悔しい結果を残した大会を終えてから、彩羽は今まで以上に練習に打ち込んだ。
何かを振り切りたいのか、自信をつけたいのか、何か重いプレッシャーでも勝手にその細っこい背中に背負っているのか。練習室で彼女の背中ばかり見ている私には、偶に見える横顔でしか表情を読み取れなかった。
他楽器の一つ上の先輩達も部活を引退し、とうとう私たちが中心となる部活となった。そんな中での、彩羽の無茶ともいえる練習姿に、周りからも心配の声が上がる。結果的に言えば、皆から「同じパートじゃん?」と肩をたたかれながら、彼女を見張ってくれとばかりのニュアンスで言われ、彼女の無茶にも付き合うのも増えた。
そもそも、先輩が居る居なくなったの問題ではない。私達は同パートの先輩という存在に触れたのは数ヶ月だけだ。何かあれば彼女の襟首を引っ張っていたのは今に始まった話じゃないし、彼女の悩みを聞いていたのもずっと前からだ。
それでも、ここ最近の彼女は、入部した時に感じた圧倒的強者の雰囲気と、心の余裕がないように感じた。
「……今日、家に泊まってく?」
「え?」
楽譜に書き込みをしている彼女の背に向けて、脚を組んで頬杖をつきながら声をかけた。ぼう、と彼女の背中を眺めていたのはどれくらいの時間だったのか。長時間だったら彩羽に怒られていたと思うので、そこまで長時間ではなかったとは思うが。それでも、思考を色々な所へ巡らせていた私にとっては長時間のように思えていた。
「ほら、お前の電車時間すぎてるし」
「あ!」
時計を指さしながら言えば、彩羽はやっと気づいたようだ。
田舎であるこの地域は、終電時間が圧倒的に早い。徒歩や自転車通学である私とは違って、電車通学の彼女は終電を逃したことによって帰る手段を逃してしまった。
「お母さんに連絡しとくよ」
「ええ、悪いよ」
「良いんだよ。こういうの初めてだから、逆に嬉しい。きっとお母さんも喜ぶ」
ふふ、とスマホを口元に近づけながら笑みを浮かべると、彩羽は少し呆気に取られていたが、次第に眉を下げていって、ふにゃりと力が抜けたような笑みを浮かべた。
「確かに、茉白ってこういうのなさそう」
「どういう意味だよ」
「真面目ちゃんってことよ」
「それは、」
お前の方だろうが。と、口にすることはできなかった。この言葉を続けて言うことで、彼女の何か、触れては欲しくない深層に近づいてしまうような、そんな気分がした。
「それは?」
「何でもない。お母さん大丈夫だって」
ほら、さっさと片付けよう。そう言葉を続けて、譜面台を畳んでいき、メトロノームにはネジ巻きを終わらせるために高速でリズムを打ってもらう。
彩羽も私に倣うように、譜面台を片し、楽譜をしまって、メトロノームを高速で拍打ちしてもらっていた。
二人で道具を片付けて、使用した各教室のカギ閉めを確認して、鍵を用務員さんに返せば「いつも頑張ってるね」と笑顔で褒めてもらった。
二人で礼を述べてから、二人揃って私の家に向かって歩を進める。
家に帰るまで彩羽とは他愛のない話をする。でも八割くらいは部活の話で、残りの二割は学校生活の話くらいだ。
私達の共通点は、同じ部活の同じ楽器を担当している同級生。それだけだ。もし、どちらかが違う部活を選んでいたのなら、クラスも趣味も好みも違う私たちには、きっと仲良くなる機会はなかったかもしれない。
話しながら帰れば、あっという間に我が家についた。お母さんは想像通りに彩羽を歓迎していたし、滅茶苦茶喜んでいて私が恥ずかしくなってきた。「面白いお母さんだね」と彩羽に笑われ更に顔が赤くなった。けれど、久しぶりに、彼女本来の笑顔のようなものを見たきがした。もしかしたら、部活以外の時間では、彼女はこうして気負うことも無く生きられるのかもしれない。だったら、
――部活辞めたら?
