ワカナは書きはじめたのは、オーソドックスな異世界トリップ小説だった。
自分が好きなRPGの世界観に酷似している世界観だ。この世界観の特徴は、魔法も科学も普通に混在している世界観だということ。それに村や町に一件は存在する魔導士組合に行けば、誰でも簡易的な魔法は教えてもらえるということ。人と戦ってやっつける、襲ってくる人から身を守るというほど高位な魔法は練習や研究を重ねた上でないと使えないが、畑を耕すのに便利、鍛冶仕事をするのに便利程度の魔法だったら習得できる。
そこで主人公は拾ってくれた村人たちと一緒に村おこしを頑張るという、スローライフな話だ。
小難しくないし、田舎のおばあちゃんの家の雰囲気を畑の描写に入れた。何度も何度も人の小説を借りて勉強したおかげで、ワカナは最初の頃よりもずっと書きたいことを書く文章力、書かなくていいことは省く省略力が伸びていた。
オリジナルの小説なんてはじめてだったけれど、いざ書き出してみるとキーボードから物語が溢れてくるようで面白い。
ワカナは書きあがった部分を読みながら、目を細めた。面白い。自画自賛ではあったが、本当に面白いと思ったのだ。
それにわくわくしつつ、投稿しようとして、気が付いた。メっセージが届いている。ピコアプの運営アカウントからだ。
ピコンと音を立てながらそのメッセージの内容を読み、思わずワカナは目を見開いた。
【該当作品が盗作であると連絡を受けまして削除しました】
心臓の音が聞こえる。ワカナはバクバク言う心臓の音を耳に、そろっと自分の作品欄のページを見た。
数が減っている。初めて書いた『學園英雄録』の小説だ。
盗作。
その言葉にワカナは首を振った。
違う。あれは練習であって、盗んでなんかいない。借りただけで。違う。
ワカナは自分の残していたファイルを取り出すと、黙ってもう一度その作品を上げた。激しく鼓動する心臓の音は鎮まったかのように思えた。
「違うもん……盗んでなんか、いないもん……」
それでも、後ろめたい気持ちがなかったら、こんなに心臓が痛くならないということを、ワカナはわかっていない。
彼女はまだ、足りないのだ。
一生懸命書いた小説を上げる気がなくなって、そのままぽいっと置いていると、またメッセージが来たことに気が付いた。
今度は運営アカウントじゃない。見知らぬユーザーアカウントだ。
いったい誰だろう。本当に知らないアカウントにとまどいつつメッセージを開いて、目を見開いた。
そこには自分が今まで書いた小説のスクリーンショットと一緒に、長い罵倒が続いていた。
【盗作して、恥ずかしくないんですか?
はじめまして。「作家倶楽部」から来ました。
あなたがやまだはなはな先生の小説を盗作しているのを発見して気が付きました。あなたは自分のやっていることに対して恥ずかしくないんですか?
あなたにとってはちょっと作品を借りるだけの程度だったのかもしれませんが、はなはな先生はあのシリーズのために資料を大量に集めて、自分で取材した上であの短編を上げました。
あなたが書いているのは小説ではありません。
小説と名前をつけるのも恥ずかしいゴミです。
今だったら小説を削除するだけで許してあげますが、これ以上続けるようでしたら、こちらにも考えがあります。】
そして貼り出されたアドレス。
貼り出されていたのは、ワカナが小説を借りるだけ借りて名前も忘れていたさかくらの一ユーザーのブログだった。
そこは彼女の執筆日記らしく、小説を書くためのあれやこれが載せられていた。
【資料を買いました!
バレエ雑誌、子供バレリーナ向けの本と、大人バレエ鑑賞者向けの本を一冊ずつ購入しました! 子供バレリーナ向けにはバレエの基本的な練習方法や靴の選び方が書かれていて面白くて、大人バレエ鑑賞者向けにはバレエダンサーのインタビューやそれぞれのバレエの表現方法の違いが載っていて、目線が違って大変面白いです。
すこしずつ勉強していきますよ!】
【観に行ってきました!
