翌日の仕事は、いつもの3倍のスピードで片付けることができた。
就業後に楽しみがある。それがどれほど私の原動力になっただろう。
「月見。例のパンフのチェックどうなってる?」
進捗確認に来たのは、制作部リーダーの濱さんだ。
30代後半のベテラン。社内でもエース級のデザイナーで、私も勿論尊敬している。
ただ、彼は仕事第一で職人気質なところがある。いつもなら彼の来襲にビクついてしまうけど、
「はい!!終わってます!
修正箇所にはピンクの付箋、指摘箇所には青い付箋を貼ってますので、ご確認いただけますかっ?」
いつも以上の満面の笑みで、濱さんに校正紙の束を手渡した。
案の定、彼はちょっとビックリしている。
「今日はやけにご機嫌だな?
なんだ、この後デートでもあるわけ?」
「えっ!」
デートというワードに、私は不要なくらい動揺してしまう。
予定はある。断じてデートじゃないけど。
でもそれを詳しく説明する必要はないと判断した。
「…の、飲みに!飲みに行くんですよ!
他の部署の飲み会に誘っていただいて!」
飲みに行くのは本当だ。ただし行くのは私一人。
冬至さんと大江山の提灯が、今夜も私を待っている…はず。
「へぇ…。ホント大酒飲みな上に食い意地張ってるのな。もっと女らしくなれよな。
飲み歩きも結構だが、仕事の質だけは落とすなよ。営業の凡ミスが後工程に響くんだ。」
「…ウッ、はい…。」
濱さんはチクリと言い残し、校正紙を掴んで引き返して行った。
「…はぁぁ、良かった…!」
思ったより早めの解放に、重い溜め息が漏れる。
時刻は21時過ぎ。業務の終わりが見えてきて、私の心は浮き足立った。
これから大江山に飛んで行けば、終電までゆっくりお酒とご飯を堪能できる。
久々の高揚感。知らず知らずに、笑みが溢れた。
けれど、
「ーーーあ、月見。
飲みに行くほど暇なら、別で頼みたい案件があるんだけど。今から。」
さっき退散したはずの濱さんが、校正紙を握りしめたまま戻って来た。
今日一番イキイキした顔をしている。彼の仕事熱心さのおかげで、弊社は高水準な品質を維持出来ているのだから、ありがたいことだ。
「……えっ、あ、ハハ……。
ハイ、喜んで……。」
ーーー終わった。
私は本能的に察した。
きっとこの後はいつものように、濱さんが山ほど抱える案件の手伝いを命じられるのだ…。
あぁ……時計の針が急速に進んで行く。