「準備できたわよ」
 明日奈はいつもの私服姿。性格にあった服装というか暖かみあるベージュ色の姿。
「じゃあそろそろ行こうか」
 暗い夜道に漏れる街頭の白い灯りは本当の俺を演じさせてくれそうな演出でなんでも出来そうな気にしてくれる。
「ねえ」
 明日奈に声をかけられる。
「私は今から花火だけを楽しみにしていればいいの?」
 表には出さなかったと思うが内心声を出して驚いている。
「うん、そうだよ」
 明日奈にとってこれは楽しいのかはわからない。行き先のわからない船旅、航海を今から楽しいとは俺は言えないから。人はそれぞれ違って繊細で多彩で、星の数ほどのまたはそれ以上の何かを持って発揮し世を生きていく。
 "料理"
 思わずこの言葉が頭に出てきた。神出鬼没のその文字は今のこの俺の複雑な思考回路を示唆している。
 料理って絶対それがその料理とか前食べたこの味とかはない。誤差がどこかしらで生じていて砂糖の量とか小麦粉のちょっとした僅かの差がそれに気づかないうちに響いている。調理工程も同じだ。中火で三分。そのときのキッチンの火力によって火の強さは変わってくるしそれで時間もまた左右される。
 そんな観点から多分こんな言葉が出てきたのだろう。
「そっか」
 楽しみをなくした子供。いつも大人びている明日奈の声かと疑いたくなるぐらいな口調だった。

「花火綺麗だね」
「思っていたより迫力があっていいね」
 河川敷に着いて数分して花火は予告通り上がった。周りを一蹴し今にも包み込んでしまう花は日本の象徴と断言できるぐらい立派でそれは大きさだけにスケールにとどまらないのがまたいい。いろんな形、色を。
 "繊細、多彩って人、料理だけじゃないんだね"
 それらはまたいろんなところへと散らばっていることを夜のお花畑で知らせたくれた。

 先ほどよりも大きな音を轟かせ、そしてたくさんの花が咲き誇る。花火大会もおそらく終盤へ詰めかかっているのだろう。
 忘れるわけがない決断の時が刻々と近づいている。
 "想いを告げる時"
 それは止まらない。時は進み奏でる。
「大智さ、私の話覚えている?」
「話ってなんだっけ?」
 明日奈はどうしてこうもまた急なんだろう。
「幸せのパンケーキ。私はあの都市伝説になりそうな現状を避けたいんだ」
 今の心と頭の状態。出てきたのはあの彼に沿った出来事で、避けたいってことは。頭にあるいろんな単語を次へ次へと探っていき彼の散々な最後を思い出す。
 "交通事故で亡くなった"
「あの交通事故で亡くなった彼のこと?」
「この場にふさわしくない語を並べるんだね」
「すまない、悪気はないんだ」
「大智はそんなことする人じゃないってわかってるから大丈夫だよ」
 俺のことわかってくれてるんだって小さなことだけど嬉しかった。
「私は大切な人、好きな人を守りたいし守られたい。やっぱり女子だからなんとなく男子に守られたいっていう理想をなんか持ってしまうんだよね」
「逆に俺はその大切な人、好きな人を守らなきゃって思っている。逃げる選択肢なんてさらさらないし守られるっていう選択肢ももちろんない」
「お、それはたくましいね」
「だろ」
 会話はなんだかんだで続いていて途中"守られたい"っていう単語が出てきて胸が熱くなる。今はまだ違うけれどのちに想いを告げれたらとあって欲しくはないことだけれどやる気が出てくる。
「結婚しない?」
 時は意外にも止まらず前の時間と同じ通りで進んで奏でている。
 衝撃的な言葉ってやっぱり何語かわからない。親しみ続けて常用語として使い続けている日本語でさえでもこうなるんだから。
 何か返さなきゃと口を開こうとするがすんでのところで口を閉ざす。
 "俺がこのあと言う予定だったのに先を越された"
 こう言うつもりだった。だけどそれだと日本語ではない。
 "俺と付き合ってください"
 このあと俺はこう言うつもりだった。
 "結婚しない?"