勉強してから観に行ったものの、クラシック音楽を聴いて寝てしまうんじゃないかと不安で不安で、コーヒーをたーくさん飲んでからのバレエ鑑賞会でした。
演目は『くるみ割り人形』ですが。
いやもう、ぜーんぜん眠ってる暇なんてありませんでした! 本当に演技が面白くって、バレエの踊りが綺麗で、コミカルなシーンもしっとりと魅せるシーンも、なによりも生で聴くクラシックに合わせて踊るパ・ド・ドゥの美しさがたまらなくって、夢中で見てしまいました!
この熱気と感動は、絶対に小説に落とし込まないといけないと思いました!】
【舞台設定
舞台にしている学園ですが、モデルがあるんですよ。イギリスの寄宿学校をモチーフにしている〇〇学園の校舎をモチーフにしているんです。
学部設定は創作ですが、芸術総合学園ということで、こちらはフランスにある〇〇をモチーフに落とし込んでいます。芸術に関係する考え方が、日本と海外だと全然違うんだなと勉強になりました。】
世界観設定、キャラクター設定、そこに流れるテーマや雰囲気……。たった一作書くためにいったいどれだけ資料を集めたのか。
この話はバレエをモチーフにしているだけで、全部バレエ関連の話ではない。でもたった一作の話を書くためだけに、いったいどれだけの資料を集めて設定を書いたのか、想像しただけでくらくらとしてきた。
ワカナはそれを見て、黙って管理ページに飛んだ。
そこには【アカウント削除】のボタンが存在する。
たくさん小説は書いたものの、どれもこれも名前も忘れてしまった書き手から取ってきたもので、自分の書いたものなんて……。
……いや、あった。
書き方なんてわからなくって、箇条書きになってしまった小説。今読み返してみれば拙くって仕方がないものの、楽しくって楽しくってしょうがなく書いた小説……とも読めないなにかだ。
どうして。
ワカナは震えながら思う。
どうして、忘れてたんだろう。小説を書くことは、楽しいことだったはずなのに。
どうして、間違えちゃったんだろう。
だって、書いてて楽しいんだもん。でも、どうして間違えちゃったんだろう……。
ポチンと押したら、【本当に削除しますか?】と聞かれたが、もうワカナは迷うことがなかった。
【はい】
途端に、今まで書いていた小説は全部消えてしまった。
それにワカナは、わんわんと泣いてしまった。
ブックマークや「いいね」をたくさんもらった作品を惜しんでじゃない。ほとんどの人に見向きもされなかった拙過ぎる小説たちに対してである。
****
「えー……ワカナ、アカウント消しちゃったんだあ。残念。もっと読みたかったのになあ」
ミナモにそう言われて、ワカナは曖昧に笑う。
「うん。もうちょっと書きたいこと頑張ろうって思って」
「うーん、二次とオリジナルって、読む層ぜんぜん違うよ? 二次読んでる人ってオリジナル読まないし、オリジナル読んでる人って二次を馬鹿にするし」
「知ってるよ。でも……」
ワカナは一生懸命スマホで書いたファンタジー小説をミナモとナノハに読ませてみた。まだ怖くて新しいアカウントはつくっていないが、もうちょっと勇気が出たらアカウントはつくってみるつもりだ。
ピコアプやさかくらは怖かったけれど、あまり怖くない小説投稿サイトだってあるかもしれない。
ワカナは「あれ、意外と面白い」と言ってくれたし、淡々としていたナノハは、意外と食いつきがよかった。
「すごいね、異世界トリップものって、もう手垢ついていると思うし、誰でも習えば魔法が使える設定って、意外と見ないよ」
「え……そうなのかな……好きなゲームにはそんな設定があったから、よくあることなのかと思ってたけど」
「だいたいどの世界観も、選ばれた人じゃなかったら魔法は使えないって設定通しているところが多いんじゃないかな。昔のRPGも魔法使えるキャラと使えないキャラと別れてたし」
「へえ……」
「じゃあ、ライバルだね。一緒に頑張ろうよ」
そう言いながら、ナノハも小説を見せてきた。その内容を見て、ミナモとワカナは驚いた。
イギリスのジャック・ザ・リッパーをモチーフにしたイギリスを舞台にした伝奇小説だったのだ。一見とっつきにくい上に手垢のついたテーマにも関わらず、乾いた文章と飽きの来ない展開でぐいぐいと読む人間を引っ張り込んでくる。
「驚いた……普段から分厚い本読んでると思ったら……ナノハこんなん書けたんだねえ……」
「面白い、ナノハすごいよ」
それにナノハは胸を張った。
