「お疲れ様でした」
「あなたこそ宮殿内の警備、ご苦労さまです」
晩餐会も終わり、アンナは柊の間に戻ってきた。
ここはかつて、クロイス派の貴族たちがカード遊びのために使っていた部屋だが、このたび皇妃家政機関総監……つまりアンナの執務室に割り当てらることとなった。
室内にはアンナの無二の腹心にして、全てをさらけ出すことのできる男性、マルムゼがすでに控えている。彼は彼で、晩餐会で手薄になった宮殿内の警備を行っていた。
華やかな催しの裏で、宮殿の隠し通路などを悪用されることを防ぐためである。かつて彼女たちが使った手だ。他の誰かが使う可能性は十分にある。
今やアンナは、狙う立場から狙われる立場となった。自らを、そして新女帝を守るための努力を惜しんではならなかった。
「ともかくも新政権のお披露目はうまくいったわ。クロイス派の貴族たちや皇妃に反感を抱く皇族たちも、少しは安心したみたい」
「ひとまず面倒事は回避できた、といったところですか?」
「そうね」
アルディス3世の喪が明けぬうちから、晩餐会を挙行したのは、決して新支配者の権威を見せつけるためではない。まして、皇妃が冒頭の挨拶で語ったように亡き皇帝の思い出話をするためでもない。
クロイス派を出し抜いた皇妃派が、決して敵ではないと貴族たちに思わせるためである。
新女帝マリアン=ルーヌは、クロイス宰相以下、現役の大臣たちに引き続き職務につくよう命じた。皇妃派とクロイス派が手を携えアルディス帝崩御という難局を切り抜ける、というのが彼女の方針である。
そしてそれは皇帝崩御の夜、アンナ自身がマリアン=ルーヌに提言したことだった。
「誰ひとり欠けることなく、晩餐会に出席した大臣たちを見て、保守派貴族たちは胸をなでおろしたでしょう」
「ですが、いささか意外でした。あなた様がそれほどの温情を彼らに与えるとは」
「何? 私が彼らを全員断頭台へ送るとでも思った?」
「そうしたいのが本音でございましょう? あなた様の最終目標は復讐なのですから」
「ふふふっ、あなたも言うようになったわね」
最近マルムゼは、こうしてアンナの思いや感情を先回りする言葉が多くなっていた。以前の彼なら絶対になかったことだし、アンナ自身もそれをやられたら愉快には思わなかっただろう。
けど今は、彼に胸の内を読まれることが全く苦ではない。むしろ心の底から彼と繋がっているような気がして、心地よいほどだ。
あの日以来、アンナがマルムゼに対して抱く感情は明確に変わった。恋い慕う想いを理性で押さえつけるのをやめたのだ。マルムゼもそれを理解しているからこそ、彼の言動も変わったのかもしれない。
「断頭台送りは当分先でいいわ。今は彼らの政権運営能力が必要よ」
「有用なうちは殺さないでおく、と」
「表向きはね。もちろん裏では連中を脅し、煽り、自壊させていく。すでにクロイス派の没落は始まってるわ」
「さすが、手抜かりはないということですか」
「あなたにも活躍してもらうわよ。私の策謀はあなたなしには実現できないもの……」
これまでも幾度となく行われたアンナとマルムゼの密議だったが、最近の二人の声音には甘やかさがにじみ出ていた。もし誰かがそれを聞けば、市井の恋人が愛を語らうのに似ていると思ったかも知れない。
それでも「断頭台」やら「没落」やらと、物騒な言葉ばかり飛び出すのが、この二人が、市井の男女と決定的に違うところなのだが……。
「さて、と。もう少し、あなたと二人きりでいたいけど、そろそろ客が来るわ。節度ある距離感でいましょう」
「客? このような時間にですか?」
マルムゼは怪訝な顔をする。晩餐会が終わったのが21時すぎ、それから諸侯がそれぞれの邸宅に戻っていくのを見送って、そろそろ日付が変わろうとしている。皇妃の就寝の時刻も過ぎ、アンナたちもグレアン邸に戻ろうという時間だった。
「晩餐会中に、私に接触してきた人間がいるのよ。ワイン係に手紙を持たせて、密かに私に渡してきたわ」
