「宣言から3ヶ月。そろそろ貴族たちの去就も定まってくるころか……」
「はい兄上。現時点で我々マルフィア同盟への参加を表明した貴族は33家。彼らの抱える私兵の数は、合計で2万6000といったところです」
エルティール伯アロウスは指示を表明した貴族たちのリストを見ながら、兄リアンの問いかけに応じた。「マルフィア同盟」とは、リアン大公を盟主とする反ヴィスタネージュ運動の通称だ。
「わがマルフィア家の抱える私兵と合わせて3万5000か……それに正規軍が、半壊した第8軍団の残党5000と、先ごろ中立を破り、こちらへの協力を申し出てきた第3軍団の1万3000」
「ですが"獅子の王国"が、ヴィスタネージュ側に付くのではないかという噂があります。国境に配置されている第3軍団を動かすことは出来ません」
ゼーゲンが言う。彼女の母国"鷲の帝国"経由の情報だ。"獅子の王国"の国内では、長年続いた戦争は、簒奪者たちの領土的野心から始まったものであるとし、ヴィスタネージュの新体制に好意的な声が多いという。
「その情報は確かなのか、ゼーゲン殿? 先日、ゼフィリアス陛下はヴィスタネージュ支持を表明した。敵による情報工作ではないのか?」
「……」
「あるいは、ゼフィリアス帝の懐刀であったあなたを、我々は本当に信じてよいのか?」
「やめろアロウス。ゼフィリアス陛下は、我らが女帝陛下の兄君。向こうに付かざるを得ないお立場であることは、お前もわかっておろう」
クロンドラン伯レスクードが、ゼーゲンに猜疑の目を向ける弟をたしなめる。
「いえ、伯爵閣下のご疑念はもっともです。我が主君は、心情としてはこちらに理解を示しております。ですが、廷臣や国民たちは皆、マリンアン=ルーヌ陛下を支持しておりますので……」
「女帝陛下は、皇女時代、非常に国民から愛されたと聞きますからな……、ゼフィリアス陛下も彼らの声を無視するわけにはいかないでしょう」
そして、"鷲の帝国"皇帝が支持するということは、大陸諸国の多くが、マリアン=ルーヌ支持に回るということでもあるのだ。"鷲の帝国"は政略結婚を主軸とした外交戦略で、現在の国際的な地位を確立した国家だ。ゼフィリアスやマリアン=ルーヌの親戚は大陸全土の国や貴族の家系に連なっている。
"獅子の王国"の王族に、彼らの血は入っていないが、それでも国際情勢を鑑みれば、ヴィスタネージュと協調するほうが得策だろう。
「いずれにせよ、こちら側についてくれた諸侯も、領地を守る必要がある。私兵の全てを外征に回すわけにもいかんだろう。無論、我がマルフィア家もだ。となれば動員できる兵の数は……2万弱あたりだな」
対して、ヴィスタネージュ側は正規軍だけでも7万近くを動員可能だ。
「くそっ! 我々につく家がもっと出てくると思っていたのだがな……」
レスクードはくやしそうにつぶやいた。
突如、かの黄金帝を簒奪者だと主張したところで、それに同意する貴族はほとんどおるまい。最初はリアンも弟たちも、皆そう考えていた。
しかし推測は外れ、マルフィア同盟の呼びかけるに応じる貴族は、思いの外少なかった。
「仕方ありませんわ」
それまで黙っていたユーリア皇女が口を開く。
「リュディス=オルスなるお方、口では偽りの帝室をほろぼし正統な時代を始める、などと言っていますが、やろうとしていることは、旧クロイス派の時代と再来ですもの」
ヴィスタネージュでは連日、新時代の到来を祝う夜会が連日行われているという。その席であの仮面の男は、リアンら皇族の領地を全て召し上げ、諸侯へ分け与える約束をしているそうだ。また、バルフナーらによって復活した錬金工房も再び閉鎖され、錬金術は貴族だけの特権に戻ろうとしている。
極めつけは、彼らが元寵姫でドリーヴ大公の母であるルコット・ディ・クロイスに接近しているという情報だ。本来ならあの仮面の男にとって、帝位簒奪の協力者の家系であるクロイス家など、すぐに排除しなければならない存在のはずだ。しかし現実には間逆の行動を取っている。
