笑みを見せるスアヴィスの背後で、大きな蝙蝠の羽が床を這い、わたくしの隣に座っていたラクリマの体を掴み上げました。

「きゃあ!!」

不意打ちに驚くラクリマですが、彼女の肝の太さは筋金入りです。
新たな聖水の瓶を取り出し、躊躇なくスアヴィスの片方の羽に振りかけて反撃しました。

「ガァウ!!」

ニクスもまた、スアヴィスのもう片方の羽に食らいつきました。

対するスアヴィス本体は、大して苦戦する様子もありません。それどころか、空席となったわたくしの隣の椅子へストンと腰を下ろしました。

「…ですが、お嬢様。一滴で結構なのです。
痛くしません。お約束しますから…。」

血走った目で迫るスアヴィスに、わたくしは思わず身を固くします。

血にはトラウマがあるから…という理由以上に、今のわたくしの心を読まれるのは非常にまずいのです。だって、


ーーーあなたを憎からず思っていることが知られてしまうもの。


「…あ!!ホラ嫌がってる!
執事!離れなさい!」

「ワン!」

拘束を逃れたラクリマとニクスは、この半年でもう何度目かも分からない、スアヴィスとのボス戦を展開します。
一触即発の攻防戦は、ゲームで目にした光景と全く同じ。唯一違うのは、彼らは決して「互いの命までは奪おうとしない」ことでした。
なぜならスアヴィスはラクリマの倒すべき仇ではないし、わたくしの大切な人であるラクリマのこともまた、優しいスアヴィスは倒せないから。

三竦みのような奇妙な関係ですが、

「……うふふっ。」

わたくしは161年目にしてやっと、心から安らげるひと時を見つけた気がしました。


「ーーーお嬢様。
血の件はまた後ほど、二人きりでお話しさせていただけますか?」

それに何だかスアヴィス自身、以前より表情が豊かになったみたいで。
目の前の光景すべてが新鮮に思え、わたくしの青白い顔には自然と笑みが浮かびました。

「…ええ、そうしてほしいですわ。」

戦闘を繰り広げる少女と猟犬と怪物の姿を眺めながら、わたくしは真っ白な牛乳を啜るのでした。

〈了〉