要人たちが集まる晩餐会や舞踏会ではよく見られる光景だ。給仕に金貨と一緒に秘密の手紙を渡すと、給仕は金貨を懐に収める。そして手紙を指定された相手に渡すのだ。手紙の内容はときに不倫の誘いであり、ときに陰謀の相談であった。
宮廷の風紀が乱れるということで禁止を試みた皇帝もいたというが、この手の行為はなかなか無くなるものではない。
「その手紙は誰から?」
「ここに来てからのお楽しみね。あなたも意外に思う相手よ」
アンナがそう言うと、タイミングを見計らったように、ドアを叩く音が鳴った。全くの偶然のはずだが、室内を盗聴されているのではないかと、つい思ってしまう。
「どうぞお入りなさい。鍵はかけていないわ」
そう言うと、ギイと音を立てて、樫材づくりの堅牢な扉が開いた。
「遅くに失礼いたします。グレアン侯爵」
「どうぞお掛けください」
アンナは来訪者に、ソファを指し示す。横でマルムゼが緊張するのがわかった。恐らく、会場で手紙を受け取ったときのアンナと同じ顔をしているだろう。
「まさか、あなたが声をかけてくるとは思いませんでしたわ、女官長殿」
部屋を訪れたのは、宮廷女官長グリージュス公爵。つい先日までのアンナの上役であり、彼女に並ならぬ敵意を抱いていたはずの女性だった。
「それだけなりふり構っていられないということです、グレアン侯爵」
すこしばつが悪そうに、グリージュス公爵クラーラは、アンナの視線から目をそらした。
「よほどの決意あっての行動かと思います。余計な話はせず、本題に入りましょう」
「そう、ですね。正直、私もその方がありがたいわ」
「クロイス公が、私の暗殺を試みているということですね?」
「はい。ルコット様のご出産前に……つまり年内にあなたを亡き者にしようとお考えです」
「なるほど」
クロイス公はよほど焦っているようだ。今アンナが不審な死を遂げれば、幼児だってクロイスが怪しいと思うはずなのに。それとも、誤魔化しきれる自身があるということか? あるいは……。
「あなたの作り話……ではないわよね?」
アンナはわざとくだけた口調で女官長に尋ねる。
「そんなでまかせをあなたに吹き込んで、誰がどんな得をするというのです?」
「ふふふ、それはそうね。一応の確認です」
グリージュスが偽りの暗殺計画を手土産に、皇妃派の中に潜り込もうとしている。そんな可能性も全くないわけではないが、それならもっと適当な人間がいるはずだ。つい先日までまた直接的な政敵だった宮廷女官長だからこそ、逆に信用できる。
「で、下手人は?」
「エルチ子爵。ご存知でしょうか?」
名前は聞いたことあるが、顔は思い出せないし、どんな人物かもわからない。アンナはマルムゼを見る。
「エルチは確か、北方海岸の近くにある荘園の名です。そこのご領主でしょうが、私も詳しくは……」
マルムゼが戸惑い気味に答えると、宮廷女官長が続けた。
「でしょうね。クロイス公爵家の12代前の分家で、そこから特に目立った功績もない家門ですので」
「12代前?」
となればクロイス家から別れたのは200年近く前なのではないか? 一門衆と言えないこともないが、そこまで遠いともはや別の家だ。そして、そこがあのクロイス公爵らしい。
「つまり、そのエルチ子爵とやらが凶行に及んだとしても、クロイス公爵とはなんら関係のない、ということね?」
「いかにも、その通りです」
彼らのいつものやり口だ。陰謀が成功すればクロイス家は大きな利益を得ることができる。しかし失敗したとしても、それは愚か者が勝手にやったことであり、クロイス家には何の関わりもない。そういう愚か者を、あの家は無数に飼い慣らしている。
「かつて、私や亡き夫もエルチ子爵のような立場にいました。そして、夫はトカゲの尻尾のように切り捨てられた……!」
「なるほどね。あの日、私が言った事を真剣に考えてくれているようね?」