「既得権益が大事な貴族はあちらにつくでしょう。特に一度は失脚したクロイス派の皆さんはね。正直私だって、こんな状況でなければあちら側についたかもしれませんわ」
臆面もなくユーリアは言った。
アルディス2世の末娘だったこの女性は、アルディスやエリーナの国政改革や、アンナら顧問派の政策にも一貫して反対の立場だったのだ。本来なら、ルコットや亡きグリージュス公クラーラのような、虚栄と嫉妬に満ちた宮廷社会を愛するタイプの女性である。
「しかし、多数派であればこそ一枚岩とはいかない。風聞を使えば切り崩せませんか? 例えば、新宰相殿とウィダス戦争大臣が同一人物であるという証拠を探すとか」
これはシュルイーズの意見である。
仮面の男は先月から、『ダ・フォーリス』の名を捨て、正式に彼の本名……征竜帝リュディス1世の正統な後継であることを示す名『リュディス=オルス』を使い始めた。一方で、アルディス3世と寵姫エリーナを暗殺し、クロイス派と癒着し戦争大臣として甘い汁を吸ったあげく、宮廷内で大騒乱を起こして死んだ『ウィダス子爵レナル』の名は無きものとしている。
「ウィダスとしての暗躍こそが、かの御仁の正体でございましょう? その証拠を押さえて公表すれば、名のある貴族ほど、彼に従うわけにはいかなくなるのでは?」
「難しかろう。あの周到な男が、ウィダス家と繋がるような証拠を残しているとは思えない」
ううむ……と。会議卓に座る一同は唸り声を挙げる。
その時、扉が開いた。
「皆様、大事なことを見落としていますわ」
「アンナ!」
部屋に入ってきたのは元顧問アンナ・ディ・グレアン。そして少し後ろには、黒髪の青年が付き従う。
アルディスの記憶と人格を取り戻した彼であったが、マルムゼと呼ばれていた頃と同じように、そこが彼の定位置だと言わんばかりに立っていた。
「兄様、それにアンナ殿。この非常時にあって、需要な会議の場に遅れるとは何事ですか。仲睦まじいのは結構ですが、昼間から何をなさっていたのかしら?」
ユーリアの嫌味に、ゼーゲンやシュルイーズなどは、一瞬表情が凍りついた。が、アンナは全く表情を変えることなく応じる。
「申し訳ありません。少々準備に手間取ってしまいまして」
アンナは内心では、これまで六に政治に興味を持ってこなかったくせに何を言うか、という気持ちがないわけではない。が、同時にこの女性が、常にアンナに不満をいだいている性分であることも熟知している。そのため、侮辱すれすれの物言いにはさほど腹も立たず、むしろ可愛らしいとまで思ってしまった。
「それより大事なこととはなんだ、アンナ?」
首席に座るリアンが尋ねる。
「大公殿下、あなたの最大のお味方のことですよ」
「私の……味方?」
「ベルーサ宮のご友人方のことをお忘れですか?」
「……革命派の活動家のことか?」
アンナはにっこりと頷く。
帝都におけるリアンの居城であるベルーサ宮は、公園として市民に開放されていながら、大公特権によって宮廷の警察権が及ばない特殊な場所であった。そのため、中庭は娼婦や犯罪者予備軍の巣窟となっていたが、とりわけ多かったのが、革命派の不穏分子たちだ。リアンはヴィスタネージュの宮廷を困らせる意図で、彼らを可愛がり、大っぴらに支援すら行っていた。そんな態度が、帝都での彼の絶大な人気にも繋がっていたのである。
「だがアンナ。以前も言ったが、私が繋がりを持っているのは帝都の革命派のみだ。帝都を捨てた今、彼らが今どんな状況なのか、知る術すらないぞ」
「ええ、確かに殿下のコネクションは帝都の革命派のみでした。ですが、反政府運動というものは地下で結束を結ぶものです。帝都の外であっても、彼らは殿下に味方してくれるでしょう」
「アンナ、お前まさか遅れたのは……」
アンナはニヤリと口角を釣り上げる。
「ええ、下の階の部屋に皆様お揃いです。ここビューゲルをはじめ帝国南部を拠点とする革命派……わが父、サン・ジェルマン伯爵と盟友エウラン殿の秘密結社が!」
