【外伝】アルビレオのゆびきり




 バスに乗って、横浜駅前のデパートや地下街の雑貨店を回り、次は桜木町まで足を伸ばす。

 ランドマークタワーとか、その先の赤レンガ倉庫まで回ってみる。

 やっぱりこの時期は1年で一番好き。

 可愛くデコレートされた店先を見ているだけでも癒やされた気がする。

「どう? デートに使えそうな場所とコースはイメージついた?」

 今日の私の役目は、あくまで謙太君のデートの練習相手だもん。本番で失敗しないためのテストだって分かってる。

 そう、だから自分勝手なことを想像しちゃいけない。

「う、うん……」

 イタリアンのお店でお昼を食べ終わってひととおり歩いたあと、謙太君は私を誘って、ランドマークタワーに上がろうと言ってくれた。

 あらかたの下調べは終わり。あとはいくつか考えていた中からプレゼントを買って帰るだけだと言っている。

 その前に少し整理して考えたいのかなと思った。

 もうすぐイルミネーションが点灯する。少し早い明るい時間だし、それでもやはり点灯の瞬間を近くで見たいという流れがあるためか、意外にも展望室には余裕があった。

「はぁ、やっぱりクリスマスは特別なんだろうねぇ。謙太君は、本当は今日が本番の方がよかったんじゃないの?」

 展望階にある喫茶コーナーでアイスティーをすすっているときだった。

「彩花姉ちゃん……、ごめん……。俺、これ以上は無理だ……」

「うん? どうしたの?」

 突然のことに私も周りを見る。大丈夫だ、今なら誰も聞き耳を立てる人はいない。

「嘘ついててごめん。姉ちゃんが一生懸命に探したり付き合ったりしてくれて、でも、俺本当のこと言い出せなくて……。でも、もうこれ以上彩花姉ちゃんに嘘をついていたくないんだ」

