店主は両手を合わせて、私を拝むように頭を下げました。気分を悪そうにしている私に申し訳ないと思ったのだろう。しかし、私は平気だと手振り身振りでジェスチャーした。
あれ。店主の動きが移ってないか。
まっいいか。
続きまして、次の品が流れてきました。
ーーリンゴ飴ーー
「やった。私の好きな物だ」
気持ち悪さなどなんのその、あっと言う間に気分が上昇しました。真っ赤なリンゴ飴を手に取り、お口直しにと、甘いリンゴ飴をぱりっと食べる。
っと、どんどこ。どんどこ。っと太鼓の音が聞こえてきました。すると赤い鳥居の神社が見えてきました。提灯に屋台。浴衣姿に花火。どうやら夏祭りのようです。
「葵。こっち、こっち」
さっちゃんに呼ばれ浴衣姿の昔の私は振り返りました。高校二年のころです。
「葵、お願いね。告白するから亮を連れてきてね」
「うん」
泣きたい気持ちを押さえて昔の私は偽りの笑顔を浮かべました。ガランゴロンと下駄が足に食い込みピリピリと痛んでいるのか右足を少し引きずっています。スマホで亮ちゃんを呼び出し、ひとりで鳥居の前で待つと、亮ちゃんが息を切って走って来ました。
「お前なぁ。呼び出すなら、もっと前もって言えよな。友達と回ってただろうが」
嬉しそうに笑い、すっかり勘違いしている亮ちゃんに、あのころの私は言葉が出ませんでした。そんなことお構いなしに「行くか」っと亮ちゃんは言うと二人で並んで屋台が立ち並ぶ参道を歩きました。
「覚えてるか、昔さ。お前、買ったばかりのリンゴ飴を袋からだして、すぐに、落としやがってさ」
「うん。この神社の坂、リンゴ飴がゴロゴロに転がっていったね」
「二人で追いかけたな」
「うん。途中で私が転んで足擦りむいて」
「そうそう、俺がおぶって帰ることになったんだっけ。ドジだよな」
「なによ。亮ちゃんだってさ、水風船、びょんびょんやりすぎて、知らないおじちゃんの腰にぶつけて割って」
「はは。二人で謝ったな」
亮ちゃんと昔の自分は可笑しそうに笑った。すると、そっと手がぶつかり、そのままさりげなく亮ちゃんが昔の自分と手を繋いできた。子供のころの柔らかな小さな手とは違う、あきらかにゴツくなった手に、昔の自分はびくりとしてしまった。
「嫌だった」
「ちが……」
亮ちゃんの頬が赤い。これは提灯の明かりのせいだけではないでしょう。──駄目だ。そうだ。あのとき突き放すように私は、さっちゃんのことを思い出して、亮ちゃんの手を振り払ったんだった。
「あのね。私、亮ちゃんと祭りを回るために呼んだんじゃないんだ」
「どういうことだよ」
「あのね。あっちにね、さっちゃんがいるんだ」
それを聞いた途端、あからさまに亮ちゃんの機嫌が悪くなった。
「葵はそれでいいのかよ」
見透かすように、亮ちゃんは昔の自分を見据える。昔の自分は、ばれないように顔を歪ました。
「なにが」
「気がついてないと思ってるのかよ。葵が、やたらと小林と俺を一緒にさせようとしているだろう」
「そんなこと」
「じゃあ。俺の顔見て言えよ。なんで顔を反らすんだ」
「…………お似合いだと思ったから、亮ちゃんとさっちゃん」
太鼓の音がやけに心臓に響いた。
「……ああ。そうかよ。じゃぁ、その通りにしてやるよ」
亮ちゃんは昔の自分に背を向けて行ってしまいました。「まっ」──まって。引き留めそうな声を飲み込み堪える昔の自分。
なんて馬鹿なんだろう。なんて愚かなんだろう。口を塞いで細かく震えている昔の自分の姿を私は見ていた。
馬鹿だ。
亮ちゃんの手を掴みたかったくせに。嫌だと言いたかったくせに。好きだと叫びたかったくせに。
見えなくなった亮ちゃんに昔の私は静かに泣いていた。痛む足を引きずり、なにもかも嫌になり家に向かう。近くの公園へ行き、亮ちゃんとブランコで遊んだことを思い出しながら、ブランコに座り、また泣いていた。
どれくらいそうしていただろうか。
「こんなところにいた」