その一言を口にする資格など私にはない。彼女が選んだものを否定する程、私は彼女の人生に関与してはいけない。
部活をしているときは、どこか苦しそうなのを隠していて。嘘がへたくそ、とか私なんかに思われて。けれど、部活から少し離れてご飯を食べたり、お風呂上りに一緒に動画サイトを見たり、漫画を読んでいると、お前はそうやって解放されたような笑みを見せる。
辞めたら? なんて言えないのなら、せめて、休んだら? とでも言えればいいのかもしれない。けれど、それも言えない私なんかじゃ、あの時誓った「彼女を支える」なんて、「強くなる」なんて無理な話だ。
食事もお風呂も終え、明日も部活があるし、朝は走るから早く寝ようと、二人で私のベッドに押し込まれるようにして寝た。因みに走ることにはブーイングが出たが知らない。
こんな狭いベッドで申し訳ないなと思いながらも、疲れがたまっている学生な私達はすぐに眠りにつく。
何かを振り切りたいのか、自信をつけたいのか、何か重いプレッシャーでも勝手にその細っこい背中に背負っているのか。練習室で彼女の背中ばかり見ている私には、偶に見える横顔でしか表情を読み取れなかった。
他楽器の一つ上の先輩達も部活を引退し、とうとう私たちが中心となる部活となった。そんな中での、彩羽の無茶ともいえる練習姿に、周りからも心配の声が上がる。結果的に言えば、皆から「同じパートじゃん?」と肩をたたかれながら、彼女を見張ってくれとばかりのニュアンスで言われ、彼女の無茶にも付き合うのも増えた。
そもそも、先輩が居る居なくなったの問題ではない。私達は同パートの先輩という存在に触れたのは数ヶ月だけだ。何かあれば彼女の襟首を引っ張っていたのは今に始まった話じゃないし、彼女の悩みを聞いていたのもずっと前からだ。
それでも、ここ最近の彼女は、入部した時に感じた圧倒的強者の雰囲気と、心の余裕がないように感じた。
「……今日、家に泊まってく?」
「え?」
楽譜に書き込みをしている彼女の背に向けて、脚を組んで頬杖をつきながら声をかけた。ぼう、と彼女の背中を眺めていたのはどれくらいの時間だったのか。長時間だったら彩羽に怒られていたと思うので、そこまで長時間ではなかったとは思うが。それでも、思考を色々な所へ巡らせていた私にとっては長時間のように思えていた。
「ほら、お前の電車時間すぎてるし」
「あ!」
時計を指さしながら言えば、彩羽はやっと気づいたようだ。
田舎であるこの地域は、終電時間が圧倒的に早い。徒歩や自転車通学である私とは違って、電車通学の彼女は終電を逃したことによって帰る手段を逃してしまった。
「お母さんに連絡しとくよ」
「ええ、悪いよ」
「良いんだよ。こういうの初めてだから、逆に嬉しい。きっとお母さんも喜ぶ」
ふふ、とスマホを口元に近づけながら笑みを浮かべると、彩羽は少し呆気に取られていたが、次第に眉を下げていって、ふにゃりと力が抜けたような笑みを浮かべた。
「確かに、茉白ってこういうのなさそう」
「どういう意味だよ」
「真面目ちゃんってことよ」
「それは、」
お前の方だろうが。と、口にすることはできなかった。この言葉を続けて言うことで、彼女の何か、触れては欲しくない深層に近づいてしまうような、そんな気分がした。
「それは?」
「何でもない。お母さん大丈夫だって」
ほら、さっさと片付けよう。そう言葉を続けて、譜面台を畳んでいき、メトロノームにはネジ巻きを終わらせるために高速でリズムを打ってもらう。
彩羽も私に倣うように、譜面台を片し、楽譜をしまって、メトロノームを高速で拍打ちしてもらっていた。
二人で道具を片付けて、使用した各教室のカギ閉めを確認して、鍵を用務員さんに返せば「いつも頑張ってるね」と笑顔で褒めてもらった。
二人で礼を述べてから、二人揃って私の家に向かって歩を進める。
家に帰るまで彩羽とは他愛のない話をする。でも八割くらいは部活の話で、残りの二割は学校生活の話くらいだ。
私達の共通点は、同じ部活の同じ楽器を担当している同級生。それだけだ。もし、どちらかが違う部活を選んでいたのなら、クラスも趣味も好みも違う私たちには、きっと仲良くなる機会はなかったかもしれない。
話しながら帰れば、あっという間に我が家についた。お母さんは想像通りに彩羽を歓迎していたし、滅茶苦茶喜んでいて私が恥ずかしくなってきた。「面白いお母さんだね」と彩羽に笑われ更に顔が赤くなった。けれど、久しぶりに、彼女本来の笑顔のようなものを見たきがした。もしかしたら、部活以外の時間では、彼女はこうして気負うことも無く生きられるのかもしれない。だったら、
――部活辞めたら?
その一言を口にする資格など私にはない。彼女が選んだものを否定する程、私は彼女の人生に関与してはいけない。
部活をしているときは、どこか苦しそうなのを隠していて。嘘がへたくそ、とか私なんかに思われて。けれど、部活から少し離れてご飯を食べたり、お風呂上りに一緒に動画サイトを見たり、漫画を読んでいると、お前はそうやって解放されたような笑みを見せる。
辞めたら? なんて言えないのなら、せめて、休んだら? とでも言えればいいのかもしれない。けれど、それも言えない私なんかじゃ、あの時誓った「彼女を支える」なんて、「強くなる」なんて無理な話だ。
食事もお風呂も終え、明日も部活があるし、朝は走るから早く寝ようと、二人で私のベッドに押し込まれるようにして寝た。因みに走ることにはブーイングが出たが知らない。
こんな狭いベッドで申し訳ないなと思いながらも、疲れがたまっている学生な私達はすぐに眠りにつく。