最近売れっ子の若手美人女優の「姫野美雪」がやってきた。若干20歳のアイドル上がりの女優だ。芸能人に接するのは初めてだ。こんなに何不自由なさそうな女性でも悩むのだろうか。順風満帆に思えたメディア越しに見た様子とは違うようだ。本当はサインや握手を求めたいところだが、そんなことをしたら接客業失格のような気がして、気が付かないふりをする。実際街中で有名人にあっても気づかないふりをするパターンはわりとありそうだ。子供の学校の保護者に有名人がいたとしてもきっとみんな本人の前で騒ぎ立てないだろう。本人も黄色い声をかけられるよりは、みてみぬふりをされるほうがいいのだろう。

「過去に戻ったり未来を見ることができるって本当?」
 女優が話しかけてきた。テレビでしか見たことがない人が目の前にいて、話していることに私は緊張していた。テレビで見るよりきれいと聞くが、実際その通りだ。

「本当ですよ」
 アサトさんはどんな相手にも対応を変えない。神対応のスペシャリストだ。

「でも、普通はタイムトラベルなんて無理ですよね」
「ここのレストランは普通じゃないので」
「そうですか、少し怖いですが、未来を見たいのです。ねがいはかないますか?」
「ねがいがあるのですか? 未来を見てねがいをかなえる代償は記憶の一部をひとついただくことになります」
「理想の男性に出会ってみたいのです。私、人を好きになる自信がないのです。以前嫌な経験をしてから、なかなか私がイメージする男性に出会えないのです。記憶ならば必要がないものを差し上げます」

 出会えない、それは女優ゆえの高望みのような気がした。どう見てもモテそうだし、出会いもあるだろう。それなのに、好きになれないなんて、一般的な彼氏を求める出会いのないモテない女子からはブーイングの嵐だろう。

「ちゃんと恋人ができて、結婚しているのかどうか知りたくて」

 あんたさえ妥協しなければ、結婚したい男山ほどいると思うのに。私の心の声は鋭い。鋭利な刃物だ。

「あなた、美人なのに、どうしてそんな心配をするんですか?」
 耐えかねて思いをぶつけてしまった。

「正直私の外見ばかり見て内面を見ない人ばかりです。顔目当ての男性も多くて、男性不振なのです。人間として魅力あふれる人に出会えないかもしれないから独身かもしれないし。女優の仕事も辞めたいと思っています」

 つい私は、女優と対等に対話してしまった。なんて贅沢な人なのだろうと一般女子代表で説教したくなってしまったのだ。女優になりたい人がごまんといるのになぜ辞めたいのだろう、やはり贅沢な女なのだ。

「その美貌なら言い寄ってくる人の中に良い人だっているはずですよ」
「私は狭い世界しか知らない鳥かごの鳥です。そんな私は普通の人と出会うことは確率が低いのです」

 自分で鳥かごの鳥といっているあたり、苦手なタイプだ。
「理想が高すぎるのかもしれませんよ」
 核心を突く。

「そうですね、私結構理想は高いので」
 ほら、やっぱり理想が高すぎるのだろう。この女優はわがままなのだ。

「お食事はどうしますか?」
 アサトさんがタイミングを見計らって注文を取る。

「おなかすいたので、がっつりで」
 意外なことを言う。

「ラーメンなんかいかがですか?」
 ラーメンがあることに私は驚く。ここはレストランというより何でも屋食堂と言ったほうがいいだろう。

「ラーメンが食べたかったの。食事制限があって、あまりがっつりしたものは食べられなかったので」
「じゃああっさりとりんごラーメンはいかがですか? ヘルシーで低カロリーな一品ですよ」
「じゃあおまかせします、100円で何でもありなんですね」

 女優はとてもうれしそうに微笑む。やはり美しい。
「このラーメン、りんごの果汁を練りこんだ麺に醤油スープをベースにして、りんご果汁が入っています。本物のりんごが上にのっています」
「名付けて白雪姫のりんごラーメン。これを食べると病みつきになってしまう恐ろしい一品ですよ。毒入りではないですが、中毒性があるので気を付けてください」
「まぁ面白い、いただくわ」

 この女優さんは顔に似合わずチャレンジャーで珍味好きな変わり者なのかもしれない。私が感じたその予感は当たることになるのだが――
 
「白雪姫のりんごラーメンですよ」
「面白い!! こんな素敵なラーメンに出会えるなんて。いただきます」

 それは、ここでしか食べられそうもない一品で、りんごを切ったものが上に乗っている。冷やし中華で言う、すいかが乗っているような感じだ。たしかに冷やし中華の上のすいかは中華に合う。ラーメンの麺の中にりんご果汁が入っているとはなんと手が込んでいるのだろう。そのさっぱり感があっさりとした味わいを醸し出すのかもしれない。

