「おはよう。この間はごめんね」
月曜日、私は少し早く家を出て、謙太君を待っていた。
この間は本当にみんなに迷惑をかけちゃったんだもん。
そして、謙太君はあの寒い中を走り回って私のことを捜し当ててくれた。
きっと、千佳さんも謙太君なら私を見つけ出せるという自信があったんだと思うし、お母さんもそれに賭けてくれた。
「もう、お家騒動は終わったのか?」
「うん。お父さんもお母さんも昔のことを全部話してくれたよ。本当に凄い事があったんだね。私にはとても無理だぁ」
この週末、お父さんとお母さんは例の箱を持ってきて、私に千佳さんすら知らない、当人たちしか知り得ないことを補足してくれた。
お互いを見初めてしまったのが高校2年生の始業式の放課後だったこと。
クラス委員の仕事で楽しむこともできなかった修学旅行での特別な時間のこと。
闘病生活の中で結んだ二人の間の約束と、お母さんの小さな夢のお話のこと。
高校3年生で退学は、お母さんが消えてしまったかもしれない事件があっての決断で、お父さんは事前に一切知らされていなかったこと。
もう会うこともできないと思っていたお互いが偶然に再会できたこと。
私のお婆ちゃんが、「この話は小島先生でなければ許しません」と、二人の交際を認めてくれたこと。
それぞれの立場、お互いの気持ちを尊重して乗り越えた。
切れそうな赤い糸を必死に守って、最後にはみんなから祝福して貰いながら愛を実らせた。そんな純愛結婚は、本当に羨ましい。
その何分の一でもいい。私をそんなふうに包んでくれる人はいないものかと思ったほどだったよ。
学校に着くと、篠田先生が校門のところに立っていた。
「あっ、小島……」
「おはようございます」
「悪いが、放課後に職員室に来てくれるか? 斉藤もよかったら一緒に頼めるか……?」
「えっ? は、はぃ。分かりました」
二人顔を見合わせる。でも場所はもう学校だ。何も無かったようにその時には別れて教室に向かった。
放課後、職員室の前にはもう謙太君が待っていてくれた。
「ごめんね、なんか私のせいで変な時間取らせちゃって」
「また篠田が変なこと言ってきたら今度は許さねぇ。彩花姉ちゃんをあそこまで泣かせた罪は重いぜ」
「謙太君……」
職員室の篠田先生の所に行くと、先生は周りを見回して、私に頭を下げてきた。
「小島、この間は本当に申し訳なかった。すまない!」
「えっ? どうしたんですかいったい?」
「斉藤にもずいぶん迷惑をかけた。噂話を信じ込んだ俺が大バカだった」
予想に反した展開に、あっけにとられた私たち二人を空いている椅子に座らせて、先生は話してくれた。
私のプチ家出と、謙太君と千佳さんの協力でお母さんと和解していたその時間。
お父さんと謙太君のお父さんは、篠田先生の所に行っていたと。
そこで学校での顛末を聞いた二人は激怒したという。
「小島先生があんなに恐い顔をしたのは初めて見た。『教師たるもの、原田の退学や俺の退職の事実関係も調べずにゴシップネタに乗るとは何事だ!』と怒鳴られたよ」
「父がですか……?」
「小島が朝飛び出したきり家に帰ってこない。娘に何かあれば学校の責任だと、責任を持って娘を探してこいと。確かにそうだった。斉藤が小島を無事に見つけたと連絡が入ったとき、小島先生は泣いてたよ」
お父さんが、あの時に一足先に帰っていたにも関わらず、よく顔を見せなかったのは、その痕を見られたくなかったからだったらしい。
「全部一部始終を聞いた。あの当時の関係者は生徒も教師も全員が小島の家族に謝らなくてはならないだろう。ご両親はきちんと筋を通して結婚された。本当に今回は迷惑をかけて申し訳なかった」
「もう、大丈夫です。私がちゃんと真実を知っていれば、それでいいんですから」
本当にもう誰に対しての怒りもなかった。この話だって、ここまで謝罪してもらうような騒ぎにしてしまったのは私の方なのだから。
「小島は、本当に原田と言っていた当時のお袋さんによく似てる。あの当時の教師の中でも、原田は根強い人気あったしな。見た目とか成績で目立つやつは他にもいたんだが、誰も見ていなくても地道に努力をして、いつも誰かの役に立とうとしている生徒だった。そこを小島先生は他の教師よりきちんと見ていたんだろうな……」
職員室を出て、思わず顔を見合わせる。
「なんだ、俺は戦闘準備万々で来たのにさ」
「もう、職員室のなかで騒ぎ起こしたら大変だよ。なんか一気に気が抜けちゃったなぁ」
その後の用事も無かったので、謙太君と下駄箱で待ち合わせて一緒に帰ることにした。