呆然としていると、すぐにベルトコンベアーから次の品が流れてきました。ご丁寧に習字書きまで一緒に。
ーー肉まんーー
「なぜに肉まん?」
真ん丸のお皿の上にはひとつの肉まんが主張するように流れてきて、食べてくれと言わんばかりに私の前で止まった。
食え食えっと店主が口をぱくぱくさせてジェスチャーする。
もう冷静な判断は出来ずにいました。さっきのが何だったのか、気になって仕方がなかったのです。この店が酷く怪しく、可笑しいのはわかった。それでもあの懐かしい思い出に逢えるのではないかと募り、私は騙されてもいいと恐る恐る肉まんを掴む。
ほかほかの肉まんを、ひとくち、ぱくりと食べる。ぱさついた生地に、肉汁がない安物の味がしました。なんともなしに目をとじると、ひゅうっと冷凍庫を開けっぴろげた瞬間のように、頬に冷気が通り過ぎていきました。ゆっくりと目を開くとそこには、一台のトラックと普通車が停車していました。狭い道路。青い屋根の一軒家。
私はアスファルトの道路で、寒さで白い息を吐きながら、立ち尽くしていました。
ここは実家だ。
と、目の前には小学五年生の頃のお揃いのダッフルコートを着た自分と亮ちゃんがいました。
「引っ越してもメールするからね。亮ちゃん」
「俺も」
──これは……。父の転勤で三重県に行くことになった日のことです。思い出した。遠い昔の光景。私は無理矢理、記憶が掘り起こされました。
「これ。寒いだろう」
「なぁに。あ、肉まんだ」
小学生の小遣いで亮ちゃんは近くのコンビニに行き大慌てで息を切って、ひとつの肉まんを選別にくれた。
「ありがとう。亮ちゃん」
昔の自分の声が震えている。あの頃、私は本当に亮ちゃんと離れたくなかったのです。ずっと一緒だと思っていた。
私は今度こそ、昔の亮ちゃんに触れたくなり、手を伸ばした。腕を掴む。ことはできませんでした。するりと私の体は透けて、まるで水を切るように空気を裂いた。これは……。私自身が幻になってしまったのだろうか。透けた手を、まじまじと見る。
昔の自分に母が「葵」っと普通車の助手席から声を掛けた。
「もう、行くね」
「うん」
無理に笑顔を作って昔の自分は普通車に乗り込んだ。
私は普通車のうしろに同乗した。
「葵」
「亮ちゃん」
窓を隔てて大人の都合で引き裂かれた昔の自分と亮ちゃんが見つめ合う。父の運転する車は躊躇いながらも出発しました。心がチクリと痛んだ。
これが永遠の別れのような気がしていた。タイヤは回りに回り、ずっと見守って立ち尽くしていた亮ちゃんが、とうとう見えなくなった。昔の自分は亮ちゃんから貰った肉まんを頬張った。「うっうっ」と泣き出し「早く大人になりたい」と小さく呟いていた。
車の窓から分厚い空の雲が見えた。ちらりと真っ白な消えそうな、ちいさな、ちいさな雪が降ってきたのです。なんてちっぽけな真っ白な固まりだろうか。しかし、それは突如、車に挑むように向かってくる。ごうっと、粉雪が車を通り越し私に飛びかかってきた。
遮るように手を翳すと、ひやりとして静寂に包まれた、すると目を開けると温かな。まほろの店で私は座っていたのです。
これはもう、ただ事ではありません。
しかし、そんなことより手が冷たい。それなのに手の中の肉まんは柔らかく、ぬくもりを持っていた。私は無言でその肉まんを食べる。
そうだ。この安っぽい感じ、あの日の……なによりも温かな肉まんの味に似ている。
私の瞳が熱を持つ。溢れそうになる涙を私はこらえ。噛み締めるように肉まんを食べた。
「ごちそうさま」
ーー肉まんーー
「なぜに肉まん?」
真ん丸のお皿の上にはひとつの肉まんが主張するように流れてきて、食べてくれと言わんばかりに私の前で止まった。
食え食えっと店主が口をぱくぱくさせてジェスチャーする。
もう冷静な判断は出来ずにいました。さっきのが何だったのか、気になって仕方がなかったのです。この店が酷く怪しく、可笑しいのはわかった。それでもあの懐かしい思い出に逢えるのではないかと募り、私は騙されてもいいと恐る恐る肉まんを掴む。
ほかほかの肉まんを、ひとくち、ぱくりと食べる。ぱさついた生地に、肉汁がない安物の味がしました。なんともなしに目をとじると、ひゅうっと冷凍庫を開けっぴろげた瞬間のように、頬に冷気が通り過ぎていきました。ゆっくりと目を開くとそこには、一台のトラックと普通車が停車していました。狭い道路。青い屋根の一軒家。
私はアスファルトの道路で、寒さで白い息を吐きながら、立ち尽くしていました。
ここは実家だ。
と、目の前には小学五年生の頃のお揃いのダッフルコートを着た自分と亮ちゃんがいました。
「引っ越してもメールするからね。亮ちゃん」
「俺も」
──これは……。父の転勤で三重県に行くことになった日のことです。思い出した。遠い昔の光景。私は無理矢理、記憶が掘り起こされました。
「これ。寒いだろう」
「なぁに。あ、肉まんだ」
小学生の小遣いで亮ちゃんは近くのコンビニに行き大慌てで息を切って、ひとつの肉まんを選別にくれた。
「ありがとう。亮ちゃん」
昔の自分の声が震えている。あの頃、私は本当に亮ちゃんと離れたくなかったのです。ずっと一緒だと思っていた。
私は今度こそ、昔の亮ちゃんに触れたくなり、手を伸ばした。腕を掴む。ことはできませんでした。するりと私の体は透けて、まるで水を切るように空気を裂いた。これは……。私自身が幻になってしまったのだろうか。透けた手を、まじまじと見る。
昔の自分に母が「葵」っと普通車の助手席から声を掛けた。
「もう、行くね」
「うん」
無理に笑顔を作って昔の自分は普通車に乗り込んだ。
私は普通車のうしろに同乗した。
「葵」
「亮ちゃん」
窓を隔てて大人の都合で引き裂かれた昔の自分と亮ちゃんが見つめ合う。父の運転する車は躊躇いながらも出発しました。心がチクリと痛んだ。
これが永遠の別れのような気がしていた。タイヤは回りに回り、ずっと見守って立ち尽くしていた亮ちゃんが、とうとう見えなくなった。昔の自分は亮ちゃんから貰った肉まんを頬張った。「うっうっ」と泣き出し「早く大人になりたい」と小さく呟いていた。
車の窓から分厚い空の雲が見えた。ちらりと真っ白な消えそうな、ちいさな、ちいさな雪が降ってきたのです。なんてちっぽけな真っ白な固まりだろうか。しかし、それは突如、車に挑むように向かってくる。ごうっと、粉雪が車を通り越し私に飛びかかってきた。
遮るように手を翳すと、ひやりとして静寂に包まれた、すると目を開けると温かな。まほろの店で私は座っていたのです。
これはもう、ただ事ではありません。
しかし、そんなことより手が冷たい。それなのに手の中の肉まんは柔らかく、ぬくもりを持っていた。私は無言でその肉まんを食べる。
そうだ。この安っぽい感じ、あの日の……なによりも温かな肉まんの味に似ている。
私の瞳が熱を持つ。溢れそうになる涙を私はこらえ。噛み締めるように肉まんを食べた。
「ごちそうさま」