「だって、小説は面白かったらいいんだもの」
自分が好きなRPGの世界観に酷似している世界観だ。この世界観の特徴は、魔法も科学も普通に混在している世界観だということ。それに村や町に一件は存在する魔導士組合に行けば、誰でも簡易的な魔法は教えてもらえるということ。人と戦ってやっつける、襲ってくる人から身を守るというほど高位な魔法は練習や研究を重ねた上でないと使えないが、畑を耕すのに便利、鍛冶仕事をするのに便利程度の魔法だったら習得できる。
そこで主人公は拾ってくれた村人たちと一緒に村おこしを頑張るという、スローライフな話だ。
小難しくないし、田舎のおばあちゃんの家の雰囲気を畑の描写に入れた。何度も何度も人の小説を借りて勉強したおかげで、ワカナは最初の頃よりもずっと書きたいことを書く文章力、書かなくていいことは省く省略力が伸びていた。
オリジナルの小説なんてはじめてだったけれど、いざ書き出してみるとキーボードから物語が溢れてくるようで面白い。
ワカナは書きあがった部分を読みながら、目を細めた。面白い。自画自賛ではあったが、本当に面白いと思ったのだ。
それにわくわくしつつ、投稿しようとして、気が付いた。メっセージが届いている。ピコアプの運営アカウントからだ。
ピコンと音を立てながらそのメッセージの内容を読み、思わずワカナは目を見開いた。
【該当作品が盗作であると連絡を受けまして削除しました】
心臓の音が聞こえる。ワカナはバクバク言う心臓の音を耳に、そろっと自分の作品欄のページを見た。
数が減っている。初めて書いた『學園英雄録』の小説だ。
盗作。
その言葉にワカナは首を振った。
違う。あれは練習であって、盗んでなんかいない。借りただけで。違う。
ワカナは自分の残していたファイルを取り出すと、黙ってもう一度その作品を上げた。激しく鼓動する心臓の音は鎮まったかのように思えた。
「違うもん……盗んでなんか、いないもん……」
それでも、後ろめたい気持ちがなかったら、こんなに心臓が痛くならないということを、ワカナはわかっていない。
彼女はまだ、足りないのだ。
一生懸命書いた小説を上げる気がなくなって、そのままぽいっと置いていると、またメッセージが来たことに気が付いた。
今度は運営アカウントじゃない。見知らぬユーザーアカウントだ。
いったい誰だろう。本当に知らないアカウントにとまどいつつメッセージを開いて、目を見開いた。
そこには自分が今まで書いた小説のスクリーンショットと一緒に、長い罵倒が続いていた。
【盗作して、恥ずかしくないんですか?
はじめまして。「作家倶楽部」から来ました。
あなたがやまだはなはな先生の小説を盗作しているのを発見して気が付きました。あなたは自分のやっていることに対して恥ずかしくないんですか?
あなたにとってはちょっと作品を借りるだけの程度だったのかもしれませんが、はなはな先生はあのシリーズのために資料を大量に集めて、自分で取材した上であの短編を上げました。
あなたが書いているのは小説ではありません。
小説と名前をつけるのも恥ずかしいゴミです。
今だったら小説を削除するだけで許してあげますが、これ以上続けるようでしたら、こちらにも考えがあります。】
そして貼り出されたアドレス。
貼り出されていたのは、ワカナが小説を借りるだけ借りて名前も忘れていたさかくらの一ユーザーのブログだった。
そこは彼女の執筆日記らしく、小説を書くためのあれやこれが載せられていた。
【資料を買いました!
バレエ雑誌、子供バレリーナ向けの本と、大人バレエ鑑賞者向けの本を一冊ずつ購入しました! 子供バレリーナ向けにはバレエの基本的な練習方法や靴の選び方が書かれていて面白くて、大人バレエ鑑賞者向けにはバレエダンサーのインタビューやそれぞれのバレエの表現方法の違いが載っていて、目線が違って大変面白いです。
すこしずつ勉強していきますよ!】
【観に行ってきました!
勉強してから観に行ったものの、クラシック音楽を聴いて寝てしまうんじゃないかと不安で不安で、コーヒーをたーくさん飲んでからのバレエ鑑賞会でした。
演目は『くるみ割り人形』ですが。
いやもう、ぜーんぜん眠ってる暇なんてありませんでした! 本当に演技が面白くって、バレエの踊りが綺麗で、コミカルなシーンもしっとりと魅せるシーンも、なによりも生で聴くクラシックに合わせて踊るパ・ド・ドゥの美しさがたまらなくって、夢中で見てしまいました!
