「美味しかったぁ…!ご馳走様でした!」
定食をいただき、お財布からお金を出そうとして、私はまたもアッと声を上げた。
千円札しか入ってない。あとは小銭がいくつか。今回のお支払いは問題ないけど、でも、
「どうかした?」
「……あ、う、その……。」
正直に話すのは少し恥ずかしいけど、冬至さんならきっと、呆れたり馬鹿にしたりしない。
「…次の仕事がまだ決まってないので、節制しなきゃと思って…。
今までのお給料は、家賃と会社の飲み代でほとんど使っちゃって、貯金もあんまり無いんです…。」
社会人2年目なんてお給料が安くて当たり前。まして一人暮らしだ。仕方ないと思いながらも、我ながらなんて情けないんだろう…。
ーーーでも、冬至さんの初のランチ定食代が支払えるだけ名誉なことだ。
「そうか。」
私の差し出した千円札を受け取る冬至さんは、少し何かを考える素振りを見せる。
「じゃあ、大江山の二階住む?
具体的な夢が見つかるまでは、ウチでアルバイトしてくれれば給料出せるし。」
あまりの衝撃発言に、私はお財布をその場に手落とした。
開いた小銭入れの中から、小銭が勢いよく四方八方に飛び散る音がした気がするけど、そんなことは今は問題じゃない。
「…いっ!?いいんですか!?」
冗談ですか、とは言わなかった。
冬至さんは冗談でそんなことを言うひとじゃないと分かっていたから。
冬至さんはそんな私の反応が予想外だったのか、初対面の時と同じ、クスクスと可笑しそうな笑顔を見せてくれる。
彼はあまりに笑い過ぎて、手拭いを外して目元を拭うに至ってしまった。
南部鉄器色の角を露わにして、ちょっと潤んだ目をこちらに向けて、冬至さんは言う。
「いいよ。
その代わりお願い聞いてくれる?
美郷さんがこれからみる夢、一番近くで見せてほしい。俺に。」
「……は、うぁ……。」
そう甘く微笑まれてしまっては、私の中で期待とか感激とか、様々な幸せな感情が混沌と化していく。
この目には見覚えがあるんだ。
だって先週も、冬至さんは同じ目で、私の唇に……、
「そ、それ、どういう意味で……。
っていうか、また私の、名前…。」
「そうだ、退職祝いにご馳走様してやるよ。
昼飲み一発目は何にする?月見さん。」
私の問いに答えることなく、冬至さんは手拭いを、再度頭に巻き付けてしまった。
そして調理台に向かい、いつもの優しい吊り目を私に向けてくれる。
夜が明けて太陽の光が降り注ぐ店内は、私の知っている大江山とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
でも、これは酔い夢なんかじゃない。
一度躓いた私が、これから本当の夢を見つけるための、新しい目覚めなのだと思う。
「とりあえず生!ください!」
〈了〉