そして今朝、なかなか顔を出さないことを心配して部屋を開けてきたお母さんに、私は怒鳴ってしまった。

「お母さんなんて、不潔! 大嫌い! 学校の先生に恋するなんて絶対にダメじゃん! 私、そんな二人の間の子だって言われたんだから!」

「彩花……!」

 驚いて言葉を失ったお母さんをその場に残して、お父さんの声も振り切って私は家を飛び出してしまったから。

 昼間に行くところも無いから、一応そのまま学校には行った。

 下手に補導とかされて、あの両親に連絡が行くよりはまだマシだと思ったから。


 そして放課後から今に至る。

 あんな暴言を吐いた私がどんな顔をして玄関を開ければいいんだろう。

 帰るところなんか他にない。でも、帰れない……。

 そんなことを考えているうち、アナウンスが間もなく屋上エリアが閉鎖される事を告げた。高校合格の時に買ってもらった腕時計を見たらもう9時になる。

 お父さんの予備校もまもなく終わりだ。きっと、今朝のことでお父さんは怒っていると思う。

 お父さんがお母さんのことをどれだけ大切にしているか。日頃の行動を見ていればわかる。

 どれだけ罰を受けても仕方ないかと思った。


「いた……」

 突然後ろから声がして、私の肩に手を置かれた。

「えっ……。謙太君……」

 笑顔で隣に座ってくれたのは、あの謙太君だった。

「ようやく見つけた。無事でよかった……」

 息が上がっている謙太君、ずっと走りながら探してくれたのだろう。

「そんなに走って……。こんな私のこと心配してくれたの……?」

 私の家のことは、謙太君には関係が無いことなのに。

「母さんからさ、彩花姉ちゃん見つけたら連れてこいって言われてるんだ」

「え……、でも、悪いよ……」

 そう、謙太君にもこんな私の素性を話したら軽蔑されちゃう。

「母さんが話したいことがあるんだってさ」

 謙太君も詳しいことは聞いていないらしい。とにかく私を無事に探し出すことを命じられてここまで辿り着いたと言うこと。

「でも、私がここに居るってよく分かったね」

 寒さで固くなってしまった足をゆっくり動かしながらエレベーターに向かって歩き出す。

「むかし、駅に来たときに、夏場はここでアイス食べたりしたじゃんか。彩花姉ちゃん、ここから船を見るのが好きだって言ってたし」

「よく……、覚えていてくれたんだね……」

 子供の頃の話をよく覚えていてくれたんだ。

 バスに乗って謙太君の家に着くと、お母さんである千佳さんは、「寒かったでしょう。女の子に冷えは大敵よ?」と温かいココアを飲ませてくれた。


「あ、あの……、お母さんとお父さんは……」

「大丈夫。無事に見つかったことをあたしから連絡しておいた。もう大変だったんだよ。結花があんなに真っ青になって泣いていたなんて、本当に久しぶりに見たわ」

 千佳さんは笑って、おにぎりを出してくれた。

「これね、結花から。お腹を空かせて来たら、食べさせてほしいって握っていったのよ」

 なんの変哲も無い。いつも早出で朝食を食べられないときや、夜遅くまで宿題をしているときに用意してくれるおにぎりだから。

「彩花ちゃん。あたしが知っているあの日の真実をお話しするわ。結花はね、あたしの一番の親友だから。例え噂話だとしてもあの子の名誉を傷つけることを、そしてあの子の大事な彩花ちゃんを傷つけることは、あたしには絶対に許せないことだからさ」

 千佳さんは真面目に、優しい声でその当時にあった本当のことを教えてくれた。