私は気になったことをたずねてみた。
「こういう飲食店をやってると、困ったお客さんとか来ませんか?」
 うちは会社間の決まった相手との取引だから今回のようなイライラがいつもあるわけじゃないけど、お店だとお客さんも多様だからいろんなトラブルがあるんだろう。
「そりゃ、いますよ」と、今度はお兄さんが口をとがらせ気味にうなずく。「でも、あんまり気にならないですね」
 なんでかなと、首をかしげたら、ピンクエプロンさんがちょっと口の端をゆがめてつぶやいた。
「動物園のサルがウッキウッキと騒いでいてもイライラしないでしょ。こっちに手を伸ばしてきても、届かないし」
「そりゃそうですけど」
 あくまでもたとえ話で、人間はサルじゃないものね。
 そんな私の思考を読んだのか、ピンクエプロンさんが手を止めて私に顔を向けた。
「べつに相手を見下してるわけじゃなくて、たとえばテレビの画面越しに見ているみたいに、自分と切り離してみればいいってことですよ。なんか向こう側で不思議な生き物が何か変わったことやってるなって」
 うーん、どうなんだろ。
 分からなくはないけど、でも、現実のダメージが減るわけじゃないからな。
 今回だって余計な仕事が増えたのは事実だし。
「気の持ちようで、受け取った時のダメージが和らぐじゃないですか」
「まあ、そうか」
 客観的に見た自分自身が画面の向こうにいて、なんかドタバタに巻き込まれて苦労してるエキストラ役なんだって思えれば、こちら側の自分は少しは楽になるのかもしれない。
 少なくとも悲劇の中心人物だなんて思わなくなるかも。
「期待はしないけど、最善は尽くす」と、お兄さんがぽつりとつぶやいた。「そうやって世の中が回っていくんですよ」
 うわあ、なんか大人って感じ。
 ちょっと惚れちゃうかも。
 ――あ、そういえば……。
 私、振られたんだっけ。
 思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「どうしたんですか?」
「もう一つ悩み事があって」
「恋ですか?」
 え、なんで分かるんですか!?
 お兄さんがまた口元に笑みを浮かべる。
「お若い女性が仕事の悩みの他にもう一つって言ったら、恋しかないじゃないですか」
 まあ、そりゃそうか。
 私って、案外、単純な世界で生きてるのかも。