亮ちゃんが追ってきて昔の自分の前に現れたのです。
「どうして」
「……馬鹿が。顔ぐちゃぐちゃだな。泣くなら、あんなこと言うなよ」
亮ちゃんは昔の自分の真ん前に立ち、どこか呆れたように言いました。わけもわからず、信じられなくて昔の自分は泣くことも忘れ、ブランコに座りながら亮ちゃんの顔をまじまじと見上げました。
「葵は、もっと昔は素直だったのにな」
「なにそれ」
「馬鹿になったなって」
「なんだと」
「……断ったよ」
「えっ」
「小林のことは、ずっと友達としか見れなかったから」
そう言って亮ちゃんはどこか熱い視線を昔の自分に向けた。どうしていいかわからなくなって昔の自分は視線を反らす。
「ほら」
「あっ。りんご飴」
「好きだっただろう」
「うん。大好き」
「うっ……お前」
うん。無垢って怖いよな。私は昔の自分たちの光景に、なんだかいたたまれなくなってきました。
「食べていい」
「好きにしろ」
頭のなかはパンク状態だったのを覚えている。さっちゃんを振ったこと。どうしようっとの思いと、嬉しいとの思い、そして、なんでわざわざ探してまで、亮ちゃんがここに来たのかとか。しかし、りんご飴の甘い味に、その感情が落ち着いてきたようです。昔の自分は「甘い」って言って無邪気に亮ちゃんに笑い掛けました。
「葵のその顔は、ずっと変わらないな」
「へっ」
「落ち着く」
ふいにペロペロと舐めていたりんご飴を取り上げられ、亮ちゃんの真剣な面持ちが昔の自分に迫ってきました。そのまま唇を奪われる。
「──甘っ」
「な……」
そっと唇を離して亮ちゃんは言いました。
「ごめん、我慢できなかった」
亮ちゃんは照れながら、また、昔の自分の顎をとらえると、長いこと口を塞いできました。すべてを吸い取られるような思いでした。好きと思う気持ちは奥深く沈めていたのに、それをいとも簡単に吸い上げられる。もう、駄目だと、この思いを隠しきれないとあのとき思った。
やっと離されて、昔の自分は大パニックを起こして、あっぷあっぷっと口を押させながら声にならない声を出していました。
ああ。こんな時分もあったんだったな。いたたまれない。
「しまった。告白する前にキスしちゃったな。なぁ、もっとして」
「だめぇぇぇぇ」
「くくく。いっぱい。いっぱいだな。お前」
「ムカつく」
「俺も、余裕なんてないよ」
昔の自分は真っ赤になり、その顔を見られたくなくてブランコから降りて、拗ねたように亮ちゃんに背を向けました。
「葵」
「知らない」
「たく。りんご飴いらないのかよ」
「いる」
背を向けたまま手を差し出すと、望み通り、リンゴ飴を渡される。背を向けたまま、カリリとリンゴ飴を食べる昔の自分。甘くてすっぱい、りんご飴。
さっちゃんを傷つけることになる。それでも、亮ちゃんの側にいたい。
そんな感情を思い出すと私の視界が朧に霞ました。やはり気がつくと、りんご飴を片手に、まほろのカウンターで座っていました。私はりんご飴を食べました。ひとくち食べる度に瞳から涙がポロリと溢れてきます。
どうして。どうして忘れていたんだろうか。
あんなに好きだったのに。
そうだよ。好きで、好きでしょうがなかった。
あのころ、周りを傷つけながらも私たちは付き合い初めた。私はなにかと亮ちゃんに、なにかしてあげたいっと思っていたはず。お互いがお互いを不器用ながらも想い合ってた。
付き合って10年。
今や不満ばかり感じ、そのイラつきを押さえることばかり考えていた気がする。
なんでやってあげないといけないんだろうとか。なんで私のことわかってくれないのだろうとか。
純粋に好きだったのに。
りんご飴の甘さが、あのときの亮ちゃんを好きな気持ちが湧きあがらせた。
あんな思いまでして両思いになったのに……。
「──なんて馬鹿な喧嘩をしたんだろう」
どんな格好をしようが亮ちゃんは亮ちゃんなのに、私のために誕生日に会ってくれた。いるのが当たり前になりすぎて、甘えていたのだと気が付く。