皇妃と近衛隊によるクーデターの時、クロイス公は盟友であった大臣たちを切り捨て、いち早く皇妃にひざまづいた。その恥知らずな変節を見たアンナは、我慢できずグリージュスに「これがお前の主の正体だ」と言い放ったのだ。
「はい。これまで私はクロイス公親娘に従い、あなたや皇妃陛下を敵と思い定めていましたが、このままでは先がないと思い知りました。何卒、私を皇妃派の末席にお加えください……!」
グリージュス公はソファから腰を上げると、床に膝をついて頭を下げた。これまでアンナに対しては傲慢な態度を取り続けてきた彼女からは想像もつかない変貌だ。
「……沈みかけた船にはもう乗っていられない、というわけね。いいでしょう。あなたを歓迎するわ、クラーラ」
アンナは初めてこの女をファーストネームで読んだ。
「年明け、皇妃様が女帝に即位されたら、家政機関総監の仕事はより忙しくなる。女官長が補佐してくれるのなら、これほど心強いことはないわ」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり!」
頭を下げ続けるグリージュス公に、強めの語気で言う。はっとしたように彼女は頭を上げた。
「あなたには全てを話していただくわ」
「どういう……事でしょうか?
「クロイス公から私たちに乗り換える、それは相応の覚悟が必要なことよ?」
「もちろんです。ですからこうして意を決して、この部屋に……」
「口ではなんとでも言える。私が知りたいのはその覚悟の本質なの」
「覚悟の本質……?」
「クロイス公に未来がないのはわかった。ではその未来とは何? この国の行く末? 最高権力の奪い合い? それとも、もっと私的なことかしら?」
「……」
「話してちょうだい、クラーラ。あなたがクロイス公に何を求めていて、そして今、陛下や私に何を望んでいるのかを」
アンナは口調は一点し、優しく、穏やかに、彼女の言葉を促した。
「あなたこそ宮殿内の警備、ご苦労さまです」
晩餐会も終わり、アンナは柊の間に戻ってきた。
ここはかつて、クロイス派の貴族たちがカード遊びのために使っていた部屋だが、このたび皇妃家政機関総監……つまりアンナの執務室に割り当てらることとなった。
室内にはアンナの無二の腹心にして、全てをさらけ出すことのできる男性、マルムゼがすでに控えている。彼は彼で、晩餐会で手薄になった宮殿内の警備を行っていた。
華やかな催しの裏で、宮殿の隠し通路などを悪用されることを防ぐためである。かつて彼女たちが使った手だ。他の誰かが使う可能性は十分にある。
今やアンナは、狙う立場から狙われる立場となった。自らを、そして新女帝を守るための努力を惜しんではならなかった。
「ともかくも新政権のお披露目はうまくいったわ。クロイス派の貴族たちや皇妃に反感を抱く皇族たちも、少しは安心したみたい」
「ひとまず面倒事は回避できた、といったところですか?」
「そうね」
アルディス3世の喪が明けぬうちから、晩餐会を挙行したのは、決して新支配者の権威を見せつけるためではない。まして、皇妃が冒頭の挨拶で語ったように亡き皇帝の思い出話をするためでもない。
クロイス派を出し抜いた皇妃派が、決して敵ではないと貴族たちに思わせるためである。
新女帝マリアン=ルーヌは、クロイス宰相以下、現役の大臣たちに引き続き職務につくよう命じた。皇妃派とクロイス派が手を携えアルディス帝崩御という難局を切り抜ける、というのが彼女の方針である。
そしてそれは皇帝崩御の夜、アンナ自身がマリアン=ルーヌに提言したことだった。
「誰ひとり欠けることなく、晩餐会に出席した大臣たちを見て、保守派貴族たちは胸をなでおろしたでしょう」
「ですが、いささか意外でした。あなた様がそれほどの温情を彼らに与えるとは」
「何? 私が彼らを全員断頭台へ送るとでも思った?」