「ベースは醤油なのね。一見、合いそうもないりんごとラーメンという組み合わせが素敵だわね」
「一見合わないと思われるものでも、相性がばっちりというパターンもあるので」

 まひるが心を込めて作ったドリンクが出来上がったようだ。
「虹色ドリンクできましたー」
 まひるが小さな体でコップを運ぶ。
「きれいなドリンクね。本当に虹色。見たこともない色合いだわ。私、一度だけ好きになった人がいるの。でもね、その人暴力的で怖い思い出しかないの。白雪姫は一度死んでも王子様が助けてくれたでしょ」

 あんなに美人なのに好きになった人に暴力を振るわれるなんて、美人だから幸せとは限らないのかもしれない。意外と豪快に虹色のジュースを一気飲みをする女優姫野。人は見た目だけではわからない。繊細そうに見えて実は豪快だったり、神経質そうに見えて実は鈍感だったりするのかもしれない。人の奥深さを知ったと思った。

「ドリンクおいしいですね~」
 そう言うと、ドリンクがなくなるころに美人は眠りに落ちた。
 私たちはモニターで彼女のタイムトラベルを見守る。

 本当にタイムトラベルしたのだろうか? ここは撮影場所かな? たくさんのスタッフが忙しそうに働くスタジオには大道具がたくさん置かれている。女優姫野は1人の独特な雰囲気の男性に目を奪われた。

「あの素敵な男性は?」
 近くにいたスタッフに聞いてみる。
「あの方は、映画の原作者の小説家の先生ですよ」

 そこにいたのは、奇才と思われる不気味な男だった。背は低めで猫背で目が前髪に隠れて見えない顔。上下黒いジャージの風貌はある意味とても目立っていて異彩を放っている。老けているのか若いのかも顔が良く見えずわからない。この人が原作者?

「はじめまして」
 少し警戒しながら原作者にあいさつをする姫野。

「ぐひひ……原作者の黒羽さなぎだ」
 不気味な黒羽は白い歯をきらっとさせながら猫背気味の姿勢で語り掛ける。座り方も個性的な黒羽は自分の世界に入っているようだった。
「私、女優の姫野美雪です」
「あっ、そう」
 興味なさそうに男は台本を読み始めた。そう言った反応は姫野には新鮮だった。みんながちやほやしてくることに疲れていた。握手を求められサインを求められるそういったことが日常茶飯事の女優にとって関心を持たれないということがドキドキするきっかけになったのかもしれない。きっかけなんて些細なことだ。

 よく見ると猫背気味の暗そうな男は意外と若く、前髪は隠れているが、澄んだ瞳がちらりと見えた。そんな不思議なオーラにひとめぼれしたのだった。俳優やアイドルにはいないタイプ。ましてや芸能業界やテレビスタッフにもいない、自分を貫く職人気質な男。姫野は萌えていた。萌えるという意味もよく知らないが、きっとこういった胸キュンをいうのかもしれないと心のどこかで感じていた。ひとめぼれした姫野は黒羽を熱いまなざしでみつめていた。

「ぐひ? 何か用?」
 黒羽が熱い視線に気づいたのか、姫野を見る。相変わらず話し方が個性的だ。ズボンのポケットに手を突っ込んで前かがみな姿勢で椅子に座る姿は独特だった。
「あの……黒羽先生みたいな人、私はじめてです。先生ともっとお話がしてみたいのですが」
「映画のこと? 俺氏も映画ってはじめてだからさ。まぁ世界観を損なわなければ基本OKだけどねぇ、ぐひひ?」

 相変わらずこの男の擬音語が良くわからない。ぐひひの場所ってそこで使わないだろうと突っ込みを入れたくなる。しかも疑問形。でも、この人の話し方は心をわしづかみにした。

「連絡先です。具体的に指示してください」
 自分から連絡先を渡す。普通の男ならば、ましてや初のヒット作となった新人作家ならば普段絶対にない素敵な出会いに心を躍らせることは間違いない。
「ぐひひ、俺氏友達いないからさ、連絡先の登録の仕方もわからないし、コレ返すわ」

 面倒でも調べて女優の連絡先を登録するのが普通の男だろう。それを顔も見ずに返す男は鬼対応とでも言おうか。失礼にもほどがある。

「私が登録しますからそのスマホ貸してください」
「このスマホ、仕事で使うから買ったけど、全然使いこなせないんだよね、ぐひひ」
 普通の女性ならばホラー風な歯だけが妙に白く光っている男に近寄ろうとはしないだろう。しかし、姫野は普通ではなかったのだ。

