そんなため息を打ち消すように、珠暖簾がじゃらじゃらと鳴る。
「お待たせしました」
 ピンクエプロンさんが出してくれたのは、さきイカのきんぴらとさきイカの南蛮漬けだった。
 きんぴらはにんじんの代わりにポテトチップスを混ぜてある。
 本当にさきイカとポテトチップスしかないんだなと笑ってしまう。
「ちょっとは笑顔になってくれましたね」
「はあ、まあ」
 苦笑なんですけどね。
「材料は余り物でも、見た目はちゃんときんぴらですね」
「ごま油で炒めて、炒り胡麻と七味唐辛子をまぶしてあるんですよ」
 へえ、作り方は普通なんだな。
 あ、意外と味もちゃんとしてる。
 ていうか、おいしい。
 イカから出たうまみで、むしろ箸が進む。
 おまけに、醤油ダレが染みてしんなりしたポテトチップスの食感がゴボウに似ていて、いいアクセントになっている。
 焼酎に合ういいおつまみだ。
 たった一品で印象がガラリと変わってしまう。
 どれどれ、お次は南蛮漬けにいってみよう。
 こちらも野菜の代わりにポテトチップスをまぶしてある。
 片栗粉をまぶして表面に焦げ目をつけた具材にタレが染みこんでいて、ちゃんと南蛮漬けになっている。
 酸味が抑えられていて、全体的にまろやかな味わいだ。
 ――ん?
 あ、オリーブオイルの香りか。
 和風なのに、イタリアン?
「これは何で味付けしてあるんですか?」
「めんつゆとイタリアンドレッシングですね。どちらも市販のが少しずつ余ってたんで入れちゃいました」
 調味料も余り物なんだ。
「それ以外にも何か入ってません?」
「分かります?」と、お兄さんが片目をつむる。
 あ、これ、面倒くさい流れだ。
「隠さないで教えてくださいよ」
「隠し味なんで」
 お料理だけに、うまいこと言ったとかドヤ顔されてもねえ。
 そっちがそれなら、こっちは黙って焼酎をちびりちびりとなめて持久戦ですよ。
 カウンターの向こうで、ピンクエプロンさんが降参とばかりに肩をすくめる。
「チューブの西洋わさびを入れてあるんですよ」
 ああ、そうなんだ。
 和風のわさびほど香りも辛さも主張してないのは、そういうことなのか。
 うまく隠れていて、しかも、いいアクセントになっている。
 いい仕事してるね、西洋わさび君。
 君みたいなできる人ばかりだと私も助かるんだけどね。
 なんて、愚痴も少しは軽口になっている。
 気がつくと、二品とも完食していた。
 焼酎もいつの間にか空だった。
 ちょうどいい酔い心地だ。