「そうしたいのが本音でございましょう? あなた様の最終目標は復讐なのですから」
「ふふふっ、あなたも言うようになったわね」
最近マルムゼは、こうしてアンナの思いや感情を先回りする言葉が多くなっていた。以前の彼なら絶対になかったことだし、アンナ自身もそれをやられたら愉快には思わなかっただろう。
けど今は、彼に胸の内を読まれることが全く苦ではない。むしろ心の底から彼と繋がっているような気がして、心地よいほどだ。
あの日以来、アンナがマルムゼに対して抱く感情は明確に変わった。恋い慕う想いを理性で押さえつけるのをやめたのだ。マルムゼもそれを理解しているからこそ、彼の言動も変わったのかもしれない。
「断頭台送りは当分先でいいわ。今は彼らの政権運営能力が必要よ」
「有用なうちは殺さないでおく、と」
「表向きはね。もちろん裏では連中を脅し、煽り、自壊させていく。すでにクロイス派の没落は始まってるわ」
「さすが、手抜かりはないということですか」
「あなたにも活躍してもらうわよ。私の策謀はあなたなしには実現できないもの……」
これまでも幾度となく行われたアンナとマルムゼの密議だったが、最近の二人の声音には甘やかさがにじみ出ていた。もし誰かがそれを聞けば、市井の恋人が愛を語らうのに似ていると思ったかも知れない。
それでも「断頭台」やら「没落」やらと、物騒な言葉ばかり飛び出すのが、この二人が、市井の男女と決定的に違うところなのだが……。
「さて、と。もう少し、あなたと二人きりでいたいけど、そろそろ客が来るわ。節度ある距離感でいましょう」
「客? このような時間にですか?」
マルムゼは怪訝な顔をする。晩餐会が終わったのが21時すぎ、それから諸侯がそれぞれの邸宅に戻っていくのを見送って、そろそろ日付が変わろうとしている。皇妃の就寝の時刻も過ぎ、アンナたちもグレアン邸に戻ろうという時間だった。
「晩餐会中に、私に接触してきた人間がいるのよ。ワイン係に手紙を持たせて、密かに私に渡してきたわ」
要人たちが集まる晩餐会や舞踏会ではよく見られる光景だ。給仕に金貨と一緒に秘密の手紙を渡すと、給仕は金貨を懐に収める。そして手紙を指定された相手に渡すのだ。手紙の内容はときに不倫の誘いであり、ときに陰謀の相談であった。
宮廷の風紀が乱れるということで禁止を試みた皇帝もいたというが、この手の行為はなかなか無くなるものではない。
「その手紙は誰から?」
「ここに来てからのお楽しみね。あなたも意外に思う相手よ」
アンナがそう言うと、タイミングを見計らったように、ドアを叩く音が鳴った。全くの偶然のはずだが、室内を盗聴されているのではないかと、つい思ってしまう。
「どうぞお入りなさい。鍵はかけていないわ」
そう言うと、ギイと音を立てて、樫材づくりの堅牢な扉が開いた。
「遅くに失礼いたします。グレアン侯爵」
「どうぞお掛けください」
アンナは来訪者に、ソファを指し示す。横でマルムゼが緊張するのがわかった。恐らく、会場で手紙を受け取ったときのアンナと同じ顔をしているだろう。
「まさか、あなたが声をかけてくるとは思いませんでしたわ、女官長殿」
部屋を訪れたのは、宮廷女官長グリージュス公爵。つい先日までのアンナの上役であり、彼女に並ならぬ敵意を抱いていたはずの女性だった。
「それだけなりふり構っていられないということです、グレアン侯爵」
すこしばつが悪そうに、グリージュス公爵クラーラは、アンナの視線から目をそらした。
「よほどの決意あっての行動かと思います。余計な話はせず、本題に入りましょう」
「そう、ですね。正直、私もその方がありがたいわ」
「クロイス公が、私の暗殺を試みているということですね?」
「はい。ルコット様のご出産前に……つまり年内にあなたを亡き者にしようとお考えです」
「なるほど」
