疲れた。けど、心地いい。
 安祐美は後片付けをし終えて、一息ついた。
 さてと、自宅へ戻ろう。といっても、あの扉の向こうがすぐ自宅だけど。
 店の電気を消して里穂の部屋へ向かうと、フミが里穂と一緒に寝息をたてていた。フミは里穂を寝かしつけているうちに眠ってしまったのだろう。布団も掛けずに寝てしまっている。
 安祐美は起こさないように布団を掛けて「ありがとう、お祖母ちゃん」と囁いた。

 里穂の部屋をあとにして、居間のソファーに座り一日を振り返る。
 今日の売り上げはまずまずだ。家賃はないし、野菜は両親のところから安く仕入れているし、大丈夫。それでも心配だ。
 明日も同じ売り上げが見込めるかというと正直わからない。今日は、商店街の人たちが来てくれたからよかっただけ。
 やっぱりしっかりと宣伝しないとダメだろう。料理についても、もっと勉強しなきゃ。日々精進。
 からだにおいしい料理を(うた)っているのだから、中途半端にできない。今まで考案してきた料理をしたためたノートを(めく)ってひとり頷いた。

 いろんな病気の予防になる料理がイラスト付きで記されている。今までの頑張りがそこにはあった。お世話になった人たちの顔が不意に蘇る。
 本当にありがたい。
 病気の予防になる料理か。
 ふと裕のことが頭を過る。さすがに手の痺れを治す料理はない。その原因が血行不良であったら多少は効果があるかもしれないけど。ストレスとかから来るものだったらどうだろう。完治しているはずなのに、痺れを感じるってやっぱり専門医に相談したほうがいいんだろうな。普通の病院では気づけない何かが存在するのかもしれないし。
 安住(あずみ)鍼灸整骨院(しんきゅうせいこついん)でなんとかなるのならいいけど、そんな簡単にはいかないだろう。
 自分は料理で手助けするだけ。また来てくれたらの話だけど。
 明日も頑張らなきゃ。さてと、風呂に入って寝よう。

「あっ、安祐美。今日はお疲れさま」
「お祖母ちゃん、寝ていてよかったのに」
「いやいや、安祐美が頑張っているのにそういうわけにいかないよ」
「そんなこと気にしなくていいのに。お祖母ちゃんだって仕事しているんだし疲れているでしょ」
「安祐美に比べたら私の仕事なんて大したことしていないさ」
「そんなことないよ」

 フミは口角をあげてポンポンと頭を軽く叩いてきた。

「お茶でも入れようかねぇ」
「あっ、私、お風呂入って寝るからいいよ」
「そうかい。けど、一杯くらいいいだろう」
「そうね。じゃ緑茶じゃなくて麦茶がいいかな」
「麦茶かい」
「うん、麦茶はノンカフェインだしいい睡眠の手助けをしてくれるの」
「へぇ、そうなのかい。じゃ麦茶にしようかねぇ」

 フミはあたたかい麦茶を入れてくれて二人で少しの間話をした。
 いつの間にかぷくが寄り添って寝ていた。

「ぷく、お祖母ちゃんを見守ってあげてね」

 安祐美がそう声をかけるとぷくは少しだけ瞼を上げ、すぐに閉ざした。まったく素っ気ないんだから。まあ、そこがいいのかもしれないけど。

***

 スクラッチの当たりは結局、二千二百円。
 まあ、こんなものだろう。そう簡単に大当たりが出るはずがない。けど、あの店で大当たりを出している人が結構いた。福猫ぷくの力なのだろうか。偶然だよな。
 待てよ、疑っているから大当たりしなかったのか。それとも、大当たりしたら人生を台無しにする相でも出ていただろうか。
 明日、文句でも言ってやろうか。いや、ぷくを責めるのはちょっと違う。
 裕はぷくがじっとみつめてくる顔を思い出し、フッと笑った。
『おまえは大金を持つと危険だぞ、気をつけろ』とでも言っていたのかもしれない。そんな気がしてきた。
 そんなに世の中甘くない。簡単に大金持ちになんてなれるわけがない。
 これは福猫ぷくからの(いまし)めだと心に刻んでおこう。それならば、ぷくにお礼しに行くのもありか。ついでにまた
『しんどふじ』に寄って行こう。それがいい。
 本当は安祐美の料理がまた食べたいだけだ。

 裕はベッドに大の字になって天井をみつめた。
 そろそろ寝よう。
 部屋の電気を消したところで、机の上でピカピカと点滅するものが目に留まる。
 スマホを手に取り確認すると元同僚からだった。
 新田が謝罪したいと話していたらしい。
 裕はいろんな感情が渦巻き、しばらく固まっていた。どうしよう。自分もいろいろと考えてはいたけど、いざそういう事態に直面すると尻込みしてしまう。
 会って話しをしなきゃダメだろう、やっぱり。
 メールには新田の連絡先も書かれている。電話をすればいいだけだ。わかっている。わかっていても躊躇(ちゅうちょ)してしまう。
 結局、新田へ連絡することも元同僚への返信も出来ず、そのままスマホを机に置いた。
 どうしたらいいのだろう。どうしたらじゃない。答えは出ている。前に進め。
 でもな……。