 中学の英語のリスニングのときのように何度も頭でリピートする。明日奈が言ったことが何度も頭で流れる。流れれば流れるほど顔が熱くなる。頭の使いすぎかそれとも……。
「それは本当なの?」
「本当って?」
「えっと……け……結婚って……本当に?」
「そのつもりだけど、嫌?」
 嫌だとか無理だとかで丸く収まる話じゃないだろうってツッコむ元気が何故か出ない。状況・場を俺の体は自然と読めているようだ。
「嫌じゃない」
「じゃあなんで……」
「どうも心の準備と……」
「と……その次は?」 
 "俺から言いたかった"が喉の奥で突っかかって出てこない。そうだ、この後俺が二人の間で繋がれている糸を強くするんだ。
「普通、男が言うんじゃないの?」
「別に私から言ったって良いじゃない。誰が男から愛が芽生えるって決めつけたのよ」
「それは……」
「だいたい私の想いにも気づいてよ。こんなシチュエーション、絶対どっちかが恋に落ちてそしてだんだん絆を深めていくんでしょ」
 二人の間で繋がれている糸は"絆"って言うらしい。それを言われてなんとも誇りげで笑みが溢れる。そんなふうに思っててくれたんだ。
「大智からかと思っていたのになんか私が先に恋に落ちるし、気になるし、ずっと視界に入ってくるし」
 ふわふわとしていて元気を貰えるこの声は一つのメッセージ。
「で、どうなのよ。私の人生初告白は成功、失敗どっち?心臓がさっきから止まらなの」
 半分成功で半分失敗。けれどその失敗が成功に変わる未来はそう遠くない。
「俺と付き合ってください」
 どうも日本語がわからないらしい俺は力強く手を差し伸べ言った。
「結婚じゃないんだね」
「やっぱりまずは付き合うが最初だと思う」
「付き合うって二人の"絆"をより深めるものでしょ。もう必要ないと思うけど」
「俺がこの後言おうとしていたこと。ようやく言えた」
「質問なんだから答えで返してよ」
「ごめん。けれど付き合ってしたいことがあったから五分五分にしてほしい」
「五分五分?」
「半分成功半分失敗。俺さ、彼女と一緒に彼のように旅行したかったんだ」
「なんで結婚じゃ駄目なのよ」
 答えは一つ。
「もし結婚してだったら俺は君と離婚して新たな人と付き合ってじゃなきゃそのしたいことができないじゃないか」
「彼女の状態で旅行したいってこと?」
「そうなる」
 これはわがまま?
 いや、都市伝説を忠実に再現しそれを避けるための一つの行動だ。
「君の代で終わらすんだろ」
 最後の花火が打ち上げられた。それは周りを今までの花火よりも明るく照らしてくれた。
 笑う明日奈の顔は世界で二番目に美しくて可愛くて。
 一番ではない。一番はまだこの世にすら存在しないのだから。
「帰ってパンケーキ食べようよ。俺ら幸せでしょ」
「ならいらないでしょ」
 涙が出てたみたいでそれを言いながら涙を拭う仕草が見られた。
「なら君の代でまた変えようよ。今日のあの子たちのこともあるんだ。だから幸せを繋げるパンケーキに変えようよ」
「まさか商品名をそれに変えないようよね。耳に入るたびに恥ずかしくて仕事できなくなるよ」
「なら"パンケーキレモン"で良いじゃないか」
「レモンってそんな意味あったっけ?」
「確か花言葉は"心からの思慕"で相手を恋しく思うような意味だったと思う」
「なら幸せを見つけるって意味っていうパンケーキにしようよ」
「カップル対象の店にならない?」
「大丈夫大丈夫。全員に売るから」
「そういう意味じゃ……」
 ただ無邪気に笑う明日奈を見てそれはまだしなくて良い話だと思った。それをする未来があるにせよすぐに意見がまとまるだろうなって。明日奈はそんな人を区別するようなことをしない人だから。
「これからよろしく、大智」
「それはこっちのセリフだよ。よろしく明日奈」
 周りのものの見方が一風して新しく見るものに見えた。

 いろんな温泉の街を旅行で巡った。流石に温泉は女湯、男湯って別れているから一緒にいることは不可能だけれど足湯なら二人一緒に入ることができた。
 大智 秋 大学二年生
 あれから三ヶ月くらい経って秋になってだんだん冬が迫ってくる。だから寒い風が吹き始める。この日はまだ秋だからと言わんばかりに申し訳なさそうに弱く風が吹いてくれてちょっと寒いなって思うぐらいの気候だ。
「足湯、気持ちいね」
「あぁ、ちょうど良いし。てか晴れてよかったな」
「確かにね」
 台風が日本列島に上陸する季節でもあるし最近のニュースもその報道ばっかだ。台風十四号とか十五号がここ十年で最強の威力とか。今日という日が本当に晴れていてよかったと思う。
「ねーねー、まさかだけどあれってあの二人じゃない?」
