――ありがとう


それだけ送信する。次に咲に連絡をした。


――さっきはごめん。話したいことがあるから家に行ってもいい?


それだけ送って、図書館を出た。電車に揺られていると、スマホが振動したことに気がつく。咲からの連絡だ。


――いいよ


断られてしまうかもしれないと思っていたので、それはうれしい知らせだった。どう伝えたら、咲にわかってもらえるだろう。さっきみたいな感情に任せた言葉じゃだめだ。でも、同じような会話の流れになったら、傷つけるようなことを言ってしまうかもしれない。答えがまったく見つからない。


――ちゃんと話したらうまくいくよ


なぜか、木島くんから送られてきたメールの言葉を思い出した。確かにそうだ。咲と私の間に嘘はいらない。喧嘩は今まで何度もしてきている。それでもまだ一緒にいるのだから、今は私たちの友情を信じるしかない。変に難しく考えるのはやめよう。そう思ったらいくらか気持ちが楽になっていた。
 
いざ咲の家の前に着くと、心臓がバクバクと音を立てだした。それを抑えるようにして、ふうと一呼吸ついた。インターフォンを押す。ピンポーンと音が鳴ってすぐに、咲が出てきた。


「あの、さっきはごめ……」

「ちょっと待って中で話そう。人目もあるし」


早く言わなければと気持ちが先走ってしまった。恥ずかしい。咲も驚いたようで、呆気に取られていた。

顔が赤くなっているのがわかる。まったく顔が見れない。

部屋に着いてようやく、咲の顔を見ることができた。


「で?さっきの話があるっていうのは何?」


少し怒気をふくんだような声だった。また、震えが戻ってきているのがわかる。


「ごめん、さっきのこと謝りたくて。咲は私のことを考えて言ってくれてたのに……木島くんのことを疑われて、それであんな事言っちゃったんだ。本当にごめんなさい」


声が小さくなっているのが自分でもわかった。
そこまでいうと、咲がすたすたと近づいてきた、何を言われるのか怖くてまた下を向いてしまう。

すると咲と目が合った。下から覗きこんでいる。


「それがわかったならいい!」


ずいぶんとあっけらかんとした言い方だ。もっと何か言われるのかと思っていた。


「もっと、怒られるかと思ったって顔してる」

「どうしてわかるの」

「何年一緒にいると思ってんの。そのくらいわかるって」


咲はいたずらっ子のような顔をして笑っている。それを見てなんだかもっと恥ずかしくなった。

咲はくるりと背を向けて、ソファに座る。ここに座ってと促されて、隣に腰かける。


「実はさ、私も芽生に謝らなきゃって思ってたんだよね」

「さっきのことは、私が悪かったよ」


本当にそうだ。きっと私が咲の立場だったら、きっと同じようにしているはずだ。その気持ちを無神経に裏切ってしまったのだ。

けれど、咲は首を横に振った。


「ううんそうじゃなくて……いやそれもあるんだけど。芽生さ最近スマホ買ってもらって、ちょっとした授業の間の休み時間とかも確認するようになったでしょ?最初はスマホ買ってもらったばっかりで、浮かれてんのかなーってくらいに思っていたんだけど、でも違った。画面を見ている時の芽生が恋してるみたいに嬉しそうにしてて。本当はすごく何しているのか聞きたかったけど、そのうち言ってくれたりするのかなって思ってた。だからさっきのは半分八つ当たり。どうして言ってくれなかったのっていうただの嫉妬だから。本当に、悩んだんだよ!自分にこんな感情あったんだって感じ」


だから、と言い直して、咲は私の両手を包み込むように握った。


「さっきは強く言ったりしてごめんなさい」


それを聞いて胸がいっぱいになる。ああ、自分はなんて自分勝手だったんだろう。咲が不安になるのは当たり前だ。私が咲の立場だったら、気になってしまって自分から問い詰めていたかもしれない。

でも咲は私を気遣って、見守っててくれていた。大切に思ってくれていたのに、なんて酷い態度をとってしまったんだろう。


「私こそ本当にごめんなさい」


再度頭を咲のよりも下に垂らす。


「……じゃあ、芽生が連絡とってる木島くんとのこと教えてくれる?」


照れたように少し頬を赤らめて咲が言った。嬉しくて、口が少しにやける。好きな人に好きな人を紹介するのはドキドキするものとは。


「もちろん!」


それから咲と夜が耽るまで話し込んだ。木島くんのこと、塾にいる面白い先生のこと。案外お互いに知らないことがたくさんあって。久しぶりにたくさん話をしてとても楽しかった。

家に帰って、自室行き一番にスマホを開いて、木島くんに連絡をする。感謝を早く伝えたかったから。


――さっきはありがとう。おかげで友達と仲直りすることができたよ

――よかった、ちゃんと話せた?

――うん、木島くんのおかげでね

――立原さんが、頑張ったからだよ


いつもと同じように、早くメッセージが返信されてきた。木島くんの温かい言葉に、胸が脈打った。

咲との会話が思い出される。


「芽生はさ、その木島って人と会おうとは思わないの?」

「うーん、今はメッセージのやり取りだけでいいかな」

「今は、ね」


そう言って咲は、ニマニマしながらこちらを見ていた。

咲に言った時は、本当に会わなくてもいいと思っていたけれど、さっきのメッセージを受け取って、直接お礼をしたいと言う気持ちが出てきていた。いや、それは単なる言い訳に過ぎなくて、ただ会いたいという気持ちが溢れてきただけなのかもしれない。

今連絡しなかったら、おそらく一生誘えないと思って、勢いのままにメッセージを送る。


――今度、どこかで会えないかな。今までのお礼をしたいです


思わず敬語になった。すると、今まですぐに返ってきたメッセージが来なかった。

失敗した。気持ちに任せて送ってしまったから。咲の件であんなに反省したと言うのに。急に会いたいなんて言って引かれてしまったのだろう。

後悔に包まれていると、ブブっとスマホの振動が手に伝わってきた。慌てて画面を見る。


――いいよ、いつにする?


その文字を見て、一瞬にして叫びたをしてしまいそうな高揚感が溢れ出てきた。さっきまであんなに憂鬱だったのに気持ちって不思議だ。世界がこんなにもキラキラし始める。

嬉し過ぎて、その日は簡単に寝付くことができなかった。