「……どういうことなの?」

 でも、好きな人がいるから、あんなに一生懸命に、プレゼント選びしていたんだよね。

 恋愛経験のない私だって分かるよ。おふざけだったりしたら、あんな真剣な顔で女の子が喜びそうな品物を選んだりしないもん。

 もしこれが男の子同士で来ていてもそうだと思う。茶化しあったりして、結局まともに選べなくて。

 もらった女の子の側も、本命なのかそうじゃないのか困ってしまうようなシーンを私も何度も見てきたから。

 隣に私が黙ってついていたから、周りからも変な目で見られずに済んだんだ。

 そのくらい、謙太君は真剣にプレゼント探しをしていた。

「好きな人が出来たってのは、嘘だった」

「うん」

「好きな人は、もう、ずっと前から、いたんだ」

「そっか。私の知っている人?」

 私の知り合いなら仕方ない。私たちの関係を壊さないように考えてくれたんだよね。

「知っている人……だよ。……俺がずっと好きでいるのは……」

 謙太君が発した次の言葉を、私は夢の中で聞いたような気がした……。


「彩花姉ちゃんなんだ……」




「謙太君……、それって……。私のこと……?」

 私は隣に座る弟のような幼馴染みを見つめた。

「他に誰がいるんだよ。……ごめん……。でも、彩花姉ちゃんしか俺、もう見られない……。今日もずっと騙しているようで、姉ちゃんに悪くて……」

 顔を上げて、私を見た彼の瞳。瞬時に分かる。冗談で言っていることではないくらい。

 そうか、それならば今日の全てが納得いく。

 その子の好みなどを聞いてみると、私とオーバーラップすることが多かった。だから、きっとその子は私と似ているんだろう。どこが私と違うんだろうと思ってすらいた。

 でも、その裏を返せば、私の好みをきちんと見ていてくれたという証拠だったんだ。

「姉ちゃんが、この間言ってた。『世界にひとりでもいいから姉ちゃんがいいと言ってくれる人がいたら嬉しい』って。それ、俺じゃダメかな?」

「謙太君……、大人になったね……」



 私の中に封じ込めていた気持の正体、それこそ謙太君に向けた想いだというのは気付いていた。


 それこそ保育園から一緒で、小学校から高校まで、私の後をついてきてくれた。

 私が上級生に泣かされたときも、慰めてくれたのは年下の謙太君だ。


 謙太君のお姉さんじゃなきゃいけない。そう思っていたけれど、いつの間にか、その役目は終わっていたんだ。


 そう、私がこの歳まで恋愛が出来なかったということこそ嘘になる。

 恋ならもうずっと前からしていた。このいつも隣にいてくれる、弟のような幼馴染み、謙太君のこと。たぶん、好きというのはとっくに通り越している気がする。

 謙太君がいなくちゃダメなんだ。

 私が笑ったところ、怒ったところ、泣いたところ全てを知っている謙太君。

 あの日、屋上のベンチで肩を叩いてくれた。帰りのバスで、隣の彼を見ながら判っていたんだ。


 だから、『好きな人がいる』という発言に必要以上に落ち込んだ。

 今日の服を選んだのも、スタートはお母さんだけど、隣を歩かせてもらえるのなら、精いっぱい可愛くしてみたかったから。

 練習役でも、最初で最後でもいい。デートをしているみたいに見てもらいたかったから……。

 全ては私の自分勝手なわがままだったのに……。


「謙太君、私は年上だよ?」

「年上って言っても2歳じゃん。それに、そんな可愛い服を着てたら、年下に見られちゃうよ」

「これから、いろんな他の出会いがあるかも知れないよ?」

「彩花姉ちゃんと一緒に居たいんだ。そうだな、小島彩花さんとして、ずっと一緒にいたいんだ」

 ドキンと心臓が鳴った。もうだめ、私がもうもたない……。


「謙太君……。私ね……、ずっと見てた。私たち、まだまだ子どもかもしれない。でも、謙太君となら、一緒に大人になっていきたいって。そんな私でもいい?」

「彩花姉ちゃんのお母さんは、この歳で婚約していたんだろ? うちらは歳の差が逆だけどさ……。でも、彩花姉ちゃんといるときが一番落ち着く。だから、俺のわがままだけど、誰にも彩花姉ちゃんを取られたくない」