この熱気と感動は、絶対に小説に落とし込まないといけないと思いました!】
【舞台設定
舞台にしている学園ですが、モデルがあるんですよ。イギリスの寄宿学校をモチーフにしている〇〇学園の校舎をモチーフにしているんです。
学部設定は創作ですが、芸術総合学園ということで、こちらはフランスにある〇〇をモチーフに落とし込んでいます。芸術に関係する考え方が、日本と海外だと全然違うんだなと勉強になりました。】
世界観設定、キャラクター設定、そこに流れるテーマや雰囲気……。たった一作書くためにいったいどれだけ資料を集めたのか。
この話はバレエをモチーフにしているだけで、全部バレエ関連の話ではない。でもたった一作の話を書くためだけに、いったいどれだけの資料を集めて設定を書いたのか、想像しただけでくらくらとしてきた。
ワカナはそれを見て、黙って管理ページに飛んだ。
そこには【アカウント削除】のボタンが存在する。
たくさん小説は書いたものの、どれもこれも名前も忘れてしまった書き手から取ってきたもので、自分の書いたものなんて……。
……いや、あった。
書き方なんてわからなくって、箇条書きになってしまった小説。今読み返してみれば拙くって仕方がないものの、楽しくって楽しくってしょうがなく書いた小説……とも読めないなにかだ。
どうして。
ワカナは震えながら思う。
どうして、忘れてたんだろう。小説を書くことは、楽しいことだったはずなのに。
どうして、間違えちゃったんだろう。
だって、書いてて楽しいんだもん。でも、どうして間違えちゃったんだろう……。
ポチンと押したら、【本当に削除しますか?】と聞かれたが、もうワカナは迷うことがなかった。
【はい】
途端に、今まで書いていた小説は全部消えてしまった。
それにワカナは、わんわんと泣いてしまった。
ブックマークや「いいね」をたくさんもらった作品を惜しんでじゃない。ほとんどの人に見向きもされなかった拙過ぎる小説たちに対してである。
****
「えー……ワカナ、アカウント消しちゃったんだあ。残念。もっと読みたかったのになあ」
ミナモにそう言われて、ワカナは曖昧に笑う。
「うん。もうちょっと書きたいこと頑張ろうって思って」
「うーん、二次とオリジナルって、読む層ぜんぜん違うよ? 二次読んでる人ってオリジナル読まないし、オリジナル読んでる人って二次を馬鹿にするし」
「知ってるよ。でも……」
ワカナは一生懸命スマホで書いたファンタジー小説をミナモとナノハに読ませてみた。まだ怖くて新しいアカウントはつくっていないが、もうちょっと勇気が出たらアカウントはつくってみるつもりだ。
ピコアプやさかくらは怖かったけれど、あまり怖くない小説投稿サイトだってあるかもしれない。
ワカナは「あれ、意外と面白い」と言ってくれたし、淡々としていたナノハは、意外と食いつきがよかった。
「すごいね、異世界トリップものって、もう手垢ついていると思うし、誰でも習えば魔法が使える設定って、意外と見ないよ」
「え……そうなのかな……好きなゲームにはそんな設定があったから、よくあることなのかと思ってたけど」
「だいたいどの世界観も、選ばれた人じゃなかったら魔法は使えないって設定通しているところが多いんじゃないかな。昔のRPGも魔法使えるキャラと使えないキャラと別れてたし」
「へえ……」
「じゃあ、ライバルだね。一緒に頑張ろうよ」
そう言いながら、ナノハも小説を見せてきた。その内容を見て、ミナモとワカナは驚いた。
イギリスのジャック・ザ・リッパーをモチーフにしたイギリスを舞台にした伝奇小説だったのだ。一見とっつきにくい上に手垢のついたテーマにも関わらず、乾いた文章と飽きの来ない展開でぐいぐいと読む人間を引っ張り込んでくる。
「驚いた……普段から分厚い本読んでると思ったら……ナノハこんなん書けたんだねえ……」
「面白い、ナノハすごいよ」
それにナノハは胸を張った。
「だって、小説は面白かったらいいんだもの」