ゴトン。
最後だと思っていたのになにやら、また、流れてきました。
なんだろう。
白いお皿の上には小さな白い物が乗っていました。食べ物ではありません。私は不思議そうに首を傾げる。目の前に止まった皿のうえの物をみて、瞳が揺れました。
「シロツメ草」
丸く円を描く、指輪になったシロツメ草でした。そっとそれを手にとる。
さぁっと懐かしい青草の香りが駆け抜けて行きました。すると目の前は白と緑の絨毯が広がりました。シロツメ草の丘です。
ここは。近所にあった丘だ。今はもう埋め立てられてデパートが立ち並んでいる。ここは私と亮ちゃんの秘密基地。そして約束の場所。
風にのって小さな子供の声が聞こえてくる。小学三年生のときの亮ちゃんと自分がいました。
「ふふふ見て見て、シロツメ草の王冠。あぁ。亮ちゃん寝ないでよう」
「楽しそうだな葵」
「だって綺麗なんだもん」
モウシロ蝶が仲良く二匹ふわふわと飛んでいました。
「虫かご持ってくればよかった」
「えー。捕まえちゃうの」
さわさわとシロツメ草が音を立てる。
「いいところ見つけたね亮ちゃん。ありがとう。大好き」
「いいだろう。ってか俺は葵の、その顔見るのが好きだなんだけどな」
「へっ? どんな顔」
「笑ってるところ」
「なにそれ」
「落ち着く」
「よく、わかんない。じゃあさ、ずっと一緒にいられるように大きくなったら結婚してよ」
「それいいな」
「じゃあ。指輪作らなきゃ」
「面倒くさ」
「駄目。一緒に作るの」
そう言って昔の自分は、寝転がってる亮ちゃんを叩き起こし、不器用ながらシロツメ草の指輪を二人で作りました。二人で小さな指輪を交換し、背伸びして、大人の真似して誓いのキスなんてした。
「ずっと、そうやって笑ってろよな、俺のために」
「うん。笑ってる」
そうだ。笑ってるって言ったのに。私、最近、ずっと怒ってばっかりだった。
「葵」
昔の亮ちゃんが昔の自分を呼ぶ。
その幼すぎる声に私は、今の亮ちゃんに呼ばれたいと心から思った。
さぁっと強い風が吹き、シロツメ草が揺れる。私は目を瞑る。これが本当の最後だ。私はそう感じていた。もう一度目を開けたとき、私は、やっぱり、まほろにいた。手の中のシロツメ草は心の中に溶けてなくなった。
ーー満足していただけたでしょうかーー
習字書きが流れてくる。
「はい、とても満足です。料理を食べて、とても大切なことを思い出させてもらいました」
ぽろぽろと涙が止まりませんでした。あんなに重かった体が、どこかスッキリしていることに気が付きました。
「お腹、いっぱいです」
噛みしめるように言う。亮ちゃんに会いたい。亮ちゃんと仲直りしたい。
「それは良かった。こちらこそ、胸焼けする負の感情、いただきました。ごちそうさま。げふ」
「えっ」
どこからか、そんな声が聞こえた気がしました。店主に顔を向けると焦っている様子で天井に向かって、しっと、人差し指を立ててジャスチャーして黙れと言っているようでした。私は首を傾げましたが、もうそんな些細なことはどうでもよくなっていました。
素敵な思い出コースの料金は、安すぎる2138円でした。若干、デザートが多かった気がしますが、私の思い出はデザートばかりだったのでしょう。
「また、来ます」
私はそう言って店の引き戸を開き外に出る、直後。
「気が向いたら、また開けます」
っと店のなかから声が聞こえてきました。ピシャリと戸は締めてしまい、もう一度、確認するのも気が引けて私は「今度は亮ちゃんを連れてきますね」っと呟きました。
しかし、その後、どれだけ探しても、まほろは見かけませんでした。
ですが、そのときの私は、亮ちゃんに会いたい気持ちが先立ち、しとしとと振る雨のなか、駆けていきました。
「──亮ちゃん」
そうして亮ちゃんのいる、温かなマンションに扉を開き、どれくらいぶりかの、満面の笑顔を私は亮ちゃんにみせたのでした。
