ルリが地下牢に向かっていた頃、ルナは――――。

 ガチャッ

 部屋の大きな窓の鍵が開く音が聞こえる。

 小さく開かれた窓の中に一つの影が入り込む。

 直後に部屋の中からは凄まじい殺気が溢れた。

「初めまして、グレイストール様でございますね?」

 影から現れた小柄の者を睨む男は、その手に愛剣を握っている。

「貴様は誰だ?」

「はっ、私は諜報を得意とする集団『シュルト』の一員、『シュベスタ』と申します」

「『シュベスタ』…………それで? その『シュルト』とやらはどうして俺に?」

「我が主は、此度の戦争(・・)を見ておりました。この先どちらに付くべきか悩んだ結果でございます」

「ほぉ……貴様ほどの者が仕えている者とは」

「はっ。『シュルト』の首領は『ヒンメル』と申します」

「……聞いた事はないが、貴様の能力は確かなモノだな」

 現に、窓に近づくまで気付けなかったハレインは、小さく冷や汗をかいていた。

 まさか――――インペリアルナイトである自分がここまで近づくまで気付かない相手がいる事に、少し安心(・・)してしまう。

「私はこの街の地下(・・)におりますので、いつでもこの『シュベスタ』に声を掛けてくださいませ」

「……分かった」

「これから良い関係を築きたいとの首領からの言葉です」

 そう言い残した小柄の影は、その部屋から消え去った。

 ほんの少し開いた窓は、元々開いてなどいないと言わんばかりに元通りになっている。

「…………『シュルト』に『シュベスタ』か、あんな化け物が王国で仕えているとは聞いた事はないな……つまり、俺にも運気が回ったという事か…………」

 その時、部屋の扉からノックの音が聞こえた。

「入れ」

 扉が開き、執事が一人足早に入って来ては、ハレインの耳元に呟いた。

「…………ほぉ、王国もバカではなかったか。そう言えば、丁度良いタイミングだな。地下(・・)に『シュベスタ』という小柄なモノに彼奴の始末を依頼しろ」

「はっ」

 執事はまた足早にハレインの部屋を後にする。

「さて、『シュルト』とやらの力を見せて貰おうか」



 ◇



 宿屋で待っていたシヤの下に、ルリとルナが帰って来た。

「おかえり」

「「ただいま」」

「どうだった?」

「俺の方は、騎士イグニに接触出来て、確証を得られたよ」

「私の方は、無事ハレイン様に接触出来たよ」

「順調だね。では、直ぐに動くはずだから、明日が楽しみだね」

「うん!」

「短いけど、休もうか。休まないとソラくんに怒られてしまうからね」

 ルリとルナが苦笑いを浮かべる。

 二人はずっと働けると言っても、マスターであるソラは決して聞いてはくれない。

 しかも、意外とそういう所だけは妙に勘が鋭いソラなので、休まず働くと何故かすぐバレるのだ。

 三人はそのまま眠る事にした。



「…………えっと、俺はソファでいいと思うんだけど?」

「「駄目!」」

 宿屋で最も大きいベッドの部屋のため、三人がベッドに横たわっても余裕があるベッド。

 真ん中にルリを置いて、左右にシヤとルナが横たわる。

 ルリが逃げられないように、二人が腕に絡んで離してくれず、ルリは苦笑いを浮かべ、眠りに付いた。



 ◇



 次の日。

 グレイストール領都シサリの地下にある闇の者達が巣くう地下街。

 その一角に、彼らをまとめているボス部屋。

「しゅ、シュベスタ様! こ、こちらに手紙が届いております……」

 大きな身体のボスは、一枚の手紙をテーブルに差し出して、ソファに優雅に座っている小柄の女性に震え上がっている。

「ご苦労様。こちらは報酬です。これからも頼みましたよ?」

「は、はい! あ、ありがたき幸せ!」

 金貨が入った袋を持ったボスは安堵の息を吐き、部屋から逃げるように外に出た。

 ルナは手にした手紙を読み始める。

 そして、小さく笑みを浮かべた。



 ◇



 ルナが手紙を受け取ってから、半日後。

 ガチャッ

 ハレインが睨んでいる部屋に、『シュベスタ』が現れる。

「お待たせしました、ハレイン様」

「ふむ。それが例の男の正体か?」

「はっ。胴体は既に燃やしておりますので」

 そう話す『シュベスタ』は、持っていた布袋をゆっくりハレインに手渡す。

 この時間もハレインが油断する事はないが、『シュベスタ』は一瞬で首が飛ぶ距離でも、決して敵意は見せず、そっと渡し離れて窓際に移動する。

 ハレインは『シュベスタ』が一瞬で詰められない距離に行って、初めて布袋の中身を確認する。

「こいつは…………王都め、いよいよこういう手まで使ったか」

「失礼だとは思いますが、その男の正体をご存知で?」

「ああ、こいつはゼラリオン王国の王都の盗賊ギルドを仕切っていた男だ。強くはないが、こういう隠れる事は得意だったが…………時期的に考えればジェロームではなく、ビズリオの奴か」

「…………」

「シュベスタ、よくやった。報酬は何が欲しい」

「はっ、素材でお願い致します」

「ふむ。現金はいらないのだな――――――あれをくれてやろう。これからもこのハレインの為に働くがよい」

 そう話すハレインは、本棚の奥から金庫のようなモノを取り出し、中を開ける。

 ルナは内心、このハレインはこのタイプの隠し庫が好きなんだなと思うが、決して表情には出さない。

 ハレインは中から一つの宝石を取り出し、『シュベスタ』に向かって緩く投げる。

 『シュベスタ』の手に届いた宝石は、美しく光り輝く真っ白な宝石だった。

「これ程のモノを?」

「ああ、先行投資だ」

「かしこまりました。我が主もきっとお喜びになります。私は日に一度地下に参りますので、今回同様いつでも呼んでくださいませ」

「ああ」

 そして、また闇に紛れた『シュベスタ』が、部屋から消え去った。


「くっくっくっくっ、くはーはははは! 王め、これで諜報員はもういない、となるとこのまま我々が力を付けば、あとすぐだ! 待っていろ…………その首、この手で切り落としてやろう」

 ハレインの声が部屋中に響き渡っていた。

 まさか――――シュベスタがまだ聞いていたとも思わずに。