「先生のスマホに私の番号登録しました。先生の番号も確認したので、私から連絡します」
 塩対応というか、どうでもいいような対応をされた姫野は意地になっていたのかもしれない。そして、黒羽の禁断の前髪をつかんで目を見つめた。彼の瞳は切れ長で美しい。睨み付ける鋭い眼球に心を奪われる。
普通出会ったばかりの原作者である男に普通はしない大胆な行動だろう。黒羽は自分の領域に人を極力入れない主義なので、パーソナルスペースに入ってきたこの女優を非常に警戒していたように思う。普通ならば黒羽という不審者を女優が警戒するのであろうが。

「先生、私、もっとお話ししたいから電話します」
「ぐはぁ? 話すなら今でいいでしょ」
 やっぱりぐはぁの使い方も変だが、この男が使うと普通に感じるのが妙な話なのだが。
「先生の顔立ち、素敵ですね」
 そういうと、姫野はストレートに
「ひとめぼれしました」
 と耳元でささやいた。

普通の男ならば、もっと舞い上がったり顔が赤くなったりするものだが、黒羽は反応がない。彼は幼少時から日かげの世界にいて、異性などと接したこともなく友達もいない男だ。人として何かが欠けているからなのかもしれないし、変人だからなのかもしれないが、黒羽は悪寒を感じているようだった。上下ジャージでぼさぼさ頭の男だ。身なりは気にしていないのだろう。そして、その悪寒は的中し、毎日姫野は連絡をして、撮影に黒羽が来れば、めちゃくちゃ話しかける。自宅まで突き止めて遊びに行くが、煙たがられるそんな状態だった。女優姫野はお高く留まるどころか、ストーカー女のように思いを寄せていた。意外過ぎる事実だった。

 ♢♢♢

「あれ? ここは……?」
「おかえりなさい。ここは幻のレストランですよ。未来はいかがでしたか?」
「衝撃でした。めちゃくちゃいい男に出会ったんですよ」
「あの、個性的な作家さんですか?」
 モニターで様子を見ていた夢香は、確認してみる。言葉を遮るように、姫野は熱弁する。
「クールな作家です。少し影はあるけれど職人気質なタイプで……ひとめぼれです」
 クール? 暗いの間違いでは……?
「理想高いんですよね?」
 確認する。

「私、彼みたいな人に出会えるならばこの仕事もう少しがんばります。芸能界に疲れていて、引退したいとか辞めたいとかばかり考えていました」
「もったいないですよ、演技力もあるし、かわいいのに」
「私は有名になったと思っていましたが、彼は私のことを知らないし、私に興味もないんです。そんなツンデレな彼に会うべくもう少し頑張ります。この仕事をしていなければ絶対にあんな素敵な男性に会えないのだから」
「はぁ……」

 あの得体のしれない不気味男がツンデレなのかも謎だが、女優の趣味が個性的なのだろう。ため息が漏れる。

「私、ねがいが決まりました。あの人の恋人になって結婚したいです」
「白雪姫のように幸せになってくださいね。ねがいがかなうようにしておきましたよ」

 瞬時にアサトさんが魔法をかけたらしい。やっぱりアサトさんはすごい人だ。

「ありがとうございます。素敵なラーメンごちそうさま」

 女優姫野はこれから仕事があるらしくつかの間の休息を楽しんで店を出た。


 ♢♢♢

「アサトさん、姫野さんならねがいをかなえなくてもうまくいったのではないでしょうか? だって相手はあの不気味な黒羽ですよ」
 畳みかけるようにアサトさんに詰め寄る。

「もし、ここでねがいをかなえられなければ姫野さんは失恋していましたね」
「あのキモイ男が美しい女優を振ったのですか?」
「黒羽は人が嫌いなのです。だから執拗に近寄る彼女に警戒して断るところでしたが、彼女のねがいによって、黒羽ははじめて人に心を開くのでしょう。一見釣り合いが取れそうもない二人が実は相性がいいということは先程のりんごラーメンで実証済みですよ」
「でも、ねがいって本当にかなうのですか? 未来のことなんてわからないじゃないですか?」
「ここでのねがいはかないますよ、確実にね。姫野さんはDVの記憶を消すことによって純粋な気持ちで人を愛することができる。私は黒羽さんにとって良い結果になったと思います。一生一人よりは誰かに愛されていたほうが幸せだと思いますし、幸せをつかむきっかけを与えられたのだから」

 魔法使いアサトさんは夢香にとっての王子様なのだが、女優の姫野にとっての王子様はあの猫背の不気味な黒羽なのだろう。でも、才能がある人に惹かれるのはわかるし、意外と何かがかっこよかったりするとそれが惚れる行為につながるのかもしれない。

人の趣味嗜好なんて誰にもわからない。本人だっていつ誰を好きになるのかなんてわからないのだから。好きになろうと思って好きになるものではないのが人の心なのだ。


 ※【りんごラーメン】
 りんごの果汁を麺に入れ、本物のりんごをトッピング。りんご果汁が入っている醤油をベースにしたラーメン。あっさりした味わい。中毒性あり。