「はあ……そんなことあったんだ。やまださんがネット撤退ねえ……」
「信者は信者でも狂信者がつくっていうのも考え物だよ。あの人全然悪いことしてないのに気の毒過ぎる」
「でもその間にも、本当に盗作していた人がいたんだねえ?」
「うん。でも見ている限り、あの子もまだ高校生みたいだし、まだ悪いこと辞められる時期にお咎めが入ったのだけが救いじゃないかなあ……正直、承認欲求の塊みたいになった人は、もう自分と違う意見の人を問答無用で攻撃する自動マシンガンみたいになっていて手に負えないし」
「どっちもどっちだって思うよー」

 通された場所は、空調が効いてひんやりとしている。その中では色とりどりの本が積まれていた。
 同人誌即売会。オタクの祭典だと思われがちだが、元々同人誌というものは文豪たちが自身の作品を発表する場として利用していたものだ。今でも創作小説オンリーの即売会は点在している。
 まだ参加者が入ってこない間は、出店者たちがそれぞれのブースに挨拶に行ったりめぼしい本を買いに行ったりしているのだ。
 隣同士のブースを取って、ふたりはのんびりと話をする。長年創作に関わっていて、ときおり小説投稿サイトの情報交換をしつつ、首を傾げていたのだ。

「うーん……盗作した人のことをかばうわけじゃないけど、これは誰だってなる可能性はあるなあと思ったな」
「そう?」
「うん。褒められるのって癖になるから。社会人ってさ、褒められる数って限りがあるし。今の高校生だって、家庭環境によっては褒められ慣れしてないと、ちょっと褒められただけで有頂天になっちゃうよ」
「うーん……でもさ、創作って、褒められたからで、続けられるもんでもないよね? だって、一作書くのに体力だっているし、一作書き終わったからって、はい次ですぐに小説が書けるわけじゃない」
「でもさ、誰だっておだてりゃ木に登っちゃうもんだと思うよ。それが嬉しくって、やっちゃいけないことしちゃう人だっているしさあ、ネットサイトでテンプレート作品以外見なくなっちゃうのの根幹って、結局そこに関係すると思うんだよねえ」
「褒められて天狗になって、そのテンプレート作品以外書かなくなっちゃうって……?」
「うん」

 つくづく書き手は面倒くさくできている。
 感想が欲しい。でも中傷はいらない。褒めてほしい。でも褒められ過ぎると、どこがそんなにいいのかわからない。
 そんなことを言い合っている内に会場時間が近付いてきた。

「なんかさあ、プロの作家でもいるじゃない。『自分は売れるために自分の作風なんて捨てました。キリッ』って言っている人と、『今回はこんな話を書きました、皆読んでね』って言う人と」
「いるねえ……」
「どっちも間違ってはいないと思うんだよね。ランキングに載るために人気のジャンルやテンプレートだけで書くのも、ランキングに載らなくてもいいって自分の作品突き詰めるのもさ。でもさあ……さっきあんたも言ったでしょう? 創作って、ただの承認欲求だけで続けられるもんじゃないじゃない。自分の作品にさ、プライド持ったがいいよって思うんだよ」
「プライドって……人気なんか関係ないっていう奴?」
「違うよ。どんなに酷評でも、自分だけは、書き手だけは本当に面白いって思えるもの書こうよって思うの。とりあえずテンプレートどおりに書いてりゃいいって、テンプレートを言い訳にするのと、自分の魂載せて書いてる小説だったら、もう全然違うじゃない。テンプレートどおりに書いてるから面白いんじゃなくってさ、その人の作品だから面白いんだよ。承認欲求が高まり過ぎたら、なにがなんでも褒められたいって、出てきちゃうもんじゃないかなあ……承認欲求自体は間違ってはいないと思うんだよね。それによって創作をどんどん書き進められる求心力になっている間は。問題は、商人欲求が高まり過ぎて、自分の中のなにかが歪められたとき、プライドなかったら引き返せなくなるんじゃないかなと。書きたいこと。書きたい登場人物。書きたいエピソード。書きたい世界観。それらをテンプレートに押し込めた途端に窮屈になって、なにも書けなくなってしまう人だって中にはいる。書きたいことを書ききれない人が、魔が差すことだって、ありうる話じゃないかなあ……」
「なんか哲学的だよね」
「承認欲求の悪魔か。論文に出るよ。これは」
「出ない出ない」

 しゃべっている間に、スタッフの声が響いた。

「そろそろ一般参加者が入場します」
「それじゃ、今日は本が捌けるといいねえ」
「うん。頑張ろうか」

 ゆったりとしながら、創作が好きな人々が、入場する。