最後だと思っていたのになにやら、また、流れてきました。
なんだろう。
白いお皿の上には小さな白い物が乗っていました。食べ物ではありません。私は不思議そうに首を傾げる。目の前に止まった皿のうえの物をみて、瞳が揺れました。
「シロツメ草」
丸く円を描く、指輪になったシロツメ草でした。そっとそれを手にとる。
さぁっと懐かしい青草の香りが駆け抜けて行きました。すると目の前は白と緑の絨毯が広がりました。シロツメ草の丘です。
ここは。近所にあった丘だ。今はもう埋め立てられてデパートが立ち並んでいる。ここは私と亮ちゃんの秘密基地。そして約束の場所。
風にのって小さな子供の声が聞こえてくる。小学三年生のときの亮ちゃんと自分がいました。
「ふふふ見て見て、シロツメ草の王冠。あぁ。亮ちゃん寝ないでよう」
「楽しそうだな葵」
「だって綺麗なんだもん」
モウシロ蝶が仲良く二匹ふわふわと飛んでいました。
「虫かご持ってくればよかった」
「えー。捕まえちゃうの」
さわさわとシロツメ草が音を立てる。
「いいところ見つけたね亮ちゃん。ありがとう。大好き」
「いいだろう。ってか俺は葵の、その顔見るのが好きだなんだけどな」
「へっ? どんな顔」
「笑ってるところ」
「なにそれ」
「落ち着く」
「よく、わかんない。じゃあさ、ずっと一緒にいられるように大きくなったら結婚してよ」
「それいいな」
「じゃあ。指輪作らなきゃ」
「面倒くさ」
「駄目。一緒に作るの」
そう言って昔の自分は、寝転がってる亮ちゃんを叩き起こし、不器用ながらシロツメ草の指輪を二人で作りました。二人で小さな指輪を交換し、背伸びして、大人の真似して誓いのキスなんてした。
「ずっと、そうやって笑ってろよな、俺のために」
「うん。笑ってる」
そうだ。笑ってるって言ったのに。私、最近、ずっと怒ってばっかりだった。
「葵」
昔の亮ちゃんが昔の自分を呼ぶ。
その幼すぎる声に私は、今の亮ちゃんに呼ばれたいと心から思った。
さぁっと強い風が吹き、シロツメ草が揺れる。私は目を瞑る。これが本当の最後だ。私はそう感じていた。もう一度目を開けたとき、私は、やっぱり、まほろにいた。手の中のシロツメ草は心の中に溶けてなくなった。
ーー満足していただけたでしょうかーー
習字書きが流れてくる。
「はい、とても満足です。料理を食べて、とても大切なことを思い出させてもらいました」
ぽろぽろと涙が止まりませんでした。あんなに重かった体が、どこかスッキリしていることに気が付きました。
「お腹、いっぱいです」
噛みしめるように言う。亮ちゃんに会いたい。亮ちゃんと仲直りしたい。
「それは良かった。こちらこそ、胸焼けする負の感情、いただきました。ごちそうさま。げふ」
「えっ」
どこからか、そんな声が聞こえた気がしました。店主に顔を向けると焦っている様子で天井に向かって、しっと、人差し指を立ててジャスチャーして黙れと言っているようでした。私は首を傾げましたが、もうそんな些細なことはどうでもよくなっていました。
素敵な思い出コースの料金は、安すぎる2138円でした。若干、デザートが多かった気がしますが、私の思い出はデザートばかりだったのでしょう。
「また、来ます」
私はそう言って店の引き戸を開き外に出る、直後。
「気が向いたら、また開けます」
っと店のなかから声が聞こえてきました。ピシャリと戸は締めてしまい、もう一度、確認するのも気が引けて私は「今度は亮ちゃんを連れてきますね」っと呟きました。
しかし、その後、どれだけ探しても、まほろは見かけませんでした。
ですが、そのときの私は、亮ちゃんに会いたい気持ちが先立ち、しとしとと振る雨のなか、駆けていきました。
「──亮ちゃん」
そうして亮ちゃんのいる、温かなマンションに扉を開き、どれくらいぶりかの、満面の笑顔を私は亮ちゃんにみせたのでした。