カラカラカラ……
 扉が開く音がする。
「こんばんは。久しぶり!」
「あ、扇子おじちゃん久しぶり! おかーさーん! お客さん来たよー!」
 私は厨房にいるお母さんを呼ぶ!
 中からお母さんがでてきた。
 紫の着物に簪でまとめた綺麗な黒髪。
 私のお母さんは今日も美しい。
「お久しぶりです。彩子さん」
「いらっしゃいませ! お久しぶりです。富久さん」
「繋ぎ屋定食でお願いします」
「了解です!」
 その時、カラカラカラ……
 またお客さんが来たみたいだ。
「彩子さん昨日ぶりー! 今日、繋ぎ屋定食唐揚げの日でしょー! 私の大好物だから食べに来たわっ!」
 今日いちばんの元気な声。彼女は夕子。まるで夕日のような目はいつまでも見ていられる。私はとっても好きなのだ。
「いらっしゃい! 夕子! いつもありがとね
「彩花ー! お客さんにお水とおしぼり出してあげて!」
「はーい!」
 お母さんは慌ただしく厨房に入っていった。私はお水をついで、おしぼりを棚から取り、2人の所まで持っていった。
「ありがとう! 彩花ちゃん偉いねぇー」
「ありがとう! ほんっと! 偉いわね! お母さんのお手伝いこれからもしてあげてね!」
 このふたりの言葉がほんとに嬉しかった。
 その後私は隅の机で学校の宿題をした。
 2人はそのことも褒めてくれた。
 しばらく2人は喋っていた。
 その間、どんどん唐揚げの美味しそうな匂いが強くなっていった。
「おまたせしました!」
 いつの間にか出来たみたいだ!
 お母さんの持つお盆には唐揚げ定食が乗っていた。
「まぁー! 美味しそうね!」
 夕子さんはテンションが高い。
 お母さんは2人の前にご飯を運ぶとこっちに来た。手には小さなお皿が握られている。
「はい!勉強お疲れ様。」
 そう言って置かれたお皿には出来たての唐揚げがひとつ乗っていた。
「ありがとう!」
 ほんと美味しそう。
 それぞれいただきますをして食べだした。
「美味しい…」
 夕子が思わずそう言った。
 それにつられてか
「今日のご飯も美味しいな」
 って扇子のおじちゃんも言った。
 お母さんはにこにこして嬉しそうだった。
 2人はご飯を完食して帰って行った。また来ると言って…
  それからも何人かお店に来た。
 みんなほとんど繋ぎ屋定食を頼んで、にこにこ笑顔になって帰って行く。今日は見かけなかったけど、たまに元気の無いお客さんが 来ても、お母さんのご飯を食べてたら帰る時にはにこにこ笑顔。
 そういうこともあって、私はこのお店が大好きだ。
 お母さんもお客さんも全部大好きだった。
 でも一つだけ不満があった。
 それはお母さんとの約束だった。
 昔からずっと言われてること。
「彩花。一つだけ約束して欲しいの。できる?」
「うん。」
「あのね、このお店のことはね、誰にも言っちゃいけないの。なんでかって言うとね、お母さんのご飯を食べていいのはこのお店に来た人と、彩花だけなの。それがお母さんとのたった一つの約束。お願い。」
 そう言ってお母さんは私の前に小指を出した。
「わかった!約束!」
 正直、納得いかなかった。私はみんなに自慢したかった、お母さんのご飯を食べさせてあげたかった、大好きだから、美味しいから……だって、私の一番の自慢なんだもん。
 でも、大好きなお母さんとの約束だから、破る訳にはいかなかった。
 私はお母さんの小指に自分の子指を絡める。
 その行動が戒めのつもりだった。