時刻は昨日と同じく0時。
私は馬車馬も真っ青な働きぶりを発揮したせいで、会社を出る頃には疲弊しきって、ヨロヨロと覚束ない足取りになってしまった。

「……はぁ…。
断っておいて正解だったな。」

スマホのメッセージアプリを開く。そこには今日の18時頃、友人である凛花(りんか)と交わした履歴が表示されている。


《美郷おつかれ!
仕事で美郷の会社近くに来てるんだけど、良かったら20時から飲まない?》

《わーごめん!まだしばらく残業〜泣
また誘って!》

《そっか、了解!
忙しいかもだけど、無理しちゃダメだよ!
美郷は頑張り過ぎるからね。》


凛花は会社は違えど、同じ業種で、お互い同じ営業職だ。社会人になってからも時々こうして飲みに誘ってもらえる。
結局いつも残業を理由に断ってしまうんだけど。私のことを気にかけてくれるのはありがたいやら、照れ臭いやら。

「…ふふ、大丈夫だよ。
私は元気なのが取り柄だからね。」

0時を過ぎても、私の行き先は変わらない。
駅へ続く繁華街を少し歩き、脇道を注視しながら進む。
ぼんやり光る赤提灯を見つけたら、それが目印だ。

「あった!」

昨日と同じ場所に、同じ赤提灯があった。
路地裏も「テッペン横丁」の名を冠した門も、その最前線で温かな光を放つ居酒屋も。

私は吸い込まれるように、大江山の戸を開く。
そして、今日一日ずっと待ち侘びていたあの声を聴くのだ。


「いらっしゃい、月見さん。」


カウンターの向こう側。頭に手拭いを巻いた、体の大きな冬至さんが、私に気づくなり声を掛けてくれる。

初対面時はちょっと怖かった吊り目が今はほんの少し和らいでて、私はその顔に見惚れてしまう。

「こ、こんばんは!
また、来ましたっ!」