「ごちそうさまです」
あれ。店主の動きが移ってないか。
まっいいか。
続きまして、次の品が流れてきました。
ーーリンゴ飴ーー
「やった。私の好きな物だ」
気持ち悪さなどなんのその、あっと言う間に気分が上昇しました。真っ赤なリンゴ飴を手に取り、お口直しにと、甘いリンゴ飴をぱりっと食べる。
っと、どんどこ。どんどこ。っと太鼓の音が聞こえてきました。すると赤い鳥居の神社が見えてきました。提灯に屋台。浴衣姿に花火。どうやら夏祭りのようです。
「葵。こっち、こっち」
さっちゃんに呼ばれ浴衣姿の昔の私は振り返りました。高校二年のころです。
「葵、お願いね。告白するから亮を連れてきてね」
「うん」
泣きたい気持ちを押さえて昔の私は偽りの笑顔を浮かべました。ガランゴロンと下駄が足に食い込みピリピリと痛んでいるのか右足を少し引きずっています。スマホで亮ちゃんを呼び出し、ひとりで鳥居の前で待つと、亮ちゃんが息を切って走って来ました。
「お前なぁ。呼び出すなら、もっと前もって言えよな。友達と回ってただろうが」
嬉しそうに笑い、すっかり勘違いしている亮ちゃんに、あのころの私は言葉が出ませんでした。そんなことお構いなしに「行くか」っと亮ちゃんは言うと二人で並んで屋台が立ち並ぶ参道を歩きました。
「覚えてるか、昔さ。お前、買ったばかりのリンゴ飴を袋からだして、すぐに、落としやがってさ」
「うん。この神社の坂、リンゴ飴がゴロゴロに転がっていったね」
「二人で追いかけたな」
「うん。途中で私が転んで足擦りむいて」
「そうそう、俺がおぶって帰ることになったんだっけ。ドジだよな」
「なによ。亮ちゃんだってさ、水風船、びょんびょんやりすぎて、知らないおじちゃんの腰にぶつけて割って」
「はは。二人で謝ったな」
亮ちゃんと昔の自分は可笑しそうに笑った。すると、そっと手がぶつかり、そのままさりげなく亮ちゃんが昔の自分と手を繋いできた。子供のころの柔らかな小さな手とは違う、あきらかにゴツくなった手に、昔の自分はびくりとしてしまった。
「嫌だった」
「ちが……」
亮ちゃんの頬が赤い。これは提灯の明かりのせいだけではないでしょう。──駄目だ。そうだ。あのとき突き放すように私は、さっちゃんのことを思い出して、亮ちゃんの手を振り払ったんだった。
「あのね。私、亮ちゃんと祭りを回るために呼んだんじゃないんだ」
「どういうことだよ」
「あのね。あっちにね、さっちゃんがいるんだ」
それを聞いた途端、あからさまに亮ちゃんの機嫌が悪くなった。
「葵はそれでいいのかよ」
見透かすように、亮ちゃんは昔の自分を見据える。昔の自分は、ばれないように顔を歪ました。
「なにが」
「気がついてないと思ってるのかよ。葵が、やたらと小林と俺を一緒にさせようとしているだろう」
「そんなこと」
「じゃあ。俺の顔見て言えよ。なんで顔を反らすんだ」
「…………お似合いだと思ったから、亮ちゃんとさっちゃん」
太鼓の音がやけに心臓に響いた。
「……ああ。そうかよ。じゃぁ、その通りにしてやるよ」
亮ちゃんは昔の自分に背を向けて行ってしまいました。「まっ」──まって。引き留めそうな声を飲み込み堪える昔の自分。
なんて馬鹿なんだろう。なんて愚かなんだろう。口を塞いで細かく震えている昔の自分の姿を私は見ていた。
馬鹿だ。
亮ちゃんの手を掴みたかったくせに。嫌だと言いたかったくせに。好きだと叫びたかったくせに。
見えなくなった亮ちゃんに昔の私は静かに泣いていた。痛む足を引きずり、なにもかも嫌になり家に向かう。近くの公園へ行き、亮ちゃんとブランコで遊んだことを思い出しながら、ブランコに座り、また泣いていた。
どれくらいそうしていただろうか。
「こんなところにいた」
亮ちゃんが追ってきて昔の自分の前に現れたのです。
「どうして」
