厨房から軽やかに油のはじける音がする。
「もうじきコロッケが揚がりますからね」
 へえ、すごいな。
「それもさきイカとポテトチップスで作ってるんですよね」
「そうですよ。材料それしかないんで」
「よくお店やってられますよね」
「よく言われます」
「お兄さん若そうですけど、始めたばかりですか?」
「いえ、結構前から続いてますよ」
「建物が古そうだから代々続いているとか?」
「そういうわけでもないです」
「ふうん、そうなんですか……」
 はぐらかされて、会話が続かない。
 と、珠暖簾が鳴ってお兄さんがこちらへ来た。
「揚げたてコロッケです。シンプルにソースでどうぞ」
 うわあ、なんだこれ。
 さきイカとポテトチップスなのにちゃんとコロッケだ。
 細かく刻んださきイカを片栗粉でまとめて丸め、粉のように砕いたポテトチップスを衣代わりにまぶして揚げてある。
 箸で半分に割ると、サクッといい音がして、中からほんわりと湯気が立つ。
 小皿のソースにつけて口に入れれば、ほくっとした舌触りと、カリカリな歯触りが連弾を奏でながらほぐれていく。
 しかも、さきイカのうまみが後から鼻を抜けていって、衣はジャガイモだから、ちゃんとコロッケの味に収まるところがすごい。
 イカフライとコロッケのいいところばかり合わせたような味わいに思わず目が丸くなる。
「すっごいおいしいですね」
 月並みな感想で申し訳ないのに、ピンクエプロンのお兄さんはにっこりと微笑んでくれた。
「そりゃあ、何よりです。心の凝りもほぐれたみたいで」
 ――あ……。
 暖簾に書かれたお店の名前が思い浮かぶ。
 たしかにおいしいもののおかげで嫌なことを忘れていた。
「ご飯物ですけど、お焦げをのせたお茶漬けでいいですか?」
「はい」
 土鍋ご飯にお焦げだもん。
 もうそれだけでおいしいに決まってる。
 それをお茶漬けにしちゃうなんてもったいないって思うかもしれないけど、このお兄さんなら、うまく魔法をかけてくれそうな気がする。
 珠暖簾を鳴らしながらお兄さんがお盆に丼を二つのせてこちら側へ来た。
「どうぞ」と、一つは私に差し出し、もう一つは手元に置いて、自分も炬燵に入った。
 え、なんで?
「一緒に食べた方がおいしいでしょ」
 はあ、まあ、それはそうかもしれませんけど。
「まかない飯ってやつですよ」
 こちらの動揺など気にする様子もなく、ピンクエプロンのお兄さんがレンゲを取り上げた。
 まあ、いいか。
 細かいことは気にしない。
 おいしい物はそれ自体が正義だ。
「いただきます」
「召し上がれ」