翌週の金曜日。

この一週間、月曜午前を除いて一度も出社していない。

私は月曜の朝イチに営業部長に退職届を渡し、引き継ぎ資料を同課の先輩方に預け、午前中に家に帰った。
引き継ぎ資料は貴重な土日を使って纏め上げた甲斐あり、今のところ先輩方から問い合わせは届いていない。

体調不良時以外一度も使わなかった有休を一気に消化している今の期間は、ちょっと早めの夏休みを取っている気分だ。

「はぁ………。」

大きく息を吸い、大きな溜め息を吐く。
入社以来初めてまともな深呼吸ができた気がした。


歩き慣れた繁華街は、平日の昼と夜では全く様子が変わる。
ランチを求めるサラリーマンで賑わう道をなんとかすり抜け、私は必死に路地裏に目を向ける。

「……。」

金曜日の夜ではなく昼にこの繁華街に来たのは、本当に何となく。
僅か2ヶ月間の常連だったテッペン横丁の昼の顔というものを見てみたかった。

「…やっぱり、無いか。」

昼間の明るい陽の下では、提灯の灯りは目立たない。いくら目を凝らしても、赤提灯は見つからなかった。

夜の世界。あやしいひと達の世界であるあのテッペン横丁は、きっと昼間は存在できない。
覚悟はしていたつもりだけど…事実を突き付けられるとやっぱりショックが大きかった。

「……。」

心がめげそうになっても、冬至さんの言葉を思い出せばなんとか踏ん張ることができる。

冬至さんはやっぱり凄い。
顔が見えなくても、私の心をこんなにも癒してくれる。

…例えもう会えないとしても、夜に迷い込んでいた私が“昼の住人”に戻れたことを、きっと喜んでくれるはずだ。

「…ありがとう、冬至さん…。」

先日の件で涙腺が緩くなってしまったみたい。
周りに人がいない路地裏で、私は静かに涙を流した。