「ありがとうございました」


係員に受話器を返す。

俺はついさっき、パラレルワールドの自分である、立原さんとの電話を終えた。

彼女には、立原さんが一番幸せそうだったから連絡をしたと言った。自分が病気で長く生きれそうもないからと。

彼女にはそう告げたけれど、本当は他にも理由がある。

俺は立原さんとメールのやりとりをするまで自分が世界で一番不幸で、可哀想な人間だと思い込んでいた。学校に行けないから、ほとんど友達がいない。学校の行事も、修学旅行でさえ参加することが叶わなかった。

病人のテレビに流れる、同世代が過ごしている当たりまえの日常を目の当たりにするたびに、自分の病気を恨んだ。

でもこんなこと周りの人には言えない。小さい頃は病気であることに腹を立てて、暴れたこともあった。けれど、自分が成長するにつれて、それがどれだけ周囲の人間を悲しませていたのかを理解して言えなくなってしまった。

だから、最後に一度くらいこのどうしようもない、溜まってしまった気持ちを吐き出してしまいたかった。世界でなんの悩みも持たない人間に、俺がどれだけ惨めな人生を送ってきたのかを告白して、せせら笑ってやりたかった。

そんな時、パラレルワールドの自分と連絡を取れるシステムの存在を知って、すぐに申請を出した。

システムの目的はいたってシンプル。戦場に行ってしまう人、病気で余命が幾許もない人。つまりはもうすぐ亡くなってしまうであろう人たちが、最後に別世界の自分に向けて、自分は死んでしまうけれど、おまえは後悔のないように生きてくれと、果たせなかった願いを託すというものだ。

そのことを知った時、なんておかしい目的なのだろうと思った。

人はみんな自分のことで精一杯で、同一人物とはいえ生きている世界が違うのだから、願いを託すなんてお門違いもいいところだった。

しかし、申請書に申請した理由も書かないといけなかったので、自分の願いを託したかったから、とだけ書いた。

申請は意外と簡単に通った。立原さんに初めてメールを送った時流石に、俺はパラレルワールドの中のあなたです、なんて言ったらおかしいだろうと思って、なぜかメールアドレスが登録されてしまったというていを作った。

なるべく怪しまれないようなメールの内容を心がけるようにした。そのために唯一の親友である木島和哉から送られてきた写真とかも送ったりした。やむおえなかったので、どうか許してほしい。

それから俺はパラレルワールドの世界において、一番幸せな自分につながるようにお願いしたはずなのに、彼女とのやりとりが始まってからそんな風に思えなかった。

たくさんのことに悩むし、電車が遅れてきて遅刻しそうになって転んだって話も聞いたし、友達との喧嘩についても相談された。

初めは、なんだかありきたりで少し拍子抜けした。一番幸せというくらいなんだから、もっと何か非日常的な話が聞けるのかと思ったのに全然そんなことはなくて。

学校に行って授業を受けて、眠くなりそうな授業への憂鬱を語る。ありきたりでたくさんの人たちの当たりまえの日常。でも、俺にはないもの。

それがどうしようもなく羨ましかったはずなのに、不思議と彼女の話は自然と受け入れられた。やはり、違う世界線でも自分は自分なのだろうと思ったりなんかもする。

立原さんとのやりとりを続けていくうちに、自分も平凡な高校生になれたような気がした。