 もう、立派なプロポーズだよ……。

「彩花さん、これまでも、これからもずっと好きです。付き合ってください」

 私の視線の正面に、彼の瞳があった。

「うん……。いいよ……。ううん……、ありがとう。こんな私でも好きになってくれて……、ありがとう……」

 謙太君の顔がぼやけてしまう。頬を熱い滴がつたって落ちた。

「謙太君、私も好きだよ。もう放さないでね……」

 そう、お母さんがお父さんからプロポーズを受けたのと同じクリスマスイブ。私も大切な人と心を通わせることが出来たんだ。




 その後は、二人でもう一度お店に戻る。

 今度は二人で手を繋いだ。さっきとは違う。おまけのお姉ちゃんじゃなくて、斉藤謙太君の彼女としてだ。そう思うと街の景色も、そしてお店の商品さえも違う視点で見える。

「姉ちゃん……じゃないや、彩花さん、こういうの似合うと思うんだよな」

「これまでどおり、お姉ちゃんでいいよ。うん、よく分かったね」

 シルバーのハートを細いチェーンに通したネックレスと同じシリーズの指輪。さっき一目見て自分が欲しくなってしまったけど、私には少し幼いかなとも思っていた。

「だって、さっき欲しそうにしていたもん。いいよ、これ、プレゼントにしようよ」

「クリスマス?」

「ううん、彩花さんへの初めてのデート記念」

「もぉ、私をまた泣かせる気? ここまで似なくて良かったのに、お母さんと同じで私も涙腺緩いの知ってるでしょ?」

 でもそれでもいい。彼は私の全てを知っている。不安なことはない。こんなスタートはなかなか出来ることじゃないから。

「じゃあ、今度は私から。もう一軒寄ってもいいかな?」

「うん?」

 さっき、謙太君と通り過ぎたお店に入る。

「こんにちはぁ」

「あ、こんにちは。今日も着て下さっているんですね」

 実はこのお店は私もよく来ていて、今日のコーディネートの半分はここで買ったものだ。

「すみません、このマフラーなんですけど……。サックスなら男性でも使えますよね」

「えぇ、このお色は男性にとプレゼントに選ばれる方も多いですね」

 私のストールと色違いのマフラーを手にとって、謙太君の襟元で合わせてみる。

「うん、これなら大丈夫ね。あと、このストールの色味でもう1本ありませんか?」

「あらっ、色違いでペアですね? 確かピンクも奥にありますからお持ちしますね」

「彩花さん……?」

「私からのプレゼント。この間汚しちゃったでしょ? ストールだと男の子で制服に着ていけないからね。ペアはきびしい?」

「いや、嬉しいんだけど、こんな高いのもったいないってば……」

 嬉し恥ずかしなのも分かる。その場で値札を外してもらって、私が羽織ってきたストールを袋に入れて持たせてもらった。

「よし、これで出来た」

「彩花さんいつもこんなに暖かいの使ってるんだ」

 彼の襟元に結んであげて、外に出るともう夕日も終わっていて、色とりどりのイルミネーションが街路樹に煌めいていた。

「私たち、近すぎたんだね。それで気持ちに気付くの遅れちゃった。間に合ってよかった……」

「彩花さん……」

「謙太君がね、好きな人がいる発言をした日から、どうやって諦めようかって……、そればかりだった。それに比べたら、謙太君は私より大人だったね。もう、お姉ちゃん失格だな」

「違う……。失格じゃない。卒業なんだよ。俺、ずっと離れたくない」

「もちろん私も、離れたくないよ。ううん離れてほしくない」

「約束する。離れない。だけど……」

「だけど、どうしたの?」

「最後に、姉ちゃんとして甘えてもいい?」

「うん、いいよ」

 並んで座ったベンチで、私は昔からしていたように、コートの前を開けて、私の胸元に彼の顔を迎えて抱きしめた。

 私を守るために勝てない喧嘩をしてくれて、悔しくて泣いていた謙太君をいつもこうして、ありがとうって抱きしめていたっけ。





 バスの後部座席に並んで座った。

「これさぁ、帰ったらどうなってると思う?」

「私たちの親だもんねぇ……。自分たちが楽しみたいんじゃないの?」

 私たち二人のスマホにはそれぞれメッセージが入っていて、内容としては帰ってきたら私の家に集合と言うことだった。

「さっきはごめん。彩花さん恥ずかしかったよね」

「ううん。謙太君こそ大胆だなぁって。でも久しぶりだったね」

「あの姉ちゃんの胸が大きくなってたなぁって」

「もう! そんなこと思ってたの?! 信じらんない!」

「ごめんごめん。でも、凄く安心しちゃった」

「いつでもしてあげる。それで謙太君が落ち着くなら。私は出来ることをするから。そのうちにね……」

 二人とも顔を赤らめた。私たちだって高校生だ。今日から恋人になって、気持をもっと育んで、互いに永遠の愛を誓えるようになれば、気持と一緒に身体を重ねることだって、はるか遠いことではないかも知れない。

「まぁ、学校は出ないとね。謙太君だって、大学目指しているんでしょ?」

「うん、そうだね」

「あと、少なくても6年かぁ。その頃は私も社会人になってるのかなぁ」

「長い?」

「うん、でも、いい準備期間だよ。私も謙太君に負けないように頑張るよ。もう指輪も貰っちゃったんだもん。絶対に外さないからね?」

「俺だって男の約束したんだから、彩花姉ちゃんもぜーったい外さないで!」




 私の家に着くと、やはり……。

 今日の展開を見ていたんだろうか、このお母さんたちは……?

「やっぱり結花の読みが当たったかぁ」

「だって、謙太君見てれば分かるわよ。あ、今日だなって」

 私たちを出迎えたそれぞれの両親たち四人は、今日の展開を当てっこしていたというんだから……。

 今日のクリスマスイブという私の両親と、私の卒業式の日じゃないかという謙太君のご両親。

 もう、それってそれぞれがプロポーズした記念日じゃない!

「間を取ってバレンタインデーとかにすればよかった?」

 テーブルの上の料理を見てはっと息を飲んだ。

 ケーキやお肉、サラダと一緒に何気なく置かれているメニューの中に、食パンを焼いて具材を挟みこんだクラブハウスサンドイッチが置いてある。

 当時のことをいろいろ教わったあとに、お父さんからこっそり聞いていた。どちらかと言えば他のメニューに比べて簡単な料理ではあるものの、これを作るのは本当に特別な日なのだということ。

 お父さんとお母さんが学校という枠から外れてした初めてのデート、そしてお父さんからお母さんに告白をして、一緒に手を取りあって歩いていくと決めた日に作ったお弁当のメニューなんだと。

