放課後、ホームルームが終わってすぐに私は、待ち合わせ場所に向かった。木島くんを待たせたくないっていうのもあったけど、何よりも早く彼に会いたかったから。

恋愛対象として見るかどうかはひとまず置いておくことにした。

メール越しでしか話したことがないから、妙に緊張する。イメージと違ったって幻滅されたりとかしないだろうか。そもそもどんな会話をすればいいのだろう。いろんな心配事が頭の中に降ってきて、変な汗まで滲んできた。心臓が落ち着かない。

スマホを見ると、約束の時間まで少し余裕があった。その間に、今までの履歴を見て、話題を探しておけばいいのでは。名案だ。そう思いついて私は、アプリをタップした。

けれど、待てど暮らせど木島くんは、待ち合わせ場所に来なかった。初めはただ遅れているだけだと思っていた。学生の予定は読み辛いし、急な委員会とかが入ってくる場合もあるから。でも、それにしても遅い。

もしかしたら咲に言われた通りに、なんらかの詐欺に遭ったのではないかと思い始めていた。この間の検索に引っかからなかっただけで、送られてくる画像はテンプレだったんじゃないか。

そう怪しんでいると、すぐ側を見知った人が通り過ぎていったような気がした。思わず追いかけて後ろ姿を見る。

制服は、北高のもの。つまり、木島くんと同じ高校の生徒だ。髪はすっきりと整えられていて、見栄えがいい。

後ろ姿しかわからないけれど、以前送られてきた写真の彼に似ているような気がした。もしかしたら、違うかもしれない、話しかけたら変な奴だと思われてしまうかも。でも、今このチャンスを逃してしまったら、次はないような気がして。


「すみません、あ、あのっ北高の木島くんですか?」


裏返ってしまった声に思わず赤面する。対して振り返った彼は、送られてきた写真の人そのものだった。他人の空似にしては似過ぎている。本人だ。

メールでやりとりしていたのに、なんだか恥ずかしい。顔を見ることができなくなって視線をそらしてしまう。

けれど、次の瞬間聞こえた言葉は衝撃の一言だった。


「……そうですけど、誰?」


一瞬自分の耳を疑ったが、彼の、木島くんの表情を見る限り、聞き間違いではなさそうだった。


「え、あの私メールで……」

「メール?なんのこと?」


そこで、木島くんに自分が写っている写真を送ったことがないことに気がついた。もしかしたら私が誰なのか気づいていないのかもしれない。急いでメールのやりとりの画面を開いた。


「これです」


差し出すと、木島くんはまじまじと見つめて少しスクロールした後、


「俺、こんなの知らないんだけど。ていうか君誰。俺たち会ったことないよね」


怪しむような口調だった。それを聞いて、この人は本当に私のことを知らないのだと理解する。

どうしよう。でも確かに、メールの中の人物は木島くんだと名乗っていて、目の前にいる彼も間違いなく木島くんだ。詐欺にしては巧妙な手口すぎる。


「ねえ、俺の話聞いてる?」


少し苛立ったような口調。胸が軋むように痛い。メールの中の彼は、こんな乱暴な言い方はしない。確かに、最初は少し距離があったような文面だったかもしれないけれど、結局は優しかった。

最後の確認にと、メールを始めた頃に送ってきた猫の写真を差し出した。その猫は、木島くんが、可愛くね、と送ってきた写真だ。


「これを見てどう思いますか」


いきなりの訳がわからない質問に戸惑っているような様子だったけれど、一つため息をついて。


「特に、ただの猫じゃん」


息を呑む。何を期待していたのだろう。こんな状況になっても、メールのやり取りをしていた木島くんが、目の前にいる彼だと思いたくて。騙されていたんだなんて思いたくなくて。


でも、きっとさっきの彼の言葉が答えだ。目の前にいる人はメールのやり取りをしていた 木島くん ではない。


「変なこと聞いて、すみませんでした。人違いをしていたみたいです。ごめんなさい」


そう言うと、目の前にいる木島くんは災難だったというような顔をしてそのまま去っていった。

その場に取り残され、しばらく放心状態だった。ようやく状況が飲み込めてから、ほとんど無意識に咲に連絡する。


――咲が言ってたこと本当だった

ーーどうゆうこと?

――木島くんから来たメールが詐欺かもって話

――え、何それ。待って、芽生今どこ?


場所を教えてから少しして、焦ったような咲がやってきた。


「あれ、咲どうしたの?」

「どうしたのじゃなよ!さっきのメール本当なの?」


さっきのメール。そっか、咲に木島くんのことを話したんだった。


「そうなんだよね。……騙されちゃってたみたい」


口にしたらなんとも馬鹿らしくなった。届いたメールに一喜一憂して、鵜呑みにして。思えば最初からおかしかった。連絡先が消せない?そんなはずはない。もっと注意深くなるべきだった。ちゃんと連絡先の消し方を調べて、自分から消すべきだった。

それなのに、スマホを買ってもらったことに舞い上がって。騙されて。本当にどうしようもない。


「信じてたんだけどなあ」


口からこぼれ落ちた言葉を口きりにして、涙が止まらなくなった。

メール上でのやり取りだったけど、信じてた。木島くんの温かいであろう人柄が滲み出ているような、文面。咲と喧嘩した時にくれた、励ましの言葉。たまに送られてくる、日常風景を切り取ったような写真。全部、全部好きだったのに。

恋なんて言葉じゃ片付けられない。私と似た感覚を持つ人に、偶然だけれど出会えたと思って嬉しかったのに。どうしようもなくやるせない気持ちが広がって、暗い海の底に沈められて行くみたいに、息が苦しくて、全身が重くなる。


「芽生……」


そっと、咲が抱きしめてくれた。少し気持ちが軽くなるような気がする。でも、それだけでは足りなくて。

やっぱり会いたかった。メールの中の木島くんに。でも、さっき会った本人はそんなこと知らない。そのことがどうしようもなく苦しい。

そうしてしばらくは涙が止まることはなかった。