そうこうしているうちに、立原さんと連絡が取れる期限が迫ってきていた。
ある時立原さんが『今度会えませんか』とメールを送ってきてくれたことがあった。嬉しかったけれど、それは叶うことはない。
どう返信しようかと迷っていつもより返信が遅れてしまった。悩んで、結局『いいよ』と送ってしまう。
その後で少し後悔もした。実際に会うことは絶対にできない。でも、一度でいいから会ってみたかったというのが本音だ。
だから本当に店のリサーチもしたし、時間や集合場所も決めた。
そうして約束の日。俺は病院の先生に頼み込んで、外出許可をもらった。約束の時間に約束の場所で待つ。立原さんが来ることはないけれど、少しでも同じ時間を過ごせたようで幸せだった。
だからこそ立原さんから『あなたは誰ですか』とメールを受け取った時はショックを受けることになる。
なんらかの原因があって立原さんに自分が本当の “木島和哉”ではないとばれてしまった。きっともう連絡をくれることはないだろう。きたとしても、それがもし俺を恨んでいるような内容だったら。
そう思ったら怖くなって、身勝手にも彼女からのメールを見ることができなくなってしまった。
立原さんからメールが届いていることは通知が来て知っていた。でも内容を見ることができなくて、スマホの前で葛藤する日々が続いた。
するとちょうど見舞いにきてくれた和哉が、ひょいとスマホを俺の前から取り上げてきたのだ。
「何するんだよ、返せ!」
「やだね、おまえ俺がいつきてもこのメールの前で悩んでんじゃん。だったら早く見たほうがいいんじゃねえの」
「よくない、いいから返せよ」
「へー、じゃあ俺が見まーす」
「やめろ!!」
強引に手に持っていたスマホを取り返す。画面を見るとそこには立原さんから届いたメールが開かれていた。
「これ見た?」
「相手の名前は見えた。それにしても、響に彼女ができる日が来るとは」
「彼女じゃない」
「え、まじで?そんなに親密に連絡取り合って付き合ってないはないでしょ」
やっぱりこいつ、立原さんとのやりとり見たな。でも今はそんなことより、開かれてしまったメールの対処をすることが先だ。
文章に目を向ける。
今まで見たことのないくらいの長文。恐る恐る目を通していく。
でもその内容は、心配とは無縁の俺への感謝の言葉だった。正直立原さんがメールに書いてくれたようなことを本当にできていたかは、わからない。けれどそれが彼女にとっての真実なのだとしたら、それは本望に近い。
「おい、大丈夫?めちゃくちゃ泣いてるけど」
俺の背中をさすりながら、彼女に振られちゃったかー、と和哉がぼやいている。いつもなら、やめろと言っているところだけれど、今はできそうにない。
恋人なんて言葉じゃ言い表せない。この気持ちは愛に近いのかもしれないと漠然と思う。そうでなければ立原さんからのメールを見てこんなにも満たされることはないと思うから。
一度でいい、一瞬でもいい。彼女と話をしてみたい。
思いを止められなくて、システムの運営に無理を言って、残りの立原さんとメールのやりとりをできる期間と引き換えに、電話をさせてもらえることになった。
初めて聞く彼女の声は、少し震えていてあたたかさに満ちていた。
感謝を伝えると、彼女は俺を優しい人だと言った。でもそれは立原さんとほうだ。
ひねくれた考えを持っていた俺をいとも簡単に変えてしまったのだから。
パラレルワールドの自分と通信を取れるシステムは、未練を託すことを目的としているとある。でもそのシステムは俺に、奇跡をくれた。
人生を呪っていた日々に、希望をくれた。立原さんとメールのやりとりをする中で、彼女のような純粋な心が俺の中にもあるのかもしれないと思うと、自分を好きになれるような気がした。
未練を消すどころか、増えていくばかり。でもそれが俺に生きていることを実感させてくれる。
人はいつか死ぬ。それでも、一生懸命に生きてみたいと思う。
最後に俺に生きる希望をくれた君へ、奇跡のような日々を過ごさせてくれた君へ。
パラレルワールドの世界で、君と俺は同一人物という扱いらしい。自分ではまだそうは思えないけれど、いつか君みたいに人生を一生懸命生きて、努力を惜しまない人間になりたいと思う。
自分にとってのあたりまえの世界で、周りの人たちを大切にして素直に生きていきたい。
数ヶ月の付き合いだったけれど、君と言葉を交わすことができてよかった。
一生忘れない。君にこれからもたくさんの幸せが訪れることを祈っています。