「……馬鹿が。顔ぐちゃぐちゃだな。泣くなら、あんなこと言うなよ」
亮ちゃんは昔の自分の真ん前に立ち、どこか呆れたように言いました。わけもわからず、信じられなくて昔の自分は泣くことも忘れ、ブランコに座りながら亮ちゃんの顔をまじまじと見上げました。
「葵は、もっと昔は素直だったのにな」
「なにそれ」
「馬鹿になったなって」
「なんだと」
「……断ったよ」
「えっ」
「小林のことは、ずっと友達としか見れなかったから」
そう言って亮ちゃんはどこか熱い視線を昔の自分に向けた。どうしていいかわからなくなって昔の自分は視線を反らす。
「ほら」
「あっ。りんご飴」
「好きだっただろう」
「うん。大好き」
「うっ……お前」
うん。無垢って怖いよな。私は昔の自分たちの光景に、なんだかいたたまれなくなってきました。
「食べていい」
「好きにしろ」
頭のなかはパンク状態だったのを覚えている。さっちゃんを振ったこと。どうしようっとの思いと、嬉しいとの思い、そして、なんでわざわざ探してまで、亮ちゃんがここに来たのかとか。しかし、りんご飴の甘い味に、その感情が落ち着いてきたようです。昔の自分は「甘い」って言って無邪気に亮ちゃんに笑い掛けました。
「葵のその顔は、ずっと変わらないな」
「へっ」
「落ち着く」
ふいにペロペロと舐めていたりんご飴を取り上げられ、亮ちゃんの真剣な面持ちが昔の自分に迫ってきました。そのまま唇を奪われる。
「──甘っ」
「な……」
そっと唇を離して亮ちゃんは言いました。
「ごめん、我慢できなかった」
亮ちゃんは照れながら、また、昔の自分の顎をとらえると、長いこと口を塞いできました。すべてを吸い取られるような思いでした。好きと思う気持ちは奥深く沈めていたのに、それをいとも簡単に吸い上げられる。もう、駄目だと、この思いを隠しきれないとあのとき思った。
やっと離されて、昔の自分は大パニックを起こして、あっぷあっぷっと口を押させながら声にならない声を出していました。
ああ。こんな時分もあったんだったな。いたたまれない。
「しまった。告白する前にキスしちゃったな。なぁ、もっとして」
「だめぇぇぇぇ」
「くくく。いっぱい。いっぱいだな。お前」
「ムカつく」
「俺も、余裕なんてないよ」
昔の自分は真っ赤になり、その顔を見られたくなくてブランコから降りて、拗ねたように亮ちゃんに背を向けました。
「葵」
「知らない」
「たく。りんご飴いらないのかよ」
「いる」
背を向けたまま手を差し出すと、望み通り、リンゴ飴を渡される。背を向けたまま、カリリとリンゴ飴を食べる昔の自分。甘くてすっぱい、りんご飴。
さっちゃんを傷つけることになる。それでも、亮ちゃんの側にいたい。
そんな感情を思い出すと私の視界が朧に霞ました。やはり気がつくと、りんご飴を片手に、まほろのカウンターで座っていました。私はりんご飴を食べました。ひとくち食べる度に瞳から涙がポロリと溢れてきます。
どうして。どうして忘れていたんだろうか。
あんなに好きだったのに。
そうだよ。好きで、好きでしょうがなかった。
あのころ、周りを傷つけながらも私たちは付き合い初めた。私はなにかと亮ちゃんに、なにかしてあげたいっと思っていたはず。お互いがお互いを不器用ながらも想い合ってた。
付き合って10年。
今や不満ばかり感じ、そのイラつきを押さえることばかり考えていた気がする。
なんでやってあげないといけないんだろうとか。なんで私のことわかってくれないのだろうとか。
純粋に好きだったのに。
りんご飴の甘さが、あのときの亮ちゃんを好きな気持ちが湧きあがらせた。
あんな思いまでして両思いになったのに……。
「──なんて馬鹿な喧嘩をしたんだろう」
どんな格好をしようが亮ちゃんは亮ちゃんなのに、私のために誕生日に会ってくれた。いるのが当たり前になりすぎて、甘えていたのだと気が付く。
「ごちそうさまです」