 それ以来、お母さんはこれを普段は作らなくなったと聞かされている。

「お母さん……」

「うん?」

 お母さんは優しく笑ってくれた。「気付いた?」と言ってくれているようで。

「結花と彩花も、早くごはんにするぞ。腹減った。今日は授業にならなかったから、今日と正月元旦だけは精いっぱい楽しんでこいと言ってきた」

「もぉ、不良講師って親御さんたちからクレーム来ちゃいますよ?」

「でも、高校の頃から小島先生ってそうじゃなかった?」

「うんうん。先生そう言い残して、放課後すぐに結花の病院に行っちゃったんだもん」

 そんなこともあったんだ。まだ禁断の関係と言われていたときから、二人の気持ちは繋がっていたんだと。

 それを持ち出したら、私たちはもっと大変だ。年齢は両親ほど離れていないけれど、私も現役女子高生。謙太君なんて、まだ1年生だ。

「焦る必要はないわ。ゆっくり二人で気持を育てていけばいいのよ」

「はい。彩花さんを幸せにします!」

「ちょっと、謙太君。それじゃもう結婚の挨拶だよぉ!」

 みんなで笑った。

「うんうん。うちの彩花はどっちの親に似たのか……、かなりのはねっ返り娘だからな。苦労するかもしれないが、よろしく頼むぞ?!」

「はいっ!」

 少し緊張して返事をした謙太君に、私は笑って頭を下げた。




 大人たちがお酒も入ってしまったので、二人でそっと抜け出して、幼い頃に遊んでいた、そしてあの「謙太君に彼女がいる発言」の発端になった公園に来た。

「もう、大人って話が早いなぁ」

「それだけ大変だったんだよ。私たちのこともずっと心配してくれてた。お互いにお付き合いの相手が分かってホッとしたんだと思う」

「そっか。姉ちゃん、あの日はごめん」

「えっ? あぁ……。でも、あれって、私の早とちりだもん。謙太君に責任は無いよ」

「あそこで言っておけばよかったんだけど。結花さんから『クリスマスまで待って』と言われてて……」

「もぉ、お母さんそんな入れ知恵までしていたってことなの?」

 つまり、今日の結果は謙太君の気持ちに気付いていたお母さんが周到に用意した作戦だったんだ。

 それなら、いつもは作らないメニューを最初から用意しておいたことにも納得がいく。

 でも仕方ないか……。

 我が家にとってクリスマスイブは世間一般以上に大切な日としていたから。私もそんな両親の血を受け継いでいるのだし。

「ねぇ、初詣は一緒に行ける?」

「もちろん! 姉ちゃん着物着るの?」

「謙太君がそれを望むなら用意してみる」

「姉ちゃん髪の毛長いから絶対に似合うって」

 あのお母さんのことだ。そのくらいのことを言ったところで驚きもせずに用意してしまうだろう。

「そっかな」

「絶対見たい! 今日だって、めちゃ似合ってるし。それと学校にマフラー使わせて貰うよ」

「うん、せっかく色違いのお揃いにしたんだから」

 団地の中の児童公園に、こんな時間他の人影はない。

 その公園の一角に、木の枝が下の方まで垂れ下がっている部分がある。幼い頃に、よくここで枝を引っ張ったり登って遊んだりもした。

 私が「見た目は正統派の女の子なのに、行動は男の子なみ」と昔から言われるのは、この公園で謙太君といつも一緒に遊んでいたからだと。

 だから、お母さんも小さい頃の私のスカートはデニム生地とかで、男の子と一緒に遊んでも平気なものを選んでくれていたんだといつしか気付いていた。

 その木の下に謙太君の手を引いてくる。

「どうしたの?」

「謙太君……、目をつぶって。いいって言うまで開けちゃダメだよ」

「う、うん……」

 言われたとおりに、目をつぶって立っている謙太君を、そっと抱きしめた。

 もう背の高さも変わらない。私はもう上への成長が止まってしまったから、もう少しすれば抜かれてしまうだろう。

 緊張している彼の唇に、私の唇をゆっくりと合わせた。

「ぁ、彩花姉ちゃん……」

「メリークリスマス……だね。さっきはありがとう……。嬉しかったよ」

 私の顔も間違いなく真っ赤だろう。

 驚いている謙太君の耳元に、そっと囁いた。

「私のファーストキスなんだから。ありがたく覚えておいてよね?」

「絶対忘れない。彩花姉ちゃん、これからもずっと一緒だよ」

 冬の星座が見守っている空の下、私は差し出された謙太君の手を両手で包み込んだ。




「小島先生、今日は大切な日なんでしょう? 早く帰ってあげてくださいね」

