「彩花姉ちゃん、よかったな。誤解が解けて」
学校からの帰り道。謙太君から話し始めてくれた。
「ううん。本当に迷惑かけちゃってごめんね。でも、迎えに来てくれたとき、本当に嬉しかったよ」
謙太君は顔を赤らめる。それは私の本音だったもん。
このあとどうしようと、そればかり気が焦っていた私の肩を叩いたのは、私をずっと見ていてくれた謙太君だったから。
でも、そこで泣き出すわけにはいかなかった。私は謙太君のお姉さんであり続けなければならない。
小さい頃から、自然にそう育ってきた私たち。本当の姉弟ではない。それにも関わらず一緒にいるのがあまりにも自然すぎる関係。
「ねぇ、謙太君は……」
「うん?」
「謙太君は、好きな女の子っているの?」
「えっ……?」
謙太君は、少し慌てていたけれど、顔を赤くして言ってくれた。
「うん、いるよ……」
「そっかぁ。いいなぁ。青春してるんだねぇ」
「彩花姉ちゃんは?」
「え? 私? ダメだよ。こんな私のこと好きになってくれる人なんかいないよ。これまで恋なんて一度もしたことないんだもん……」
「そ、そうなの?」
「笑っちゃうでしょ? 18にもなって初恋まだなんて。お母さんはこの歳にはお父さんと婚約してたんだよ? その娘がこの有様じゃね……」
「そ、そうだったね……」
「私、お母さんたちには敵わない。でも……、こんな私でもいいって言ってくれる人が、この世界にひとりでもいてくれたら、嬉しいかな……」
我ながらなんてことを言っているんだろう。自然とこみ上げてくるものを見せたくなくて、わざとまぶしい夕陽に目を向けた。
夕暮れの児童公園。周りの声がなかったら、きっと鼻をすする音が聞こえてしまったかもしれない。
「そっか……」
でも謙太君にはバレちゃってるかな……。
「あの……、イブの日って姉ちゃん予定ある?」
謙太君が何かを決心したように私に聞いてきた。
「うん? 言ったとおりだもん。あるわけないじゃん?」
「じゃあ、スケジュール空けておいてくれる?」
「何かするの?」
「うん……、ちょっと買い物に……」
「おぉ、そう言う事ね。分かったよ。お姉ちゃんが付き合ってあげよう」
謙太君と別れて、一人で家に向かう。
「そっかぁ、もうすぐこんな事も終わっちゃうんだろうなぁ……」
きっと、その好きな子にプレゼントを買ってあげるのだろう。
これまで一緒に過ごしてきた弟のような存在の彼に好きな子が出来たというのは、本当ならおめでたい話だ。私なんかと一緒にいて、誤解されてしまうこともあるかも知れない。気を付けなくちゃ……。
そう思う反面、心の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまった気もする。
私にとって謙太君とはどういう関係なんだろう。
姉弟? 友達? ……ううん違う。もっと近いところにいる。空気のような存在。失って初めて分かる。なくしたものを自分がどれだけぞんざいにしてしまっていたのか。もう、戻ってくることはないのに……。
考えてみれば、お母さんたちのことを責めることは出来ない。私たちだって、詳しく知らないみんなからは姉弟扱いなんだもん。そんな二人が恋人関係になったらそれこそ問題って言われちゃう。
でも……、こんな私のことをあれだけ慕ってくれているのは、彼しかいないし。あ、でも、それは恋愛対象じゃなくて、姉という存在にしか見えていないからなのかも……。そうじゃなきゃ、好きな女の子へのプレゼント選びに付き合って欲しいなんて言ってこないよね。
それがなんでイブなんだろう。本番があるなら、もっと早く用意しておかないと、いい品物もなくなっちゃうのに。
「だめだなぁ、私そんなことばっかり考えちゃって……」
思わず自分での一人ツッコミに笑ってしまう。
でも、そんな自分の一言が引き金になって、私は枕を抱きしめながら、ひと晩シーツと毛布を濡らすことになってしまった。