テレビの取材のせいでミカチャレンジの知名度が広がった。そこにクマのぬいぐるみを手にした人のコメントもどんどん発信され、皆が口々に幸せをおすそ分けしてもらったなどと、いい事をいうから、縁起担ぎのためにクマのぬいぐるみを追いかける人がでてきてしまった。
「テレビに出てから、お星さまとクマちゃんは人気ものになっちゃったね」
「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるからね」
 ミカはクマのぬいぐるみに戻ってきてほしいから、少し不安になっている。以前ほど活気ある気分で写真を見ていない。早く戻ってきて欲しいのだろう。
 写真が掲載される回数が以前よりも増えているが、まるでリレーのバトンのように次から次へと手当たり次第に人々の手に渡されているようだ。
 写真を撮られている場所に動きがあまりなく、一つの街に停滞している様子だ。ミカのいる病院から遥か遠くの場所にいて、全然近づいてこない。
 ――ミカちゃん、元気になってね。
 ――応援しているからね。
 などと、コメントが増えると、早くこっちに戻してくれと優子は言い難かった。
「なあ、優子、最近ミカの様子がおかしくないか?」
 ミカの見舞いの帰り、病院の廊下で夫の秀則に言われ、優子は事情を話した。
「中々、クマのぬいぐるみがこっちに戻ってこないから心配しているのよ」
「だったら、同じものを買ってこようか」
「そんなことをしてもばれるわよ。写真だけはアップされ続けているのに」
「でも、本当に心配していることが原因だろうか。俺が訪れても最近、いやにベッドから起きようとしないよね」
 秀則に言われ優子はハッとする。
「ちょうど会いに来る時間帯が悪いのよ」
「仕方ないじゃないか。仕事があるんだから遅くなってしまうんだから」
 秀則のせいにしたところで優子には薄々感じているものがあった。それに触れたくなくて話題を変える。
「ちゃんと、ご飯食べてるの?」
「ああ、なんとか自分の事はできるよ。優子もずっと付き添いで大変だろ」
「お義母さんも時々交代して下さるから、助かってるわ」
 秀則の母を立てる優子。
「そうは言っても俺の母は年だから思うように手伝えないからな。そういえば、優子のお母さんは見つかったのか? もう随分会ってないんだろ」
「親戚には母から連絡があったら知らせてとは言ってるけど、母は私を置いていったという負い目があるから会いに来れないんだと思う。私は気にしてないのに。あれはいびり倒して追い出したお祖母ちゃんと庇わなかった父が悪い」
「優子の家は複雑だったもんな」
「でも今私は幸せよ。お義母さんもお義父さんも優しいし……だけどミカを健康に産んであげられなかったことがとても悔やまれるわ。私が変わってあげたい」
「何を言ってるんだ。大丈夫だから」
 秀則はそっと優子を抱きしめた。
 秀則も辛い思いをしているのは優子もわかっていた。ミカを授かる前も安定期に入る前に一度流産している。悲しみに暮れてその後やっとミカを授かったというのに、今度は元気に育ってくれない。
 なぜ自分ばかりがこんな悲しい目に遭ってしまうのだろう。これ以上子供を亡くすのは優子には耐えられなかった。
 奇跡は絶対起こる。ミカはどこにもいかない。ずっと自分の側にいる。毎日祈る思いだった。
 そんな思いも虚しく、それから数日たったある日のことだった。恐れていたことが起こってしまった。ミカの具合が急に悪くなってしまったのだ。優子は胸がつぶされそうに辛くてたまらない。
「ミカ、しっかりして」
「ママ、お星さまとクマちゃんは戻って来れそう?」
 弱弱しい声でミカは尋ねる。
「大丈夫よ。ちゃんと戻ってくるからね」
「戻って来たら、今度はミカがお星さまと旅行するの」
「だから元気にならないとね」
「うん」
 ミカは精一杯に笑おうとしていた。
 ミカは大丈夫。絶対に死なない。そう強く願えば願うほど涙が溢れてくる。
 あのミカチャレンジがなかったら、ミカはもっと早くに弱っていたのかもしれない。
 生きる希望があったからこそ、命が続いていた。
 お星さまが帰りたいとミカが見てしまったあの夢のせいで、一時的にミカの気力を削いだのかもしれない。旅行したクマのぬいぐるみが戻ってくれば、また元気がでるかもしれない。
 今までがずっと奇跡の連続だった。最後、ミカにだって奇跡が起こってもいいはずだ。優子は勢いついてツイッターに呟いた。
<いつも皆さんの温かいご支援をありがとうございます。クマのぬいぐるみは今どこにいますでしょうか。できたらそろそろ帰ってきて欲しいと願っています。よろしくお願いします。>
 病院のサイトのリンク先も沿えて、ここに来て欲しいことを記した。
 それでもこっちへ向かっているといった情報が見られない。
 そうしているうちにミカの状態がどんどん悪くなってしまった。