ブーブーと振動が伝わってきて、飛び起きた。目を細めながらスマホの場面を見る。そこにはなんと、木島和哉と表示されていた。しかも電話だ。

一気に眠気が吹っ飛んだ。見間違いかと思って目を擦りもう一度見る。間違いじゃない。木島和哉と書かれている。

震える右手で、通話ボタンをタップする。


「……」


しばし無言。耐えきれなくなって、声を発した。


「あの、木島くんですか?」


すると電話越しにも息をのんでいるのが伝わってきた。私が電話をとるとは思っていなかった、というようだ。


「そうです」


すっと聞こえてきた声は、低い男の子の声。緊張しているのか声が震えていた。


「初めまして、立原芽生です」


初めましてに少し、違和感を感じるけれど声を聞くのは初めてだし、まあ合っているだろう。

そしてまた無言になる。何から切り出していいのかわからない。それはきっと相手も同じで。


「「あの」」


声が重なった。そのタイミングに思わず吹き出す。


「すごいですね、今のタイミング」

「本当に」


その会話が、メールの中での私たちのやりとりを彷彿させた。やはり、私とやりとりしていた彼なのだ。


「ごめんなさい、笑ってしまって。あの、メール見ました。今回のことは本当にすみませんでした」


だんだんと声色が緊張を帯びていっているのがわかった。そうして私の回答を待つ。


「はい。でも大丈夫です。メールに書いた通り木島くんにはありがとうしかないので」


でも、と言って彼の言葉が途切れた。そのままになってしまったので、どうにか話を繋げようと思い、


「じゃあ聞いてもいいですか。どうして私にメールを送ったんですか」


疑問を投げかける。これはメールをしていた相手が、木島和哉ではないと判明してから思っていたことだった。彼はやりとりの中で、私の個人情報を聞きだそうとすることはなかったし、他に怪しいと思ったことはない。じゃあ、何が目的だったんだろう。


「立原さんは、俺がこれから言うことを信じてくれますか」

真剣な硬さをまとったような声にこちらも自然と背筋が伸びる。メールの中の彼しか私は知らない。でもそれは、信用するには十分な材料であるように思えた。

そして、私はもちろんと答える。


「……俺と立原さんは同じ人間なんです」


思わぬ言葉に、驚愕する。開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。


「それはどういう話しで?」


私は両親から双子の兄や弟がいると聞いたことはないし、ましてや分裂が可能なわけでもない。

信じるとは言ったもののこれは予想外だ。


「この世界にはパラレルワールドというものが存在します」


そして、私たちは別の世界線を生きる同一人物ということらしい。それを聞いて妙な納得をおぼえた。

私と彼は、同じ。だからあんなにも気が合ったのか。

でも、違う世界の同じ人といっても、性格までそっくり同じと言うわけではないらしい。木島くんは私なんかよりも、いろんな考え方を持っていて、視野が広くて、私があんなメールを送ったにも関わらず、こうして電話をしてきてくれた優しい人なんだから


「俺の世界では、パラレルワールドにいる自分と交信できるシステムがあります」


ただし使えるのは、一生の間の一定期間だけ。中には使わない人もいるらしい。使う時は個人に委ねられているそうだ。


「それで俺は立原さんに連絡しました」

「それはどうしてですか」


パラレルワールドということは、私や木島くんの世界以外の世界線もあるということだ。その中で、私を選ぶとは疑問を持たざるを得ない。

これと言って特に、秀でているところもないし。平凡という言葉が似合う人間だと自覚している。


「それは、立原さんが一番幸せそうだったから」


思わず息をのんだ。一番幸せそうだったから。じゃあ、今彼はどんな状況に置かれているのだろう。平凡と思うような生活をしているだろうか。言葉を推測するに、それはきっとない。


「俺は、小さい頃から病気でずっと入退院を繰り返しています。正直大人になるまで生きられるかどうかもわかりません。だから最後に、自分と話がしてみたくなって、一番幸せな自分と話したいと係員にお願いをしました」


そうして、繋がったのが私というわけだ。


「一番幸せ、というくらいなんだからきっと、立原さんは何にも悩みのない人なんだろうなと思っていました。でも本当は全然違くて、途中からはこれが俺の望む幸せなんだって思うようになりました」


小さなことにぶつかって、悩んで。時には友達と喧嘩もして、仲を深めあっていく。そんな私にとって当たりまえなことが、彼にとっての幸せだという。

それが悲しくて、涙が出てきた。こんなにも、優しくてまっすぐな人がどうして苦しむのだろう。


「立原さんは本当にまっすぐで優しい人ですよね。相手の気持ちを常に考えていて、俺にはないから羨ましいです」


「それは、木島くんの方でしょう?」


涙が混じったような声で言うと、電話の向こうでふふっと笑い声が聞こえた。


「笑わないでください。変な声だとは自覚してますから」

「違うんです。俺たち同じこと思ってたんだなって。ちょっとおかしくって」


すると、ピーと音が入ってきた。