! 勉強に忙しいとかいいながら、結局は好きな人が出来て私を捨てたってことじゃない!」
「おい、言いがかりはやめろよ」
里奈子の前で騒がれるのはまずい。里奈子を見れば、眉間に皺を寄せて訝しんでいる。
「言いがかりって何よ。本当のことじゃない。私だって、こんな風に波風立てるつもりじゃなかった。確かめたら、潔く黙って去るつもりだったの。でもこの人がクマのぬいぐるみを見せたから、黙っていられなくなったの」
「クマのぬいぐるみ? そんなに今これが流行ってるのか?」
篤志は里奈子のもつクマのぬいぐるみに視線を向けた。
「ねぇ、そのクマのぬいぐるみ、どうしたの?」
亜季は里奈子ににじり寄ると、里奈子は後ずさる。篤志は庇おうと前に立ちはだかった。
「おいおい、亜季やめろよ。里奈子がクマのぬいぐるみを持ってるからって、嫉妬するなよ」
「嫉妬なんかしてない。その子、嘘ついてるから黙っていられなかったの」
亜季は篤志を手でよけて、里奈子に向き合った。
「な、何よ。篤志君に振られたからって、私に八つ当たることないでしょ」
おっとりだと思っていた里奈子の目が三角になり亜季を睨んでいた。
篤志はそんな里奈子の姿を見てショックを受けていた。このままでは二人は喧嘩しそうだ。
「とにかく、クマの写真が撮りたかったら、撮っていいから。それに嘘ついて振って悪かった。里奈子は何も関係ないから」
篤志はなんとか一触即発のこの場を納めようとする。
「違うのよ、その子がもっているクマのぬいぐるみが偽物なの。だって、本物はここにあるから」
今度は亜季が鞄の中からクマのぬいぐるみを取り出した。
「どういうことだよ」
篤志にはどっちが本物かわからない。でも亜季が持っている方にはIDタグがついていて、ミカチャレンジの事が説明されていた。
「偽物の写真が最近アップされていたけど、それあなただったのね」
亜季が問い詰めれば、里奈子は泣き出した。
「だって私もミカチャレンジがしたかったんだもん。自分のクマのぬいぐるみを使ってもいいじゃない」
「でも、それはあなたのためであって、ミカちゃんのためじゃないよね」
「篤志に振られた人に、言われたくなんかないわ。何よ、えらっそうに」
「今、それ関係ないじゃない。間違ってるのはあなたでしょ。それに篤志の前では猫被ってさ」
「何よ、ストーカー女の癖に」
「そっちこそ、嘘つき女じゃない」
二人のやり取りが篤志には恐ろしく感じておどおどしてしまう。
「何よ、ひどいわね、そっちが先に絡んできたくせに。謝りなさいよ。お詫びにその本物を私にちょうだい」
里奈子は亜季からぬいぐるみを奪い取ろうと襲い掛かる。
亜季はそれをさっとかわした。
「無理に奪うなんてすごい子ね、そうやって篤志にも近づいたんでしょうね」
「まるで私が無理やり篤志君をあなたから奪ったような言い方ね。私、篤志君に彼女がいるなんて知らなかったわよ。訊いてもいないって言ったのは篤志君の方よ」
二人は篤志にきつい視線を向けた。
「これは二股だったのか。そっか、私だけじゃなく、里奈子さんにも嘘をついてたということか」
亜季は悟ったように呟いた。
「亜季と付き合っているときに里奈子が好きになったけど、時期はそんなに被ってない。亜季には傷つかないように配慮しただけだ」
篤志も言い訳する。
「それは卑怯よ。好きな人が出来たんだったら正直に言えばいいじゃない。その方がこっちだって、ぱっと諦められたんだから」
亜季の目から涙が溢れてくる。
「結局、一番悪いのは男の方だ」
誰かが声に出して言い放った。
周りを見れば、見世物のように人がじろじろと見ていた。三人は我に返って、バツが悪くなる。
亜季はたくさんの人目に晒されて耐えられない。言い合いしていた自分が馬鹿に見えた。
「もういいわ。ほら、あなたがこれをもっていいから」
亜季はクマのぬいぐるみを里奈子に押し付けた。
「えっ、急に殊勝になって、何よ」
情けをかけられたみたいで、里奈子も悔しい。
「私、もう帰る。どうかお幸せに」
亜季は投げやりになっていた。篤志への未練もこれで吹っ切れた。
「ちょっと待ってよ」
里奈子は引きとめようとすると、篤志が遮る。
「もうこれでいいじゃないか。放っておけよ」
里奈子はその時、篤志への気持ちが急に冷めていた。元カノに誠意を示さずに別れる男は自分もいつか同じ事をされるかもしれない。
本物のクマのぬいぐるみを見つめ、自分のおろかさにも気づかされた。
篤志を振り払い、里奈子は走り出す。
「待って、亜季さん」
亜季は立ち止まり、振り返る。里奈子が篤志を放っておいて、自分を追いかけて来たことに驚いた。再び里奈子と向き合った時、不思議と心にはわだかまりがなかった。
「ねぇ、このクマと一緒に写真を撮らない?」
里奈子に言われ、亜季は暫く考えて「うん」と面映く返事する。
緊張が解けたようにふたりは軽く微笑みあった。
その二人の様子を見ながら篤志は、一人突っ立って何も出来ないでいた。
その日、ツイッターには本物と偽物のクマのぬいぐるみが一緒に並んだ写真がアップされた。一時は偽物を載せたことで炎上していたけど、本物と並ぶことで皆その奇跡に興奮していた。
その陰で何があったかは当の本人たち以外誰も知る由がなかった。