クロイス公はよほど焦っているようだ。今アンナが不審な死を遂げれば、幼児だってクロイスが怪しいと思うはずなのに。それとも、誤魔化しきれる自身があるということか? あるいは……。
「あなたの作り話……ではないわよね?」
アンナはわざとくだけた口調で女官長に尋ねる。
「そんなでまかせをあなたに吹き込んで、誰がどんな得をするというのです?」
「ふふふ、それはそうね。一応の確認です」
グリージュスが偽りの暗殺計画を手土産に、皇妃派の中に潜り込もうとしている。そんな可能性も全くないわけではないが、それならもっと適当な人間がいるはずだ。つい先日までまた直接的な政敵だった宮廷女官長だからこそ、逆に信用できる。
「で、下手人は?」
「エルチ子爵。ご存知でしょうか?」
名前は聞いたことあるが、顔は思い出せないし、どんな人物かもわからない。アンナはマルムゼを見る。
「エルチは確か、北方海岸の近くにある荘園の名です。そこのご領主でしょうが、私も詳しくは……」
マルムゼが戸惑い気味に答えると、宮廷女官長が続けた。
「でしょうね。クロイス公爵家の12代前の分家で、そこから特に目立った功績もない家門ですので」
「12代前?」
となればクロイス家から別れたのは200年近く前なのではないか? 一門衆と言えないこともないが、そこまで遠いともはや別の家だ。そして、そこがあのクロイス公爵らしい。
「つまり、そのエルチ子爵とやらが凶行に及んだとしても、クロイス公爵とはなんら関係のない、ということね?」
「いかにも、その通りです」
彼らのいつものやり口だ。陰謀が成功すればクロイス家は大きな利益を得ることができる。しかし失敗したとしても、それは愚か者が勝手にやったことであり、クロイス家には何の関わりもない。そういう愚か者を、あの家は無数に飼い慣らしている。
「かつて、私や亡き夫もエルチ子爵のような立場にいました。そして、夫はトカゲの尻尾のように切り捨てられた……!」
「なるほどね。あの日、私が言った事を真剣に考えてくれているようね?」
皇妃と近衛隊によるクーデターの時、クロイス公は盟友であった大臣たちを切り捨て、いち早く皇妃にひざまづいた。その恥知らずな変節を見たアンナは、我慢できずグリージュスに「これがお前の主の正体だ」と言い放ったのだ。
「はい。これまで私はクロイス公親娘に従い、あなたや皇妃陛下を敵と思い定めていましたが、このままでは先がないと思い知りました。何卒、私を皇妃派の末席にお加えください……!」
グリージュス公はソファから腰を上げると、床に膝をついて頭を下げた。これまでアンナに対しては傲慢な態度を取り続けてきた彼女からは想像もつかない変貌だ。
「……沈みかけた船にはもう乗っていられない、というわけね。いいでしょう。あなたを歓迎するわ、クラーラ」
アンナは初めてこの女をファーストネームで読んだ。
「年明け、皇妃様が女帝に即位されたら、家政機関総監の仕事はより忙しくなる。女官長が補佐してくれるのなら、これほど心強いことはないわ」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり!」
頭を下げ続けるグリージュス公に、強めの語気で言う。はっとしたように彼女は頭を上げた。
「あなたには全てを話していただくわ」
「どういう……事でしょうか?
「クロイス公から私たちに乗り換える、それは相応の覚悟が必要なことよ?」
「もちろんです。ですからこうして意を決して、この部屋に……」
「口ではなんとでも言える。私が知りたいのはその覚悟の本質なの」
「覚悟の本質……?」
「クロイス公に未来がないのはわかった。ではその未来とは何? この国の行く末? 最高権力の奪い合い? それとも、もっと私的なことかしら?」
「……」
「話してちょうだい、クラーラ。あなたがクロイス公に何を求めていて、そして今、陛下や私に何を望んでいるのかを」
アンナは口調は一点し、優しく、穏やかに、彼女の言葉を促した。