 明日奈は何もかも本当に急でその度に毎回驚く。あの二人と指差す方向には俺が告白する予定で明日奈に先を越された日に来たちょっとした出来事を起こしたあの二人だ。言われてみれば間違いなく男子の方は眼鏡をかけていて女子の方は落ち着いた雰囲気を醸し出す衣装。
「声掛けようよ」
 そういう明日奈を猛烈な勢いで口を手で塞いでなんとか止める。
「手繋いでるでしょ。あれからきっと上手くいったんだよ。それにほら、見てみなよ」
 あのときがあの出来事がなかったら生まれなかっただろう。互いに顔を合わせて笑って楽しそうで。
 目があった。
「あれ、あのカフェの店員さんじゃないですか?」
 明日奈に強く言い聞かせたくせに自分のせいでバレるとは、ただどこか嬉しいような気持ちにされた。
「久しぶり、あれから順調そうだね」
 さっき拒ませた勢いをぶつけているように感じて真っ先に話し出した明日奈。
「実はねあの後、彼が私を守ってくれたんです」
「守ってくれた?」
 お大袈裟だよ、と言って彼星矢は事を小さくしようとなだめるときにしそうなジェスチャーで表す。
「歩きスマホしてて、けれど片方の手は星矢と手を繋いでいたから。星矢といなかったら前を通った車に轢かれいていました」
「赤信号なのに渡ろうとしただけだから守ったってなかなか言えないし、あと俺がいなかったら咲穂はあそこにいることもなかったって」
「けれど守ってくれたことには違いないでしょ。私が言うんだから素直に受け止めれば良いのよ」
「わかったよ」
 引いて押し負けたように言うのに星矢は笑っていた。やっぱり好きな人から褒められるって誰だろうと嬉しいんだ。
「君の物語は私が大きく膨らますから、安心して」
 咲穂は言う(二人が前よりも大きく成長しているように思えて'くん'やら'さん'がなんだかつけれない)。
「星矢ね、小説家を目指すって私に宣言したんです。"君と最高の物語を作り刻みたい"って。実は私、小説が好きで"なんなら俺が書くよ、咲穂のために"って言ってくれたんです。こんな私に人生までを変えようとしてくれてたんだって思ったらお二人の言う通りになんだか、今更って思うかもしれないですけど私も彼を大切にしなきゃって思ったんです。星矢に尽くすぞー!って」
 顔を手で隠す星矢がなんだか可愛い。その手をどかしたらどんな顔をしているのか、きっと頬が真っ赤で、けれど嬉しいって思う気持ちで心と体でいっぱいなんだ。
「てかどうしてこんなところにいるの?」
 学生時代に目に焼きつくくらいにみた女子の話すところ。女子ってやっぱり誰かと話すのが好きなんだな。
「実は星矢が誘ってくれて、本当はここに星矢の家族だけでくる予定だったんだけど、あの星矢が私を誘ってくれて」
「親に付き合ってることさえ言ってなかったからすっごい恥ずかしかったんだからな」
「けど言ってくれたんでしょ、流石だよ、自分の危険も考えずに突き進む星矢は」
「それは褒めてるの?」
「うん、褒めている」
 星矢の家族旅行がデート(旅行)になった。"良かったじゃないか星矢"。
「そういう二人は新婚旅行か何かですか?」
 咲穂が俺らに問い詰めるように言う。
「残念ながら結婚断られたんだよね」
 明日奈がニコッと表情を浮かべて言う。
「それはいきなり付き合ってもないのに"結婚しようよ"とか言うからでしょ」
「自分の中では付き合っている設定だったんだもん」
 この俺らのやり取りを見て"幸せそうですね"と言う咲穂の声でお互い恥ずかしくなってやめる。
「お互い良い旅行にしましょうね」
「わかってます」
 これを機にして俺らは別れた。
「パンケーキの商品名変えたくなった?」
「んなわけあるかよ」
 足湯から足を出して持ってきたタオルでついたお湯を拭く。この温まった足の上を吹き走っていく冷たい風がなんとも気持ちよくてしばらくは素足のままでいたかったが次に行こうと言って腕を引っ張る明日奈に背くことは到底不可能だった。
 さあ、俺はいつ言おうかな。
 
 温泉街でソフトクリームやらまんじゅうやら温泉卵やらを存分に食べ歩き楽しんだ。どれも美味しくてついおかわりしたくなったが旅館のご馳走を考えてそれようのお腹のスペースを作るのを忘れなかった。
「美味しそう」
 前に並ぶのは海鮮のフルコースでいろんなお刺身や焼き魚が配置されている。
「見てみて、これ透き通ってるみたい」
「それは鯛かな。本当に透き通っているみたいだ」
 日頃回転寿司でしかお目にかからない海鮮たちはどれも味わったことのない次元でどれも文句なしの仕上がりだった。もちろん焼き魚も身がふわふわと舌に乗って小さな身ながら噛むごとに旨みが溢れ出して口の中を満たしてくれる。
「ここに連れてきてくれてありがとう」
 ご飯を食べ終えて明日奈にそう感謝を言われた。
 今なんだろうか、俺はサラッと口にした。
「結婚する?」
 明日奈の声を聞いた俺はまた新しく世界を目に見る。
 今日の夜空は昨日よりも美しいに違いない。