「はい兄上。現時点で我々マルフィア同盟への参加を表明した貴族は33家。彼らの抱える私兵の数は、合計で2万6000といったところです」
エルティール伯アロウスは指示を表明した貴族たちのリストを見ながら、兄リアンの問いかけに応じた。「マルフィア同盟」とは、リアン大公を盟主とする反ヴィスタネージュ運動の通称だ。
「わがマルフィア家の抱える私兵と合わせて3万5000か……それに正規軍が、半壊した第8軍団の残党5000と、先ごろ中立を破り、こちらへの協力を申し出てきた第3軍団の1万3000」
「ですが"獅子の王国"が、ヴィスタネージュ側に付くのではないかという噂があります。国境に配置されている第3軍団を動かすことは出来ません」
ゼーゲンが言う。彼女の母国"鷲の帝国"経由の情報だ。"獅子の王国"の国内では、長年続いた戦争は、簒奪者たちの領土的野心から始まったものであるとし、ヴィスタネージュの新体制に好意的な声が多いという。
「その情報は確かなのか、ゼーゲン殿? 先日、ゼフィリアス陛下はヴィスタネージュ支持を表明した。敵による情報工作ではないのか?」
「……」
「あるいは、ゼフィリアス帝の懐刀であったあなたを、我々は本当に信じてよいのか?」
「やめろアロウス。ゼフィリアス陛下は、我らが女帝陛下の兄君。向こうに付かざるを得ないお立場であることは、お前もわかっておろう」
クロンドラン伯レスクードが、ゼーゲンに猜疑の目を向ける弟をたしなめる。
「いえ、伯爵閣下のご疑念はもっともです。我が主君は、心情としてはこちらに理解を示しております。ですが、廷臣や国民たちは皆、マリンアン=ルーヌ陛下を支持しておりますので……」
「女帝陛下は、皇女時代、非常に国民から愛されたと聞きますからな……、ゼフィリアス陛下も彼らの声を無視するわけにはいかないでしょう」
そして、"鷲の帝国"皇帝が支持するということは、大陸諸国の多くが、マリアン=ルーヌ支持に回るということでもあるのだ。"鷲の帝国"は政略結婚を主軸とした外交戦略で、現在の国際的な地位を確立した国家だ。ゼフィリアスやマリアン=ルーヌの親戚は大陸全土の国や貴族の家系に連なっている。
"獅子の王国"の王族に、彼らの血は入っていないが、それでも国際情勢を鑑みれば、ヴィスタネージュと協調するほうが得策だろう。
「いずれにせよ、こちら側についてくれた諸侯も、領地を守る必要がある。私兵の全てを外征に回すわけにもいかんだろう。無論、我がマルフィア家もだ。となれば動員できる兵の数は……2万弱あたりだな」
対して、ヴィスタネージュ側は正規軍だけでも7万近くを動員可能だ。
「くそっ! 我々につく家がもっと出てくると思っていたのだがな……」
レスクードはくやしそうにつぶやいた。
突如、かの黄金帝を簒奪者だと主張したところで、それに同意する貴族はほとんどおるまい。最初はリアンも弟たちも、皆そう考えていた。
しかし推測は外れ、マルフィア同盟の呼びかけるに応じる貴族は、思いの外少なかった。
「仕方ありませんわ」
それまで黙っていたユーリア皇女が口を開く。
「リュディス=オルスなるお方、口では偽りの帝室をほろぼし正統な時代を始める、などと言っていますが、やろうとしていることは、旧クロイス派の時代と再来ですもの」
ヴィスタネージュでは連日、新時代の到来を祝う夜会が連日行われているという。その席であの仮面の男は、リアンら皇族の領地を全て召し上げ、諸侯へ分け与える約束をしているそうだ。また、バルフナーらによって復活した錬金工房も再び閉鎖され、錬金術は貴族だけの特権に戻ろうとしている。
極めつけは、彼らが元寵姫でドリーヴ大公の母であるルコット・ディ・クロイスに接近しているという情報だ。本来ならあの仮面の男にとって、帝位簒奪の協力者の家系であるクロイス家など、すぐに排除しなければならない存在のはずだ。しかし現実には間逆の行動を取っている。