「園長先生ってばもぉ、そんなことないですってば」

「ほら、早く帰らないと、変な仕事が来ちゃうから、早く帰ってください」

 私は苦笑して、職員室から追い出されてしまったように幼稚園の外に出た。

 西の空を見上げると、ずいぶん日が長くなったように思える。そうだよね。もう3月だもの。


 まだ社会人2年目で、年長さんの担当ではないから、気持ち的には楽かも知れない。でも、もう少しすると、園で見慣れた子たちが卒園式で巣立っていく。

 職員室の中も、通常の保育時間が終わると卒園式の準備が進められている。

 来年度は私も年長さん担当になるのかな。園長先生に言わせると、私は年少・年中さんくらいまでがお似合いと言ってはくれているけれど。


 ……あれから6年の年月が流れた。

 決して平坦な道ではなかった。泣いて、怒って……、それでもいつも最後は笑ってきた。

 そして、今日は一つの節目を迎える。




 通い慣れた団地の道を歩き、そのお部屋に向かう。

「お邪魔します」

「あ、彩花ちゃん帰ってきた。おかえり!」

 今も千佳さんは私のことを昔と同じように接してくれる。

「今日の主役はどこに行ったの?」

「ちぃちゃん、お買い物してきたよぉ。謙太君持たせてごめんねぇ」

 玄関から、私のお母さんが買い物袋を提げて入ってきた。

「お母さん、主役に買い物お手伝いさせちゃダメだよ」

「はいはい。彩花も着替えておいで。そんな仕事着じゃこの場に似合わない」

 逆に言い返されて、私は隣の部屋に回された。

「もぉ、お母さんたら……」

「彩花姉ちゃん、どうしたの?」

 ハンガーの前で腕組みしている私に、後ろから声をかけてくる謙太君。

「絶対に策略だよねぇ」

「ホントだ。でも、懐かしいね」

 お母さんが持ってきていた私の服というのは、あのクリスマスイブで着ていたジャンパースカートを含めた一式。

 今でも私用のお出かけなどでは同じような服も多いけれど、これだけは大切にしまっておいた。

 そう、これは私が初めて大切な人と心が繋がった記念の証でもあるのだから。

 今日は謙太君の卒業式があった日。私は仕事で行けなかったけど、それよりも大事な日にしたかった。

 私たちが恋人として手を取りあったのが、クリスマスイブなら、新しいスタートはこの日にしようと決めていた。


「彩花さんと結婚させてください!」 


「そうか。彩花はそれでいいのか?」

 謙太君が私の両親に頭を下げる。答えは最初から決まっている。それも謙太君が生まれる前から決めていたって。それが分かっているから、誰もが笑顔だった。

「うん。他に誰も考えられなかった」

「二人とも、しっかりやるんだぞ?」

 食事をした後に、お父さんが私たちを車であのランドマークタワーに送ってくれた。終バスまでには帰ってくるんだぞと笑いながら。


 横浜港のイルミネーションを見下ろす展望室。謙太君が私の手に、小さなケースを渡してくれた。

「今回も給料3か月分にはほど遠いんだけど……」

「えっ? 私の指のサイズ覚えてたの?」

 ハートの模様が彫り込んである可愛いシルバーの指輪は、私の左の薬指にぴたりとはまった。

「いつも服を買っているお店の店員さん、ちゃんとサイズ覚えてたよ。だから、そこでお願いしてきた。次はちゃんと宝石屋さんで作るから」

「ううん……、これでいい、じゃなくて、これがいいの……。ありがとう……」

 人生で2つめの指輪がもうエンゲージリングだなんて笑われるかも知れない。それだけで涙が止まらなくなっちゃう、ふたつとも同じ人からだもの。それも私らしくていいじゃない?

「こんな私ですけど……。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 リングを付けた私の左手を握ってくれた。

 シチュエーションは、さすがにニューヨークの摩天楼をバックにした私の両親の壮大な物語には敵わなかったけど、このベイエリアの光は私たちの大切な風景。

「私ね……、幸せだよ……」

 あのクリスマスイブから温め続けた言葉を、旦那さまになる幼なじみに小さな声で告げる。

「彩花……。ありがとう……」

 目尻からこぼれ落ちる雫を、そっとハンカチで拭ってくれた。

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