「既得権益が大事な貴族はあちらにつくでしょう。特に一度は失脚したクロイス派の皆さんはね。正直私だって、こんな状況でなければあちら側についたかもしれませんわ」
臆面もなくユーリアは言った。
アルディス2世の末娘だったこの女性は、アルディスやエリーナの国政改革や、アンナら顧問派の政策にも一貫して反対の立場だったのだ。本来なら、ルコットや亡きグリージュス公クラーラのような、虚栄と嫉妬に満ちた宮廷社会を愛するタイプの女性である。
「しかし、多数派であればこそ一枚岩とはいかない。風聞を使えば切り崩せませんか? 例えば、新宰相殿とウィダス戦争大臣が同一人物であるという証拠を探すとか」
これはシュルイーズの意見である。
仮面の男は先月から、『ダ・フォーリス』の名を捨て、正式に彼の本名……征竜帝リュディス1世の正統な後継であることを示す名『リュディス=オルス』を使い始めた。一方で、アルディス3世と寵姫エリーナを暗殺し、クロイス派と癒着し戦争大臣として甘い汁を吸ったあげく、宮廷内で大騒乱を起こして死んだ『ウィダス子爵レナル』の名は無きものとしている。
「ウィダスとしての暗躍こそが、かの御仁の正体でございましょう? その証拠を押さえて公表すれば、名のある貴族ほど、彼に従うわけにはいかなくなるのでは?」
「難しかろう。あの周到な男が、ウィダス家と繋がるような証拠を残しているとは思えない」
ううむ……と。会議卓に座る一同は唸り声を挙げる。
その時、扉が開いた。
「皆様、大事なことを見落としていますわ」
「アンナ!」
部屋に入ってきたのは元顧問アンナ・ディ・グレアン。そして少し後ろには、黒髪の青年が付き従う。
アルディスの記憶と人格を取り戻した彼であったが、マルムゼと呼ばれていた頃と同じように、そこが彼の定位置だと言わんばかりに立っていた。
「兄様、それにアンナ殿。この非常時にあって、需要な会議の場に遅れるとは何事ですか。仲睦まじいのは結構ですが、昼間から何をなさっていたのかしら?」
ユーリアの嫌味に、ゼーゲンやシュルイーズなどは、一瞬表情が凍りついた。が、アンナは全く表情を変えることなく応じる。
「申し訳ありません。少々準備に手間取ってしまいまして」
アンナは内心では、これまで六に政治に興味を持ってこなかったくせに何を言うか、という気持ちがないわけではない。が、同時にこの女性が、常にアンナに不満をいだいている性分であることも熟知している。そのため、侮辱すれすれの物言いにはさほど腹も立たず、むしろ可愛らしいとまで思ってしまった。
「それより大事なこととはなんだ、アンナ?」
首席に座るリアンが尋ねる。
「大公殿下、あなたの最大のお味方のことですよ」
「私の……味方?」
「ベルーサ宮のご友人方のことをお忘れですか?」
「……革命派の活動家のことか?」
アンナはにっこりと頷く。
帝都におけるリアンの居城であるベルーサ宮は、公園として市民に開放されていながら、大公特権によって宮廷の警察権が及ばない特殊な場所であった。そのため、中庭は娼婦や犯罪者予備軍の巣窟となっていたが、とりわけ多かったのが、革命派の不穏分子たちだ。リアンはヴィスタネージュの宮廷を困らせる意図で、彼らを可愛がり、大っぴらに支援すら行っていた。そんな態度が、帝都での彼の絶大な人気にも繋がっていたのである。
「だがアンナ。以前も言ったが、私が繋がりを持っているのは帝都の革命派のみだ。帝都を捨てた今、彼らが今どんな状況なのか、知る術すらないぞ」
「ええ、確かに殿下のコネクションは帝都の革命派のみでした。ですが、反政府運動というものは地下で結束を結ぶものです。帝都の外であっても、彼らは殿下に味方してくれるでしょう」
「アンナ、お前まさか遅れたのは……」
アンナはニヤリと口角を釣り上げる。
「ええ、下の階の部屋に皆様お揃いです。ここビューゲルをはじめ帝国南部を拠点とする革命派……わが父、サン・ジェルマン伯爵と盟友エウラン殿の秘密結社が!」